九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

コロナ感染拡大下の災害と病院 令和2年 7月豪雨・熊本

コロナ感染拡大下の災害と病院 令和2年 7月豪雨・熊本

 コロナ禍であえぐ今年の7月は梅雨前線が日本列島に居座り、各地に豪雨災害をもたらした。3日、九州、中部地方を中心に大雨が降り続き、河川の氾濫などが発生した。熊本県内では球磨川などの氾濫によって医療施設30施設が浸水した。29日には山形県の最上川が氾濫した。医療現場は今夏、水害対策に加えて、COVID―19(新型コロナウイルス感染症)の感染防止も求められている。

村唯一の診療所も被災

 「4日に水が引いて診療所に入ろうとしたが、玄関の戸は打ち破られている。廊下は流木などゴミだらけ。診察室は泥が足首くらいまである。とにかく惨たんたる有り様」。熊本県球磨郡球磨村、医療法人蘇春堂球磨村診療所の橋口治院長は厳しい表情で語る。

 清流・球磨川沿いにあり、村唯一の診療所として外来を中心に診療をする。「80歳、90歳の患者さんと話したが、こんな大雨はこれまで経験したことはなかったようだ」

 氾濫した時は、隣接する自宅2階に避難した。水が引いた後、建物内部を見ると、とても診療できる状態ではなかった。ところが、薬品棚の薬は「奇跡的に」無事だった。

 まもなく「避難住民のために薬はないだろうか」。役場職員から要望があり、急きょ対応することにした。薬は診療所から自宅に運び込んだ。駆けつけた診療所事務職員と2人で手分けして薬の調剤作業にあたった。浸水を免れた自宅の2階で診療した。

無事だった薬剤170人分を処方・調剤

 住民に特に必要なのは、高血圧、糖尿病など慢性疾患の薬だった。避難所となっている球磨村役場を訪れた時、てんかん発作を起こしている患者にも出くわした。「発作は舌が少し切れる程度で収まった。その後、薬も処方し、渡すことができた」

 停電のため処方作業は午後5時くらいまでしかできない。しかし、別の避難所からも患者が訪れた。役場の保健師も応援に加わり「被災後3日間で約170人に診療、処方、調剤したと思う」と振り返った。

マスク着用でDMAT到着

 そんな中、DMAT(災害医療派遣チーム)がやってきた。「入れ代わり立ち代わり 手伝ってくれたのはありがたかった 」

 被災後は混乱していて「コロナのことを心配するどころではなかった。DMATなど支援する医療者はマスクもして、感染対策をしていたので特に心配はしていなかった」と語る。

支援が感染させてはいけない

 6日、熊本県の派遣要請を受けた滋賀県甲賀市、公立甲賀病院のDMAT6人は同日夕、出発した。隊員の伝川洋子・救急看護認定看護師は「当院でコロナの患者さんの受け入れ体制を作った経験もあったので、現地に行くことに特に戸惑いはなかった」と語る。

 隊長の渡邊一良副院長は「人吉や球磨村では陽性の方が出ていないと聞いていた。むしろ清浄な場所で、支援する側が感染させることが心配でした」と言う。これまでDMAT派遣の際に持参したことはないN95マスク、ガウンなどに加え、消毒薬も通常より多めにした。

 近畿の各府県から派遣されたDMATが福岡県の九州自動車道古賀SAで集合した際は、打ち合わせに代表者だけが集まることで密を作らないように注意した。

 甲賀病院DMATが8日から活動した主な場所は、球磨村の住民が避難していた球磨村救護所(人吉市立第一中学校)だ。甚大な被害を受けた球磨村には避難所となる場所がなく、100人ほどの住民たちは同中学校体育館に身を寄せていた。5日までは屋根しかない交流施設「さくらドーム」で過ごしていたためか「避難所(救護所)は天国です」と言った住民の言葉に、伝川看護師は胸が痛んだ。

水害とコロナの複合災害 感染リスクを懸念

 球磨村では陽性者が出ていないこともあり、救護所内でマスクを着けている住民は少なかった。被災住民が集まって話す輪が広がる 〝密〟な状態も見られた。
 8日夜にようやく配られた弁当を「次の食事がいつになるのかわからない」と取り置きする人もいた。冷房のない体育館で「食中毒も心配された」と伝川看護師は振り返る。夏季の自然災害とコロナの複合災害に難しさを感じた。

災害医療を見直しへ

 DMATの西日本研修施設の要、兵庫県災害医療センター(神戸市)の中山伸一センター長は、被災地派遣の指揮を執った。「今回の職員派遣はいつも以上にためらいました」と言う。自治体として初めて災害に軸足を置いた医療機関として開設された同センターだが、新興感染症拡大下での活動は初めてだ。

 コロナ感染症拡大というこれまでと全く違った状況下での活動は「隊員が被災地に感染を拡大させる一方で、現地で隊員が感染することも考えられた。各都道府県のチームが集結することで密な環境が生じることも想定された」と感染リスクを懸念していた。

 南海トラフ地震のように広域災害も念頭に置き「災害医療が地域内で完結できるようスリム化、効率化も考えなければならないかもしれません。人手が要らない作業であれば、ICT(情報通信技術)を利用し、遠隔支援する方法などを検討してもよいのではないでしょうか」と指摘する。感染拡大は災害医療の内容そのものを見直すきっかけになるのかもしれない。

隊員が健康チェック報告


 熊本南部の豪雨災害に対して「派遣チームが集まってくれるか危惧していた」というのは、DMAT本部(東京都立川市)担当者だ。6月末に感染が広がっていた関東地区からの派遣は除外されたが、人員不足の事態は起こらなかった。

 COVID―19へのDMAT隊員の感染予防・健康管理対策は、1月のダイヤモンド・プリンセス号への派遣を機に始まった。派遣された隊員個々人が毎日、体温、症状の有無など10項目程度をインターネットで報告している。

 コロナ感染再拡大を迎え、被災住民にも感染警戒の様子が見てとれた。球磨村で活動した同センター救急部の島津和久副部長は「医療活動を行う時、住民の方が、戸惑っているような雰囲気は感じた」と振り返る。災害現地の抵抗感は初めての経験だ。

 その上で、「医療資源が少ない上に、交通網も寸断された。それを補うためにもオンライン診療といった、新しい診療を取り入れることも必要かもしれない」と提案する。

コロナ病棟の避難も想定

 甲賀病院にはCOVID―19の患者に対応する病棟がある。DMAT派遣から戻った伝川看護師はさっそく「COVID―19の患者さんの病棟の災害時の避難マニュアル作り」に取り組んだ。

 伝川看護師は「通常病棟の患者さんの避難経路や時間をずらすことや、避難時に持参する医療資材の内容なども考える必要があります」と具体的に進める。

急がれるBCP策定

 厚生労働省は2019年7月に病院のBCP(事業継続計画)策定状況をまとめた。それによると、国内の8372病院のうち回答した病院(7294)の中でBCPを策定しているのは全体の25%の1826施設に過ぎなかった。

 この現状に対して、BCP研究に関わったこともある中山センター長は「BCP策定は、経営側にとってはメリットがあるとは言えないのかもしれない。しかし、災害は自分たちにも起こりうることとして考えるべきです」と指摘する。

 球磨村診療所の橋口院長は被災し「電気と水の確保が何より大事」と、体験からBCPの重要性を実感した。今回は村内にあった簡易的な水源が大いに役立ったという。「水道以外の水源確保や雨水などをろ過して飲料水にできる機器などがあれば助かる。これからは豪雨もますます増えるはず。川は氾濫するという前提で、避難所の設置など、安全な町づくりを考えていくべきです」と提言する。

被災地の村診療所医師とDMATが医療連携
被災直後、着の身着のままで診療に当たった球磨村診療所・橋口治院長(中央・短パン姿)と、駆けつけ診療所再開に力を合わせた兵庫県災害医療センターDMATの島津和久・救急部副部長ら(7月15日、球磨村診療所前)=同センター提供

この記事を読んだ方は他にこんな記事も読んでいます

最新の記事情報が取得できます

Twitter

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Instagram

フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。

Instagram did not return a 200.

コメントはこちらから

メニューを閉じる