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広い基礎と専門性を持つチームリーダーを育成

広い基礎と専門性を持つチームリーダーを育成


院長(まきた・ふじお)

1983年群馬大学医学部卒業。
国立療養所西群馬病院(現:国立病院機構渋川センター)、
国立療養所松戸病院(現:国立がん研究センター東病院)、
国立病院機構渋川医療センター副院長などを経て、2020年から現職。

 2病院の統合再編による開院から、2020年で5年目を迎えた国立病院機構渋川医療センター。北毛地域の基幹病院としての期待は高まる。4月に2代目院長に就いた蒔田富士雄院長は、病院が役割を果たすために不可欠な「チームリーダーになれる人材」の育成を思い描く。

勝手知る現場 職員一丸で

 渋川医療センターは2016年4月、渋川市立渋川総合病院と国立病院機構西群馬病院が統合して生まれた。病床数450床、スタッフ約600人。地域がん診療連携拠点病院や災害拠点病院としての役割を担う。

 消化器外科を専門とする蒔田院長は、統合前から、今の医療センターにつながる現場に長年身を置いてきた。 そんな愛着のある病院のトップに就任。まずは、職員が一丸になって役割を果たせる体制づくりが使命と心得る。そして、後進の育成にも取り組む構えだ。「5年、10年後を見据えた人材を育てていきたいですね」

 思い描く人材は、基礎が身に付き、他者とコミュニケーションが取れる医療者。「その上で、それぞれの専門性を突き詰めれば、立派なリーダーに育ちます」

 その信念は、駆け出し時代の「目からうろこ」の国内留学の半年間から芽生えたという。

国内留学は今も宝

 1991年、前身の国立療養所西群馬病院への赴任と同時に、6カ月間の「国内留学」を命じられた。「肝がんの手術を学んでこい」。所属する大学医局からの指示だった。研修先は、当時の国立療養所松戸病院。現在の国立がん研究センター東病院に当たる。

 「半年で肝切除ができるようになるのだろうか」。不安が先に立った。消化器外科の専門医資格は取っていたが、肝がん手術は数例しか携わったことがなかった。

 「松戸病院は『臓器別センター化診療』の先駆けでした」と蒔田院長。内科、外科、放射線科、病理診断。多分野の医師たちがカンファレンスをして、患者にとって一番安全で的確な治療法を多角的な見地から決めた。

 そして外科医も、肝動脈塞栓(そくせん)術などの内科治療を、内科医や放射線科医と一緒に取り組む。今でこそ一般的なチーム医療だが、「外科医とだけしか仕事をしてこなかった私には、すべてが新鮮でした」と振り返る。必然的に外科以外の医師たちと親密になる。「分からないことは、調べずとも向こうから教えてくれました」。幅広い知識と技術、コミュニケーション力が身に付いた。

 研修を終えて西群馬病院に戻ってからも「松戸方式」の診療は続いた。人員が限られていたこともあり、肝臓以外の手術も内科治療も、科を横断して取り組んだ。

 今の渋川医療センターも、どの診療科の医師でも一般患者を診られる仕組みを取っている。「若いうちはさまざまな分野の基礎を吸収することがプラスになります」

患者は自分の目で診る

 幼少期、病気がちだった祖父をよく病院に見舞った。消毒用アルコールの臭い。病室を訪れる医師や看護師。医療現場の空気感は、幼いながらも五感に染みついた。

 高校1年生時、母親を子宮頸がんで亡くす。闘病は約1年。父親からは病状を詳しく聞かされなかったが、「医療の仕事を目指したい」との思いが膨らんだ。

 夢をかなえ、肝臓を主な専門とする外科医としてキャリアを積んだ。多忙な中でも基本は徹底してきた。できる限り自分の目で患者を診る。「術後は、いつ容体が急変してもおかしくない。少しでも早く異変を察知したいという思いがあります」

 朝早くから夜遅くまで。休日も病院に足が向く。そんな蒔田院長を、検査技師だった妻が支えてくれた。「こちらの恩返しも頑張らないと」と蒔田院長。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、遠のいた2人の温泉旅行計画を温め直す。

独立行政法人国立病院機構渋川医療センター
群馬県渋川市白井383 ☎️0279-23-1010(代表)
https://shibukawa.hosp.go.jp/

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