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すずかけの木陰となって 人々に癒やしと安らぎを

すずかけの木陰となって 人々に癒やしと安らぎを

医療法人弘遠会 すずかけセントラル病院 横山 徹夫 病院長(よこやま・てつお)
1973年千葉大学医学部卒業。
米ミシガン大学神経学教室、浜松医科大学医学部附属病院手術部助教授、
市立御前崎総合病院院長、すずかけセントラル病院副院長などを経て、2019年から現職。

 「こう見えて、もう結構いい年なんです。また院長をやると言ったら『ようやるわ』と周囲にはあきれられましたよ」と笑う横山徹夫病院長。活力の源は、「人間が好き」という性分にあった。

人とは、人間とは何か

 教員を務める親の背中を見て育ち、いずれは何らかの専門職に就こうと考えていた少年時代。「人が好きなんです。人間とは何か?と常々、疑問を持っていました。最初は弁護士になろうかと…」。結局、理系への興味が捨て切れず、医学部へ。

 志す道は、すぐ決まった。「人を人たらしめている部分は、やはり脳だろうと」。その構造を学ぶため大脳生理学を専攻。その電気生理の知識を生かしてパーキンソン病などの神経機能障害の改善を目的とする機能的脳神経外科へと進む。

 手術の場数を踏む中で、脳の良性腫瘍、特に聴神経腫瘍の治療を多く手掛けた。手術で目や顔の神経が傷つくリスクもある腫瘍だ。ある日、その手術で顔面にまひが残った18歳の少女が来院。舌の神経を使って顔の神経機能を補正する手術を行った。「その後、40代になったその子が訪ねて来てくれてね。『結婚して、もう大学生の子どもがいるんです』と話してくれた。ああ、良かったなあと感激しましたよ」。そんな患者さんに時々出会えることが、仕事の醍醐味(だいごみ)だと話す。

 脳神経外科の魅力は「結果がすぐ分かること」。手術後の意識状態や運動機能の変化が一目瞭然。救急疾患も多く、ドラマチックな世界だと話す。「でもそれが今は〝3K〟だと敬遠される。時代は変わりました」

 人が変われば、治療も変わる。再発防止のため大部分を切除していた良性腫瘍も、一部分を取り放射線で治す方法へと進化。病院でも積極的に取り組んでいる。「生活とは〝人そのもの〟です。その人らしく暮らしていけるお手伝いを、これからもしていければ」

長い人生の旅路をともに

 すずかけセントラル病院は、多機能型のケアミックス病院。急性期病棟87床、回復期リハビリテーション病棟60床、地域包括ケア病棟46床、障害者病棟58床、療養病棟58床の計309床を備える。

 母体は1988年開院のいわゆる「高齢者病院」だったが、閉鎖となった旧社会保険浜松病院の健診事業を引き受けて2012年に開院した。「今も健診は特長の一つ。地域の皆さんの健康管理、予防医療に力を入れています」

 いわゆる「浜松方式」と呼ばれる救急医療体制が充実している浜松市。600床を超える医療機関の救命救急センターが高次医療を担っている。「当院の役どころは、救急においてはプライマリ・ケア的な治療がメインとなり、各先生は日常の診療の中、高度な専門医療の治療実績を伸ばす努力を続けています」

 今年は脊椎内視鏡治療センターを開設予定。診療体制を充実させ、健康管理センターからの二次検診患者を取り込んでいく考えだ。

 もう一つの強みは回復期、慢性期医療。この6年で、市内の病院の受け皿となる後方病院の役割が浸透してきたと語る。今年から地域包括ケア推進室も稼働。病病連携がほぼ確立されたことから、今後は病診連携の発展に注力する。

 イソップ物語で「人々に勇気と希望を与え、やさしく包み込む存在」として登場する〝すずかけの木〟。駅前に立つその木は、空襲で奇跡的に焼け残り、市民を勇気づけ復興を支えた〝市民の木〟として親しまれてきた。

 「この名を掲げるからには、安心と安らぎを与える医療を行うことが使命。もっと地元に根差していけると思っています」

 長い人生の道を旅してきたお年寄りや、病によって疲れた人々を癒やす木陰となりたい―。そんな思いで今日も現場に立つ。

医療法人弘遠会 すずかけセントラル病院
静岡県浜松市南区田尻町120―1  ☎053―443―0111(代表)
http://www.suzukake.or.jp/central/

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