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医療と法律問題67 ~腸閉塞見逃し~

医療と法律問題67 ~腸閉塞見逃し~

九州合同法律事務所  弁護士 小林  洋二

 

 今回からしばらく、救急医療の場面での医療事故をいくつか紹介していきたいと思います。

 救急外来、時間外外来での医療事故の典型例は、患者がこれまでにない異変を感じて受診したにもかかわらず、診療にあたる医師がその訴えを軽視し、致命的な疾患を見逃すというものです。これまで報告したもののなかでは、第46回の小腸軸捻転、第47回の腸重責症などがそのパターンにあたります。

 急性腹症の放置が死亡につながるのは、成人の場合も同様です。今回は、つい一カ月ほど前に和解が成立したケース。

 Aさん(69歳男性)が腹痛と吐き気を覚えるようになったのは、日曜日の夕方のことでした。頻回にトイレに通うAさんに、家族は病院へ行くよう勧めましたが、生来健康で病院嫌いだったAさんはそれに応じませんでした。

 しかし、腹痛は増強する一方で、午後8時ごろ、家族が再び病院への受診を勧めると、さすがのAさんも今度はそれに応じ、タクシーで病院へ向かうことになりました。病院で受診を待つ間にも、Aさんは腹部膨満感を訴えてトイレに頻回に通いますが、この頃には尿もでない状態になっていました。

 診療にあたったB医師が作成した診療録には、主訴として、下痢、腹痛、嘔気・嘔吐、現病歴として、「本日夕方から症状があり来院」、「嘔気(+)嘔吐頻回にあり」、「下痢(+)少しだけありました」、腹部理学的所見として、「腹部平坦・軟」、「腸蠕動運動亢進」、「右下腹部圧痛なし」といった内容が記載されています。Aさんには虫垂炎の手術歴があり、右下腹部にはその手術痕が残っていましたが、それに言及した部分はありません。

 診察に立ち会った奥さんによれば、B医師は、着衣の上から聴診器を軽く当てただけで急性胃腸炎と診断、「点滴すれば楽になるから、帰宅するように」と指示したといいます。

 点滴を終えた後、Aさんの腹痛、吐き気、腹部膨満感といった症状は、むしろ点滴前よりも増悪していました。その訴えにもかかわらず、看護師は、「点滴終了後帰宅というのが医師の指示だから」として、Aさんを帰宅させました。

 翌朝、Aさんは死亡した状態で発見されました。直接死因は吐物吸引による窒息、司法解剖の結果、絞扼性腸閉塞を起こしていたことが判明しました。

 B医師による診断名である「急性胃腸炎」は、本来であれば、他の重篤な疾患を除外してはじめて下せる診断であるとされています。本件の場合、急性発症の腹痛、下痢よりも嘔吐が症状の中心であったこと、虫垂炎の手術歴、69歳の年齢等から、腸閉塞を除外することは必須であり、少なくとも腹部単純エックス線撮影はすべきだったのではないでしょうか。

 また、病院側は、吐物吸引による死亡は予見できないとして過失と死亡との因果関係を争いました。しかし、ある研究報告によれば、心肺停止状態で救命救急センターに搬送された腸閉塞・イレウスであった25例中20例は、吐物吸引による心停止でした。つまり、絞扼性腸閉塞の患者を無治療のまま自宅に帰せば、このような結果になることは十分に予見可能なのです。

 提訴後、比較的早期に裁判所が有責前提の和解勧告を行い、病院もそれに応じて和解が成立しましたが、司法解剖が行われていなければ、原因不明のままで終わっていた事案かもしれません。



■ 九州合同法律事務所
福岡市東区馬出1―10―2 メディカルセンタービル 九大病院前6階
☎092─641─2007

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