九州医事新報社 - 地域医療・医療経営専門新聞社

大阪大学医学部附属病院 病院長 土岐 祐一郎

大阪大学医学部附属病院 病院長  土岐  祐一郎

 長い医師人生の間にバブル崩壊や大震災に遭遇し、これ以上の災厄はないだろうと思っていたら2020年、COVID―19に襲われた。油断しているわけではないが、われわれは必ず想定外の災厄に襲われる。何かの警鐘で人間の暴走をとどめようとする神の意志のようなものを感じる。

 COVID―19は日本の医療の弱点を突いてきた。諸外国よりもはるかに少ない感染者数であるにもかかわらず医療は崩壊し、経済の抑制を必要としている。限られた重症ベッドを助かる可能性のある患者さんに使うために命の選別が起きており、これを防ぐにはロックダウンをして新規患者の発生数を抑制するしか方法は残されていない。なぜ重症ベッドを増やせないのか? 国民のシンプルな質問に答える義務がある。

 COVID―19の前から高度な専門化、市場原理の導入、効率化の追求などがわが国の医療の硬直を招いていると多くの人が感じていた。例えば専門化について今も忙しいのはICU、救急医、呼吸内科医、ICU経験のある看護師など限られた範囲の医療従事者である。また、民間病院のコロナ診療への参入を妨げているのは経営への影響であり、常に最高レベルしか許容しない医療裁判ではないか? それでもわれわれは硬直した医療の中で何とかコロナ診療へ割く医療資源を捻出している。

 私の専門の食道がんでは手術後のICUの在室期間が2019年の6・7日から、2020年は4・1日に短縮されており、その結果ICUへの再入室が増えていた。最善の医療が提供できているかと、問われるとギリギリのところで頑張っているとしか答えようがない。

 今、必要なのは医療の水準を下げてでも10%、30%と段階的に医療資源を供出するためのBCP(事業継続計画)の作成である。呼吸管理ができる医師、看護師の育成はいまさら間に合わない。ならば麻酔科医をICUに送るために良性疾患の手術を止めることも必要だし、さらには外科医に麻酔をさせても構わないだろう。コロナ管理ができない病院にはせめてPCR陰性化した重症の高齢患者を診てほしい。一つの病院でできることには限りがあり地域医療全体で補う必要がある。

 1人20万円の支援金とか人工呼吸器やECMOの購入など初期の政策はほとんど役に立っていないが、最近になって空床補償やPCRなど現場の声を反映した有効な方策が実施されている。さらに一歩進んで、コロナ診療も含めた医療全体の役割分担を組み替えるような積極的な政策を切望する。

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