地域と共に歩んで100年 新病院建設にも意欲
1919(大正8)年に開院した平塚共済病院。神奈川県湘南西部地域の中でも、とりわけ人口の多い平塚市を中心に、周辺地域に暮らす人々の医療を支えてきた。100周年を迎えた平塚共済病院のこれまでの歩みと、今後病院が目指すべき存在意義について稲瀨直彦院長に聞いた。

―平塚共済病院が開設された経緯は。
当院はもともと海軍火薬廠(しょう)の中にあった診療所が始まりです。当時は今のように地域の誰もが来るような病院ではなく、限られた人が利用するような小さな病院でした。
1945年7月に空襲で建物の3分の2が焼失し、昔の資料はほとんど残っていません。残念ながら顔写真がわからない歴代の院長先生もいらっしゃいます。戦争と共に歩んできた、歴史の深い病院であることがお分かりいただけると思います。
1945年10月に「平塚共済病院」へ名称を変え、一般市民の方を診療する病院へと変わりました。
平成に入ってからは、リハビリセンター、透析センターを拡張。さらに2002年には脳卒中センターと心臓センターを開設。地域内の循環器・脳の疾患に迅速に応えるため、24時間365日患者さんを受け入れる体制を整えました。
昨今では平塚市民病院との連携も強化しており、救急受け入れは年間5000件超。時代のニーズを捉え、「市民に開かれた身近な病院」として歩んできました。
―地域の連携は。
行政やクリニックの先生方との連携はかなり取れていると思います。保健師さんや救急救命士さんと話をする機会も多いですし、病院主導で開催する「市民公開講座」も好評をいただいています。地域医療支援病院として承認をいただいている以上、「地域に質の高い医療で貢献する」という役割が求められています。
その一環として、「在宅医療・介護連携情報システム」(メディカルビッグネット)の運用を2020年の4月に開始する予定です。クリニックだけでなく、介護施設、慢性期病院とのさらなる連携強化が狙いです。
病状が落ち着いた患者さんの転院先をどこにするかは、中核病院であれば皆が抱えている課題です。
医療側と介護側が患者さんの情報を共有することによって、よりスムーズな入退院調整業務が図られ、患者さんにより質の高い医療を提供できる、と考えています。全国の病院のモデルとなれるように、積極的にこの課題に取り組んでいきたいですね。
―今後の病院のあり方は。

「患者さんの視点に立った医療を提供する」ことがやはり原点にあります。
そのためにわれわれができることは、たくさんあると考えています。一つは研修生の受け入れ態勢を強化し、教育体制を整備すること。「ここで働きたい」と志望する医師が一人でも増えたら、医師不足解消に向けた大きな前進になると思います。
そしてもう一つ、新病棟建設を進めていくことが使命になると感じています。増築を繰り返して拡大してきましたが、建物的にも古さが目立ってきました。高度な医療を実施していく上でも、また超高齢社会において病院と地域が一丸となって患者さんを迎え入れていくためにも、病院の設備や建物自体が万全でなくてはなりません。
日々、目の前の患者さんと向き合いながら、今後も地域に開かれた健全な病院運営をしていきます。
国家公務員共済組合連合会 平塚共済病院
神奈川県平塚市追分9―11
☎0463―32―1950(代表)
https://www.kkr.hiratsuka.kanagawa.jp/