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患者家族の希望をつないだ心停止下臓器・組織提供

患者家族の希望をつないだ心停止下臓器・組織提供

  猪股  裕紀洋 院長(いのまた・ゆきひろ)

1977年京都大学医学部、1987年同大学大学院卒業。
同大学助教授、熊本大学大学院小児外科学・移植外科学教授、
同大学医学部附属病院病院長などを経て、2017年から現職。

 2018年末、病院として初の「心停止下の臓器・組織提供」を行った熊本労災病院。脳死下肝移植手術の経験を持ち、現在、厚労省の臓器移植委員会の委員でもある猪股裕紀洋院長に、心停止下での移植のいきさつから、今後の可能性について語ってもらった。

―心停止下での臓器・組織提供のいきさつは。

 脳神経外科の急患で、ご家族から「臓器提供ができないか」というお話があったことから始まります。実は、主治医が患者の母親を治療した経験があり、非常に信頼が厚かったという背景がありました。

 脳死と聞くと臓器提供を頭に浮かべる人は少なくありません。今回は亡くなられた方のドナーカードや意思表明の記録は残ってなく、あくまで、脳死状態になった患者家族の方の提供の意思を尊重した形です。

 病院として一般的なシミュレーションは行っていましたが、臓器・組織提供は今回が初めて。私自身は大学病院で肝移植の経験があり、日本移植学会の副理事長も務め、現在も厚労省の臓器移植委員会の委員になっています。だからと言ってこれまで、当院でオプション提示や保険証裏の記載の確認などを、声高に言ってきてはいませんでした。

 当初、主治医は脳死下での提供が可能だと思っていたようですが、ここは脳死での臓器提供ができる病院ではありません。可能性があるのが心停止下。主治医は私に移植の経験があることを知っていたので、電話をかけてきて「どうしましょうか」と。そこから院内での話し合いが始まったのです。

―心停止下と脳死下とでの違いは。

 脳死の場合と異なり、心停止下の提供は、心臓が止まってから。今回は、脳死から心停止まで3週間程度。ご家族にすれば、「生きていてくれる」という喜びと、その時がいつ訪れるか分からない大変さと、両方だったのではないでしょうか。私も心停止下は初めてで、これだけの時間がかかることは想定していませんでした。

 提供できるのは腎臓と角膜、そして骨。腎摘出のためには、その時が近づき、状態が不安定になった段階でカニュレーションという足の付け根からカテーテルを入れる処置が必要で、腎臓の提供を受ける病院のスタッフが院内で待機して実施。角膜は当院の眼科の医師が摘出し移植コーディネーターへ、骨は骨バンクの担当者が来て、摘出を行いました。

 心停止での提供は、手術室があればどこの病院でもできるのですが、実際にはそれまでの過程がなかなか大変だと思います。最近は、脳死での提供がクローズアップされる分、心停止での提供は減っているという現状があり、今回も、ご家族からの提案がなければ提供はなかったでしょう。

 病院の質を担保した上で、手を挙げる病院は脳死下臓器提供の施設として認める制度も必要かもしれません。

―心停止での臓器移植の今後の可能性は。

 医師の意識、一般の方の理解も広まっていますので、まずは免許証や保険証の臓器提供の意思表示の確認が必要だと思います。日本ではまだ抵抗はあるかと思いますが、ご家族も「どこかで生きてほしい」「臓器が人を助ける」と思うことで、その人が亡くなったことの意義が見いだせるかもしれません。

 今回、ご家族からのご希望で思いがけない経験をしましたが、私たちにできることは、ご家族の意思を確認・尊重し、できる限りのサポートをすることに尽きると思います。職員全員が、患者さんのご家族が望む結果に向かって「みんなで努力しましょう」と、取り組むことができました。

 今回のことに限らず、労災病院として力を入れているがん患者の就労、両立支援をはじめ、患者さんの求めることにできる限り応じていく病院であり続けたいと思います。


独立行政法人労働者健康安全機構 熊本労災病院
熊本県八代市竹原町1670
☎0965―33―4151(代表)
http://kumamotoh.johas.go.jp/

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