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優しく、丁寧な医療が信頼を高めてくれる

優しく、丁寧な医療が信頼を高めてくれる

独立行政法人 労働者健康安全機構 山陰労災病院 豐島 良太 院長(てしま・りょうた)
1973年鳥取大学医学部卒業、1978年同医学部大学院医学研究科博士課程修了。
同大学医学部教授、同大学医学部附属病院長、同大学長などを経て、2019年から現職。

 今年の4月、鳥取大学長を6年務めた豐島良太氏が山陰労災病院の院長に就任した。鳥取大学医学部教授、附属病院長を歴任。これまでの医師としての歩みや、病院の全面リニューアル計画への思いを聞いた。

医療を通して地域に貢献したい

 「山陰労災病院の開院は、1963年のこと。当時、ここは1万坪に及ぶ桑畑で、この土地を寄付してくれたのが米子市でした。開院から56年が経過しましたが、米子市への感謝を忘れず、良質な医療を通して、地域の皆さまに還元したいと思っています」

 当初は主に勤労者の健康と福祉を支える病院であったが、今では、地域に広く開かれている。

 「鳥取県西部、中海圏域にあって、一番大きな病院は鳥取大学医学部附属病院です。当院はそこに次ぐ総合病院として、地域医療を補完する役割があります。また、救急医療、特に2次救急では大きな役割を果たさなければならないと考えています」

 そのために、手を入れなければならないことがある。再開発は長年、喫緊の課題として存在した。

 「もはや手狭になったことと動線が複雑になったことで、高度医療に対応するための拡張が難しくなってきました。時代に合ったものに作り直そうということで、6月から工事が始まりました。メインは2年後に完成し、全面オープンは6年後を予定しています」

どの現場でも共通する人材育成への思い

 島根県に生まれ、教育熱心な母親の「家族に一人は医者を」という思いのもと、医療の道を志した。

 「中学から医者になる道を進んできました。松江でしたから、なるべく近い鳥取へ。母は、私を医療の道に、弟には家業を継がせ、姉は開業医に嫁がせました」

 以後、鳥大一筋でキャリアを重ねてきた。教授時代には、山陰の救急医療の底上げにも努めた。

 「就任時は、整形外科のそれぞれの専門分野のトップクラスの人材をそろえることが目標でした」

 その願いが実り、優秀な入局者たちが集まり、救急部門を支え続けてきた。「骨や関節に限らず、全身を診ることができる医師が育ち、急性期の心筋梗塞の診断など、一定の初期対応が可能になりました。各赴任先で、幅広い診療能力を発揮し、地域の診療レベルの向上に貢献してくれた。ここまでの効果は予想していませんでしたね」

 その後、病院長、学長を歴任。学長時代には「持続性社会の創生」を命題に掲げ、大規模な改組にも踏み切った。

 「学生たちに、鳥取および鳥取大学に誇りを持ってもらうこと。そうすれば、鳥取県を何とかしようという気概も生まれます。やはり人材の育成が、すべてにおいて大切です」

愚直にコツコツ 努力をすること

 新たな職場である山陰労災病院でも、人材育成の夢を描いている。

 「優秀な医療スタッフを育てたい。医療の高度化と同時に、医師や看護のスタッフもレベルアップしなければなりません。山陰のみならず、日本をけん引できるようなスタッフが育つことを望んでいます」

 スタッフに日々伝えていることがある。優しく、丁寧であることの重要性だ。

 「例えば説明がおろそかになることで、患者さんの理解を得るまでに長い時間を要することがある。たとえ時間がかかっても、丁寧な診療を心がけることが、やはり早道なのです」

 豐島院長の好きな言葉は「実直、愚直」だ。

 「コツコツと愚直に、横着せず、努力を重ねる。日々の診療は、そのことを念頭に置いておけば、必ず信頼を得られるはずです。そう私は信じています」

独立行政法人 労働者健康安全機構 山陰労災病院
鳥取県米子市皆生新田1-8-1 ☎0859-33-8181(代表)
https://www.saninh.johas.go.jp/

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