九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

救急医療の強化を図り、市民の健康を守る

救急医療の強化を図り、市民の健康を守る

JA神奈川県厚生連
井關 治和 病院長(いせき・はるかず)

1985年慶應義塾大学医学部卒業。
日立製作所日立総合病院内科、東海大学医学部循環器内科、
相模原協同病院副院長などを経て、2019年から現職。

循環器医の充実と救急強化に向けて

 相模原協同病院に入職した2006年ごろ。病院では、循環器医の圧倒的不足により現場が混乱する事態が起こっていた。

 「循環器医が私を含め2人という時期を乗り越え、相模原市民の健康を守るという使命感で立て直しを図りました」

 井關病院長をはじめ医療スタッフの努力により、現在、循環器センターにおけるPCI(経皮的冠動脈インターベンション)件数は年間515件に上る。

 病院長となり、病院全体のかじを取りながら2020年12月の新病院開院の準備に向けて取り組みを進めている。

 相模原協同病院は2次救急指定病院になっており、年間救急搬送受け入れ件数は約6000件にも上る。そのため新病院では、ER型の救命救急医療を目指してさらなる機能強化を図る予定だ。

 「相模原市の救急は市内で対応したい。北里大学病院と連携を密にし、そして他の医療機関と協力しながら市民の健康を守っていきたいと考えています。

 また、循環器医は充実してきたが、新病院に向けてより質の高い医療サービスを提供するためにも、さらなる医師や看護師等の人員が必要。今も人員確保に努めている。

無医村の医師だった祖父の姿勢が原点

 井關病院長が医師を目指したのは、家族の影響によるところが大きい。

 「無医村の医師だった祖父から、夜中の急病患者にも、寝る間も惜しんで対応した話をよく聞かされました。その祖父の姿勢こそ、医療の原点だと思っています」

 大学では専門領域として循環器を選ぶ。内科だけでなく心臓外科のトレーニングも受けたが、ちょうど内科的手技のPCIが登場した時期。侵襲性の低い治療法で疾患を治したいという思いから、最終的に循環器内科の道に進んだ。

 さらに、多くの医師との出会いからも影響を受けた。

 「後に日本人女性初の宇宙飛行士となった向井千秋先生や、後に東海大学心臓血管外科の教授となった上田敏彦先生からは、この領域の魅力を教わり、さらに興味が膨らみました。また、研修医時代から長く循環器内科の技術指導を受けた日立製作所多賀総合病院(現:日立総合病院附属多賀クリニック)院長を務められた江尻成昭先生からは、手技だけでなく医師としての心得も学びました」

患者、スタッフが安心できる新病院へ

診療中の井關病院長

 就任後も診療を続けている井關病院長。診療で大切なことは何か。

 「患者さんと同じ目線でいることです。あえて診察室で血圧を測ることでコミュニケーションをとり、時間が許す限り患者さんの話に耳を傾けるようにしています。どの病院でも診療は混雑しています。だからこそ丁寧な診療姿勢を心掛けるべきです」

 スタッフに対しては、「自分の家族を最優先に」するよう指導している。「家族と過ごす時間もないほど忙しいスタッフが、患者さんにゆとりを持って接することなどできません。新病院では設備面だけではなく、患者さん、スタッフの両者が安心できる医療体制もしっかり整えたいと思います」

JA神奈川県厚生連 相模原協同病院
神奈川県相模原市緑区橋本2―8―18 ☎042―772―4291(代表)
http://www.sagamiharahp.com/

この記事を読んだ方は他にこんな記事も読んでいます

最新の記事情報が取得できます

Twitter

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Instagram

フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。

Instagram has returned invalid data.

コメントはこちらから

メニューを閉じる