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変化する医療ニーズに対応できる市民病院を

変化する医療ニーズに対応できる市民病院を

地方独立行政法人 広島市立病院機構 髙蓋 寿朗 病院長(たかふた・としろう)
1987年広島大学医学部卒業。1994年同大学院卒業。
国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター血液内科、
国立病院機構広島西医療センター臨床研究部部長、
国立病院機構中国四国グループ医療担当参事などを経て、2019年から現職。

 臨床から研究、さらには病院経営に至るまで、様々な経験を重ねてきた髙蓋寿朗氏が、今年4月に広島市立舟入市民病院の新病院長に就任した。医師として幅広い分野の経験を持つ髙蓋氏が考える、これからの地方の市民病院、そしてそこで働く医療職の在り方とは。

臨床、基礎研究、経営の3分野を経験

 広島大学を卒業後、神戸市立中央市民病院(現:神戸市立医療センター中央市民病院)で臨床研修を受けた後、広島大学医学部の血液内科へ入局した髙蓋氏。大学院を経て、臨床経験を積んだ後、米国フィラデルフィアにあるジェファーソン医科大学に留学。5年にわたって基礎研究をした後、研究を続けるために山梨医科大学(現:山梨大学医学部)臨床検査医学講座で助手として働いた。

 「計8年くらい臨床の場からは離れていましたが、40歳前後に臨床に戻るタイミングだと感じて、西神戸医療センター(現:神戸市立西神戸医療センター)で臨床に復帰。その後、出身地の広島で働く機会を得て国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター、さらに国立病院機構広島西医療センターで臨床研究部長を経験しました。ここでは経営にも参画することになり、2年目からは週2回、国立病院機構中国四国グループに行き、診療専門職や医療担当参事も併任しました。経営まで経験を積んだことも、今回病院長となるきっかけになりました」

 研究なら研究、臨床なら臨床と一つの道を究める方法もあったかもしれない。

 「私はこれまで人があまりやっていない分野を選択してきたところがあります。今回経営にシフトしたのも、管理部門の仕事をする医師の必要性を感じたため。いいご縁があって場を与えていただいたと思っています」

舟入市民病院に求められるものは何か

 広島市立舟入市民病院の歴史は、1895年に伝染病患者を収容する「広島市西避病院」として開設されたところから始まる。その後、別機関だった「広島市舟入病院」「広島市立中央診療所」「広島舟入被爆者健康管理所」の3施設が統合され広島市立舟入市民病院へと再編。特に小児救急分野で欠かせない役割を果たしてきた。こうした歴史を受けて、これからどうあるべきなのか。

 「この病院の機能をうまく生かし、今後の姿を考えたいと思っています。急性期はもちろん特に内科系は慢性期もフォローする形になっており、地域医療構想のなかで地域のニーズに柔軟に対応できる病院にしたい。感染症の病院だった歴史もあり、何らかのアウトブレイクが起きた際の対応も期待されている上、最近では重症心身障害児(者)で在宅医療を受けている方のレスパイト入院など、幅広く対応していく必要があります」

働き手の個性を生かし経営の視点も取り入れる

 さまざまなキャリアを積んできた髙蓋病院長だからこそ、医師のキャリアに関しても、理解が深い。

 「医師によって、さまざまな個性ややり方があるので、こうでなければならないという一つの方向性を強いるつもりはありません。地域の医療ニーズに応えながら、むしろそれぞれの医師が持っている『これがやりたい』というアイデアを、病院経営にも生かしたいと思います。最近では、『小児科分野に強い公的病院として渡航者外来をやりたい』という声を受けて、渡航者外来の秋ごろの開設に向けて動き出しています。市立病院にしかできない役割があると思います」

 髙蓋病院長は、今後の課題として、必要とされる地域のニーズにしっかり応えつつ、安定した経営の維持と長期的な社会の変化に対応できる体制づくりを挙げる。スタッフのモチベーションを高めつつ、同院ならではの医療の提供を探る髙蓋病院長。新しいチャレンジは始まったばかりだ。

地方独立行政法人 広島市立病院機構 広島市立舟入市民病院
広島市中区舟入幸町14―11 ☎082―232―6195(代表)
http://funairi-hospital.jp/

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