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地域を知り地域に応える医療を

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院長(こうが・けいすけ)

2000年大阪大学医学部卒業。2009年同大学院卒業(医学博士)。
大阪警察病院消化器内科、大阪大学医学部附属病院消化器内科、
コミュニティーホスピタル甲賀病院副院長などを経て、2019年から現職。

 2019年、コミュニティーホスピタル甲賀病院は開設から30周年を迎えた。節目に当たるその年に、院長に就任したのが甲賀啓介氏だ。次代を担う、若きリーダーの素顔、そして今後描く未来とは。

新天地・焼津で地域医療を担う

 祖父、両親、そして姉や弟も医師という環境に育った甲賀院長。幼い頃から「医師にならなければならない」と、自然とこの道に進んだ。大阪市内の病院で、臨床や研究に充実した日々を送っていたこともあり、「病院を継ぐ考えは、当初は全くありませんでした」。

 父親の甲賀新(しん)名誉院長と母親で前院長の甲賀美智子理事長は、共に九州大学医学部出身だ。実は、甲賀院長は福岡市で生まれ育った。

 祖父の出身地である静岡県焼津市に、両親が病院を開設したのは1989年。当時、甲賀院長は中学2年生だった。全寮制の学校で両親とは離れて暮らしていたこともあり、甲賀病院の開設は遠い出来事でしかなかったという。

 病院を継ぐことを考え始めたのは、非常勤として甲賀病院で働き始めてから。心境に変化が生まれた。

 「研究を続けるのか、家を継ぐのか」。迷いを捨て覚悟を決めたのは30代半ばだった。

広報活動を進め診療科をアピール

 いざ甲賀病院で働き始めたものの「自分の関西弁が、患者さんに受け入れられなかった」と冗談を交えて語る。これまで馴染みのない静岡県焼津市での歩みは、決して順風満帆なものではなかった。

 大阪大学医学部附属病院の消化器内科医として、内視鏡での検査や治療での実績を重ねてきたつもりだった。ところが、焼津の患者さんからは言葉の違いもあるのか、少し距離を置かれていると感じた。

 「このままでは、消化器専門外来は閑古鳥が鳴く日々。そこで、まずは消化器内科や内視鏡検査について知ってほしいと市民向けの講演を始めました」

 院内にポスターを貼ったり、患者さんに参加を呼びかけたり、積極的に広報活動を開始。地域のクリニックにも足を運び、肝臓の専門医であることを知ってもらうことにも努めた。

 「実際に講演会を開いてみると、テーマによって集客数が違っていて、驚きました。地域に合った講演のテーマの決め方、マーケティングや広報の重要性を感じました」

 その成果もあって、当初は10人程度だった参加者も、今では200人を超えるまでになった。受診に訪れる患者数も次第に増えていった。

自ら足を運びニーズを知る

 「地域に足りない医療とは何か」。甲賀院長は常に地域のニーズを探るよう、心掛けるようになった。地元の救急隊員と話していた時に、隣接する静岡市に救急患者が搬送されていることを知る。

 そこで、焼津の救急医療を充実させたいと早速、循環器の医師を招き体制づくりを始める。その結果、2017年は年間100台だった搬送数が、2018年は1100台と、1年間で11倍にも伸びた。「今後も急性期医療の充実は必要だと感じています」

 さらには、伊豆半島南部に診療所を設け、へき地医療にも取り組んでいる。静岡県は医師の偏在が顕著で、特に伊豆半島は医師不足が深刻だ。甲賀院長は毎週約3時間をかけて診療所に通う。

 「日本の医療の課題を実感します。やはり、実際に足を運ばなければ見えてこないものがあります。どこに、どのようなニーズがあるのか、失敗を恐れずに挑戦していきたいと思います」

社会医療法人 駿甲会 コミュニティーホスピタル甲賀病院
静岡県焼津市大覚寺2―30―1 ☎054―628―5500(代表)
http://www.sunkohkai.or.jp/

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