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外科医を育てる 環境を育てる

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関西医科大学外科学講座
主任教授(せきもと・みつぐ)

1981年大阪大学医学部卒業。
八尾市立病院、大阪大学大学院医学系研究科消化器外科、
国立病院機構大阪医療センターなどを経て、2019年から現職。

 大腸がんに対する腹腔鏡下手術の第一人者。腹腔鏡の黎明(れいめい)期から、その発展とともに歩んできた関本貢嗣主任教授。次代を担う外科医育成のために招聘(しょうへい)されて9カ月。今後の青写真をどう描くのか。

駆け出し時代 海外論文を手がかりに

 医学生になったときから外科医志望。心臓血管外科か消化器外科か迷ったが、「当時の阪大消化器外科では、若いうちから術者になれた。その指導方法が決め手でしたね」と語る。

 八尾市立病院勤務時代、腹腔鏡下手術に関する英語論文に目が留まった。海外で腹腔鏡手術が始まったのは1980年代後半。日本では1990年に帝京大学で初めて胆のう摘出術が行われたばかり。それが発表される前の出来事だった。

 当時、博士号取得直後の駆け出しだったが、すぐに院長に直談判。手術機器メーカーの協力を取り付けて、1991年、人生初となる腹腔鏡下胆のう摘出術を行った。幸いトラブルなく成功。「振り返ると、この経験が人生のターニングポイントでしたね」

 直後に異動した長吉総合病院でも機器を導入してもらって継続。次に移った大阪逓信病院では、初の腹腔鏡下大腸がん手術に挑んだ。「いろいろな条件がうまく重なってできた手術。手術説明のホワイトボードの写真は、今も手元に残しています」

 当時、腹腔鏡下での大腸がん摘出は例がなく、書いた論文は即、ジャーナルに掲載。基礎研究での業績もあり、40歳を前に母校に助手として招かれたことが今につながっている。「周囲の協力を得て、たまたま早くから腹腔鏡発展の波に乗れた。運に恵まれたと思っています」

若手に執刀の機会を

 教授として人材育成を担う立場となった今、若い人にできるだけ執刀のチャンスを与えている。「1000例の経験に1例足しても進歩につながりますが、10例の経験に次ぐ1例のほうが学べる内容は絶対に大きい。とにかく経験し、覚えていくことです」

 自身がライフワークとする骨盤内臓全摘術などの超拡大手術は到底、一人で完遂できるものではない。助手が機能的に働いてこそ、高度な手術が可能になる。「先日1例終えたところ。やり遂げたことがメンバーの自信につながったと思います。徐々に広げていけたら」

 外科医不足の一因には、一人前になるのに時間がかかりすぎる側面もあると話す。「学生や初期研修医が来たときに、彼らが身近に感じるような年代の若手が執刀するところを見せておきたい。ここで学びたいと思う魅力的なカリキュラム、研修制度を充実させます」

北河内医療圏のがん手術を担う

 若手を指導する中堅の意識改革も大事だと話す。「指導者とはどうあるべきか。怒っているのか指導しているのか、あいまいになっていないか。指導時の言動を客観視してほしいと、何度も伝えています」。育てるのは後継者だけではなく、教室の環境そのものだと心にとどめている。

 人員不足による業務負担を減らし、医局をさらに活性化するため、中途採用に向けても動いてきた。「この春から、数人決まりました。獲得には難儀しましたが、来てもらう価値はあると思っています」

 大学のある北河内医療圏は、枚方市、寝屋川市、守口市などがあり、範囲が広く、かつ人口が多いエリア。「ここは、がんセンターの機能をそろえる施設。症例数が多く、大学病院ならではの仕事ができることは、やりがいにつながるのではないでしょうか。互いに刺激し合って成長していけたらと期待しています」

関西医科大学外科学講座
大阪府枚方市新町2―5―1
☎072―804―0101(代表) 
http://www3.kmu.ac.jp/surg/

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