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回復期への転換を準備中長く安心して住めるまちに

回復期への転換を準備中長く安心して住めるまちに


院長(ひのうえ・よしのぶ)

1979年金沢大学医学部卒業、同第1内科入局。
関東逓信病院(現:NTT東日本関東病院)、富山市立富山市民病院副院長などを経て、
2019年から現職。

 富山逓信病院の運営主体が日本郵政から富山市に移行。2019年4月に「富山市立富山まちなか病院」として新たなスタートを切った。樋上義伸院長は「この場所にあることが重要な意味をもっている」と語る。市が推進するコンパクトシティー計画と密接に関わりながら、どのような役割を果たそうとしているのか。

―背景を教えてください。

 ここ富山市は、公共交通機関を軸としたコンパクトなまちづくりを進めています。高齢化、人口減少などを踏まえて「まちなか」と呼ばれる中心市街地にさまざまな機能を集約。誰もが暮らしやすく、どこへ行くにも利便性の高い環境の整備を目指しています。

 政策はOECD(経済協力開発機構)にも高く評価されており、富山市はコンパクトシティー戦略における先進的な都市の一つとして世界的にも注目されているところです。今後、さらに高齢者が集まることになる「まちなか」を医療面でどう支えていくか。それが当院の最大のテーマです。

 市が運営する医療機関は高度急性期・急性期医療を提供する富山市民病院、急性期病院の当院、そして訪問診療を中心とする「まちなか診療所」があります。

 地域医療構想などでも指摘されているとおり、富山医療圏も多くの他地域と同様に急性期病床が過剰とされ、回復期病床が不足していると言われています。

 私自身も富山市民病院に勤務していた頃、急性期の治療を終えた患者さんがたくさんいらっしゃるにもかかわらず、受け入れ先の医療機関がなかなか見つからない。そんな現状を実感していました。

―そこで今回の動きに。

 中心部に位置する旧富山逓信病院なら、富山市のコンパクトシティー政策とも合致しており、病院の機能を急性期から回復期へと軸足を移すのに適している。「この場所にある」ことが非常に重要なのです。そうした背景があり、市も積極的に取得に動いたというわけです。

 旧病院の時代を含めて50年を超える歴史があり、市民に広く開かれた病院として「かかりつけ医」の役割も担ってきました。気軽に受診できる外来機能は、富山まちなか病院となった現在もそのまま維持。病床については2020年度、8〜9割程度を地域包括ケア病床へと転換する計画です。

 リハビリテーションの充実、病室の拡張など、施設基準をクリアするための工事を、今年度中に終えることができればと考えています。まずはしっかりと新たな役割を果たし、将来的には病院の建て替えも視野に入れています。

―現状の手応えは。

 高度急性期・急性期、回復期、訪問診療。これらが一つの市の施設としてそろうケースは多くありませんから、これからの地域医療の一つのモデルケースになり得るのではないかとも思っています。

 毎月、富山市民病院、当院、まちなか診療所で集まる機会を設け、よりスムーズな連携に向けた話し合いを続けています。例えば転院の際に使用する書類を簡略化するなど、改善できる点に対してどんどん工夫を重ねている。もっと良い連携につながっていくだろうと感じています。

 富山まちなか病院として開院後、地域の開業医の先生方や高齢者施設などを訪問し、当院の方向性をお伝えしました。その際に「発熱や腹痛の入所者を大きな病院で診てもらうのをためらってしまう」といったお話を聞きました。

 そんな時に、当院ならきっとお役に立てる。そのことを、医療関係者や市民など、多くの人に知ってもらう必要があります。

 現在、回復期の医療を主体とする病院へと変化していく中で、医師をはじめとする職員たちのモチベーションも高まっています。何歳になっても、ずっと安心して住めるまちづくりに貢献したいですね。

富山市立 富山まちなか病院
富山市鹿島町2─2─29
☎076─423─7727(代表)
https://www.tch.toyama.toyama.jp/tmh/

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