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ピンチはチャンス 強い組織で再スタート

ピンチはチャンス 強い組織で再スタート

   村上  和春 理事長(むらかみ・かずはる)
1977年岡山大学医学部卒業。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校留学などを経て、
2010年から現職。

 2018年7月の西日本豪雨で甚大な浸水被害を受けた医療法人和陽会まび記念病院。2月1日、およそ7カ月ぶりに全業務を再開させた。村上和春理事長に聞いた。

―当日の状況は。

 7月7日の午前5時に病院に到着した時には、西側2㌔先にある同じ法人の箭田クリニックはすでに冠水し、併設のサービス付き高齢者住宅などにいた24人が屋根の上で救助を待つ状況でした。同7時にはこの病院も浸水が始まり、1時間後には1階部分が完全に水没。浸水前から運べるものは2階に移動を始めていましたが、キュービクル(変電設備)を1階に置いていたため停電。エレベーターも使えず1階にあったほとんどの医療機器は使えなくなりました。

 当時病院にいた職員は31人、患者さんは92人。さらに212人の避難者が来ました。職員は入院患者・透析患者・避難者をそれぞれ3グループに分けて対応。電子カルテが使えず、紙のカルテや記憶を頼りに手書きのメモを作っての透析患者さんの移送準備、孤立状態での備蓄食料の不足など困難を極めましたが、40時間後の8日夜には335人全員が無事救助されました。

―災害への備えや課題についてどう考えられますか。

 救助の翌日、すぐにサーバーをグループのクリニックおよび法人に移し患者情報を共有。職員も派遣して真備の患者さんを受け入れました。

 透析の患者さんは、岡山県の透析災害ネットワークで18カ所の施設に分けられました。同18日からは敷地内で医療検診車による診療を開始。段階的に迅速な復旧を進めてきました。有事の際に機能するネットワークの構築が、災害への重要な備えだと痛感しています。一つの医療グループでなくても、地域の医療機関が普段から連携をとり、災害時の分担を決めておくなど、平時からできることは多いと思います。

 災害時の復興において課題だと思うのは、公的な補助金の交付審査に数カ月の時間がかかるということです。再建計画には資金的な裏付けが必要ですが、医療や介護の施設にはそれを待つ余裕はありません。真備地区に唯一の一般病院として一刻も早い再開を目指すには、速やかな工事着工を手配する必要がありました。しかし公的補助金は、審査期間や補助対象、条件面等で利用が実質的に困難であり、結局は保険金と融資のみで対応せざるを得ませんでした。

―全面的な再開までの道のりや思いは。

 あの日、1階ロビーで私が選んだ椅子などがうずを巻いて流れるのを見た時には、自分はもう一度立ち上がれるのだろうかと途方にくれました。しかし、職員たちの力強い言葉や患者さんと避難者を優先して必死で頑張ってくれた姿、そして再開を切望してくれた地域住民の方の思いのおかげで復活できたと思います。

 正直ここまで来る間には苦渋の決断やつらさもありました。約5ヵ月間、職員には減給をお願いせざるを得ず、退職者も出ました。組織を守らないといけないと必死でしたが、一方で悲観的になったこともありました。

 しかし今、理念のもと災害を乗り越えて、本当に強い組織ができてきたと思えます。職員は苦しい状況の中で自主的に、移送された患者さんの顔を見に行くなどしてくれました。今は9割の透析患者さんが戻ってきてくれています。

 災害があって、地域住民の方々と本当の意味で心の交流があり、私は、「真備のために頑張ろう」と、強く思っています。診療の全業務再開にあたっては、リウマチ疾患診療のセンター化やリハビリテーションの充実を進めつつ、今後は手術室の拡充を図るなど、新たな診療機能も提供していく予定です。災害がなければこれだけのことはできなかったかもしれない。被災後、ある先生から「ピンチはチャンス」だとお手紙をいただいたのですが、今は本当に、そんな気がしています。


医療法人和陽会  まび記念病院
岡山県倉敷市真備町川辺2000─1
☎086─698─2248(代表)
http://mkh.or.jp/

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