心筋梗塞の超急性期、迷走神経を電気刺激することで、心筋壊死を低減する―。九州大学の朔啓太氏が、そんな画期的な装置の開発に取り組んでいる。2018年末には、世界の医療の発展に向けて研究開発推進に貢献した若手を表彰するAMED理事長賞を受賞。動物試験、臨床試験を経た実用化を未来に見据える。
刺激開始まで7分 壊死は3分の1に

開発中の機器は、太さ直径3㍉ほどの管の先に、開くと直径3㌢ほどになるバケット型の先端がついた「刺激カテーテル」と刺激装置で構成。心筋梗塞の急性期に行う治療、再灌流療法と同じタイミングで、迷走神経に並走する上大静脈に挿入して、微弱電流を流す。これまでの動物実験では、カテーテルの留置まで5分、刺激開始まで7分というスピード感で、心筋のダメージ抑制策を講じることができ、壊死の範囲も3分の1ほどに低減できたという。
「わかっていた」ことを 治療につなげる

迷走神経は、第10番脳神経。脳幹部から胸腹部へと走行して、臓器の機能調節を行い、例えば運動時の脈拍調整などに寄与している。朔氏によると、迷走神経に電気刺激を行った報告は1800年代後半からあり、迷走神経刺激が心筋梗塞に有効であることを明らかにした基礎実験も複数存在。しかし、その結果を臨床へとつなげる治療機器は存在しなかった。
そこで2年ほど前、急性期の心筋梗塞治療を障害することなく、安定して迷走神経を刺激できる装置の開発を開始。試作を繰り返しながら、「ニューロシューティカルズ社」(東京都文京区)とともに研究を続けている。
臨床と研究開発 どちらも「患者のため」
朔氏は熊本大学医学部卒業後、2010年、九州大学循環器内科大学院に入学。自律神経による循環器調節に関心を持ち、「迷走神経刺激による交感神経抑制を介した血圧調節機構の検証」で博士号を取得した。その後、企業や人と連携するプロジェクトマネジメントに自身の強みを見いだし、開発と並行して特許戦略、薬事戦略を推進。九州大学病院での週に1度の外来診療も続ける。
「医師になったのは患者さんを救いたいという思いからで、臨床でも研究でも根底は同じ。機器の実用化のためにはさらなる時間が必要だが、基礎研究で明らかになっていることを治療に活用するために、これからも力を注いでいきたい」と話している。
この研究の情報はウェブサイト(https://ivns.circ-dynamics.jp/)から確認できる。