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急性期から 在宅までの道筋をつくる

急性期から 在宅までの道筋をつくる

名古屋第一赤十字病院 錦見 尚道 院長 (にしきみ・なおみち)
1980年名古屋大学医学部卒業。桐生厚生総合病院、名古屋大学医学部附属病院、
同医学部血管外科助教授などを経て、2019年から現職。

 時に、歯に衣着せぬ言葉で率直に語る錦見尚道院長。〝切れ者〟としての風格は、若かりし頃から備わっていたのだろう。学生時分に夜な夜な語り合った朋友や、研修時代に人生の多くのことを学んだ師など、さまざまな傑人との交流が今に影響を与えていると語る。

電子専門学校と二足のわらじ

 父親が産婦人科の開業医。だが、医師になるつもりはさらさらなかったという。「当時はパソコン黎明期。将来はコンピューター関係の仕事がしたいと思っていました」。ところが、高校教師から「医師免許だけでも取っておいたらどうだ」と進言され、医学部へ。

 それから昼は大学、夜は電子の専門学校に通う二重生活が始まる。「でもコンピュータービジネス言語を扱おうにも、実務を知らないとどうにもならない」。結局、夜は通学せずに酒を飲む生活が始まった。「それで身を持ち崩してこのザマです」と冗談まじりに笑う。

 当時〝つるんでいた〟仲間は2人。その後、1人は県立病院の病院長、もう1人は医療情報システム会社の社長に出世した。2人とはその後、名古屋大学医学部附属病院が、電子カルテを導入する際、再びタッグを組むことになる。「詳しいだろうと頼まれたものの、1人ではできないと、その2人を巻き込んでね。しょうがねえなあと引き受けてくれて、無事稼働にこぎつけました」

 若気の至りを知る同志の付き合いは、今も続いている。

手術とはプラモデルを作るようなもの

 もう1人、人生の師と仰ぐ人がいる。指導医だった矢野孝氏だ。「留学から戻ってすぐ、名古屋大学で初めて行う下行大動脈全置換手術に呼ばれて。一緒に手術はたくさんやりましたね」手術以外にも多くのことを学んだ。「君主は聖人である必要はない、とかね。徳があるような行い、親切な行動ができればいいと。一種のマキャベリズムに通じますが、目的を達成する大切さを学びました」

 手術は、人生で最も熱中したことだと言う。「小さな創意工夫で仕上がりに違いが出る。それがおもしろい。子どもがプラモデル作りに夢中になるような、そんな感覚もあるかもしれません」

 昔は、ホームセンターに通っては手術道具に使えるものがないか物色した。スチールバネを買ってきて電気溶接し、人工血管に縛り付けてステントを作ったことも。発想の転換と柔軟な考え方は、生きるうえでの土台にもなっている。

「死」を自然と受け入れる社会を

 将来的な病院運営には人口が減る2040年以降のイグジットプラン(出口計画)策定が必須だと話す。「そのときどう病院を縮小するのか。展望を考えておくのがこれからの仕事だと思っています」

 地域包括ケアシステムが推進される中、一昨年には名古屋西部・海部東部地域包括ケア推進協議会(尾陽包括ケアの会)が発足。地域で高度急性期・急性期医療を担う立場として参加する。「急性期を続けるためには、回転率を上げることが必要。そのためには回復期から在宅までの道筋をしっかりつくること」。ベッドが空けば急性期に特化でき、当分はやっていけると踏む。

 何より大事なのは、「人間は死ぬ」を理解することだと語る。死に向き合う機会がない今、死を自然のことと受け入れる余裕がないことが、諸問題の根源にあるというのだ。

 もう助からなくとも、かかりつけ医がいないと救急車で病院に運ばれ、死亡診断書だけで何十万円もの医療費が使われるのが現状。「システム上、仕方ないのですが、国全体ではどうなのか。考えるところにきているでしょう」。看取(みと)りのサポート役として病院に何ができるかを考えていきたい、と将来を見据える。

名古屋第一赤十字病院
名古屋市中村区道下町3-35 ☎052-481-5111(代表)
https://www.nagoya-1st.jrc.or.jp/

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