九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

好生館と共に育ち、医師を目指した人生の集大成として

好生館と共に育ち、医師を目指した人生の集大成として

地方独立行政法人 佐賀県医療センター 好生館 佐藤 清治 館長(さとう・せいじ)
1984年佐賀医科大学(現:佐賀大学医学部)卒業。佐賀大学医学部附属病院一般・消化器外科、
地方独立行政法人佐賀県医療センター好生館消化器外科部長、副院長などを経て、2019年から現職。

 佐賀藩主・鍋島直正公によって創設され、180年を超える歴史を有する地方独立行政法人佐賀県医療センター好生館。現在、県内有数の高度急性期病院として多くの実績を残している。今年4月、15代館長に就任した佐藤清治氏に、新館長としての抱負と今後の展望を伺った。

好生館は遊び場だった

 好生館は6年ほど前まで佐賀県庁の東側エリア、水ケ江地区にあり、佐藤清治館長の実家は、そのすぐ近くだった。「前の好生館から50㍍ぐらい。父が一人でやっていた鉄工所が実家でした。病院は私にとって遊び場でしたね」。放射線治療室やコバルト治療室といった聞きなれない言葉が表示され、病院全体が不思議に満ちた遊園地のような感じだった。

 「実家が鉄工所だったことから、高校卒業までは建築家志望。実際に建築学科を受験しましたが、不合格で一浪したんです」。しかし浪人時代に医師を目指す機会を得る。

 県内トップクラスの進学校出身で、成績優秀な生徒の中には、実家が医者でなくても、国立大医学部を目指す者もいた。佐藤館長も好生館が身近だったこともあり、医師という選択は頭のどこかにあったという。

 そんな浪人時代、佐賀医科大学(現:佐賀大学医学部)の新設を知る。予備校講師に相談すると「合格はほぼ無理」と言われたそうだが、猛勉強で見事合格。

 「同級生たちから、佐藤が宝くじを当てたと驚かれましたよ」と笑って回想する。「外科か内科なら家族や親戚もわかるだろうと、卒業後は消化器外科に入局しました」

感謝の言葉が原動力

 館長にとって医師という職業の魅力は何だろうか。 「自分の手で手術して、患者さんが治り、退院される。患者さんからいただく〝ありがとう〟の言葉が、医局時代からずっと今まで続けられた理由です」

 消化器系は、医師と患者の付き合いが長くなることも多い。「患者さんが亡くなるなど、苦しいことも少なくありません。しかしその苦しさの中から、次に何かしなければならないという使命感や責任感みたいなものが生まれてくる。そのことに誇りを感じます」

キャリアの集大成として

 佐藤館長が、好生館に赴任したのは11年前。「子どもの頃からなじみのあった好生館には非常に思い入れがあり、いつかはここでキャリアを終わらせたいと思っていました」

 好生館では、がんの統括部長としてさまざまな分野で活躍。佐賀大学医学部附属病院の勤務医の頃から取り組んできたNST(栄養サポートチーム)を、好生館でも継続。院内システムを使い、病棟ごとに患者それぞれの栄養面を一元管理するなど、機能強化に力を注いできた。

 そして今年4月、館長に就任。現在推進中のさまざまな方策を、より充実させていきたいと言う。

 一つの例は「入退院支援センター」の拡充。救急入院以外、入院患者は入院までに1週間~10日程度余裕があるため、この期間を利用して担当看護師が手術や入院生活、リハビリや転退院のことまで説明する。そうすることで患者が心の準備をして入院できるわけだ。

 他にも、地域の医療機関との連携を深める「地域医療連携センター」など、院内外の機能を強化。これらの施策は長時間労働になりがちな医療スタッフの業務負担軽減の目的もある。

 「社会の働き方改革の流れの中で、医師やスタッフがモチベーションを高く持って働ける環境づくりが重要です。私は医療という仕事は楽しいものだと思っています。だからこそ医療従事者一人一人に気持ちよく働いてもらいたい。そのための時間と空間をつくることが私の使命です」

地方独立行政法人 佐賀県医療センター 好生館
佐賀市嘉瀬町中原400 ☎0952―24―2171(代表)
https://www.koseikan.jp/

この記事を読んだ方は他にこんな記事も読んでいます

最新の記事情報が取得できます

Twitter

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Instagram

フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。

コメントはこちらから

メニューを閉じる