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市立稚内病院 開院60周年

市立稚内病院 開院60周年

1人でも多くの「地域を診る医師」を

 宗谷地方の中核都市である稚内市は、ロシア・サハリンを望む「国境のまち」。自然豊かなこの地で長年にわたり地域医療を支えてきた市立稚内病院が2019年、開院60周年を迎えた。地域と共に、どのような医療をつくり上げようとしているのか。國枝保幸院長の思いを聞いた。

─節目の2019年はいかがでしたか。

 当院は1959年、北海道社会事業協会稚内病院との統合で生まれました。稚内市を含む1市8町1村の宗谷地方における2次救急医療機関です。

 本来であれば、50周年を迎えたタイミングで記念事業を実施するのが一般的だと思います。そのときは何も行わなかったものですから、今回の「還暦祝い」には、より強い思いを込めて職員みんなでアイデアを出し合いました。

 そうして2019年9月に開いたのが「病院祭」です。駐車場の一画にイベントステージを設置したほか、子ども向けの「縁日」やフリーマーケットなど、地域の方々と楽しい時間を過ごしたいと考えて、さまざまな企画を用意しました。

 院内では内視鏡システムの操作体験など、医師の指導のもとで実際の医療機器に触れることができるスペースも設けました。骨密度や血管年齢などを計測できる無料健診コーナー、普段は病院の関係者しか入れない場所を巡る院内体験ツアー。また、当院小児科の石岡透副院長による「子どもの救急」と題した講演会も開きました。

 病院祭の開催時間は3時間ほど。子どもから高齢者まで、およそ500人の方々にお越しいただきました。病院への関心が高いことを実感できましたので、2020年にも開催したいと考えています。

─地域との交流に注力。

 私が当院に赴任したのは1992年。当時、強く感じたのは、地域とのつながりをもっと強める必要があるということでした。

 夏休みの「中学生医療探検講座」の実施は、私が院長に就任したときに掲げた目標の一つでもあります。将来、医師を目指す若者が少しでも増えてくれたら。そして地域の医療がどのような現状にあるのか、みなさんにもっと理解していただくことができたら。そんな思いがあります。

 例えば稚内市の救急医療体制は十分に整っているとは言えません。当院でも1次救急、2次救急の受け入れに対応している中で、医師不足による体力的、精神的な負担増を避けることは難しい状況です。このままでは、医療の質が低下してしまうのではないかとの危機感もありました。

 そうした当院が置かれている状況をお伝えすることで、地域のみなさんが求める医療の在り方にも、少しずつ変化が現れてきたと感じています。「病院祭」にたくさんの方が足を運んでくださったのは、信頼関係が深まったからこそだと考えています。

─今後について教えてください。

國枝 保幸 院長

 さまざまな患者さんを受け入れている当院は、幅広い疾患に対する柔軟で的確な対応力、総合的な診療能力を培うのに適した環境ではないかと考えています。

 当院が基幹病院となって、名寄市立総合病院(名寄市)、道北勤医協宗谷医院(稚内市)、礼文町国民健康保険船泊診療所(礼文町)と連携して若い医師たちの研修を行う「日本最北端総合診療医養成プログラム」を展開しています。プログラムの期間は3年間。1人でも多くの「地域を診る医師」が育ち、地域医療を支えてくれることを願っています。

市立稚内病院
北海道稚内市中央4ー11−6
☎0162─23─2771(代表)
https://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/hospital/

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