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これからの数年で肝移植の体制を築き上げたい

これからの数年で肝移植の体制を築き上げたい

琉球大学大学院医学研究科 消化器・腫瘍外科学講座
教授(たかつき・みつひさ)

1994年長崎大学医学部卒業。2002年長崎大学大学院医学研究科修了。
京都大学移植外科医員、台湾・高雄長庚紀念病院肝臓外科・肝移植外科留学、
長崎大学移植・消化器外科准教授などを経て、2019年から現職。

「自分の手で治したい」 京都、台湾で研さん

 大分県佐伯市の小さな町で生まれ育ち、長崎大学医学部へ。「自分の手で治したい」と外科医を志した。

 駆け出しの頃は「胃」の領域に関心があった。尊敬する先輩の「お前は肝臓がいいんじゃないか」との助言もあり、肝胆膵外科の道に進んだ。「縁に随(したが)う」のは、人生で大切にしていることの一つだ。

 長崎大学移植・消化器外科は1991年に肝移植のチームを立ち上げ、研究を重ねていた。「今でこそ手法は確立されたが、当時はまだ探り探りの部分も多かった」と回想する。生体肝移植を積極的に推進していた京都大学に派遣され、周術期管理を中心に免疫抑制療法などを学んだ。

 2001年、台湾の高雄長庚紀念病院に留学。肝移植の領域で世界的にも知られた陳肇隆(チェン・チャオロン)教授のもと、多数の手術を経験した。脳死下肝移植にも携わるなど、技術を徹底して磨き上げた。「非常に充実していた2年間だった」と振り返る。

 もう一つ重要な海外での経験がある。旧ソ連時代のカザフスタンには、かつて核実験場が置かれ、100万人を超える人々が被ばくしたと言われる。被ばく地である長崎と長年の交流があり、長崎大学とも医療的なつながりがあった。

 あるとき、「生体肝移植を始めたい」との相談を受け、高槻氏らはカザフスタンへ向かった。何度も行き来して支援を続けた。

 財力のある富裕層が国外で受ける手術。そんな肝移植が、カザフスタンの病院で実施できるようになった。高槻氏は、現地シズガノフ国立外科科学センターの名誉教授でもある。

2020年に開始目標手術の意義を伝えたい

 これまでの経験を生かして「琉球大学で肝移植を実現する」こと。これが自身の最大のミッションだと高槻氏は考えている。同大学がこれまで本土の移植施設に紹介した患者は70人を超えるという。

 「移植手術を必要とする患者さんは、さらに多くいるでしょう。肝移植をここ沖縄県内で完遂できるようにすることが目標。カザフスタンで実現できたのですから、ここでできない理由はないと思います」

 肝移植が可能な体制の構築を目指す中で、さまざまな課題の解消に挑む。

 全国的に外科医の減少が指摘されている中、この数年間における琉球大学消化器・腫瘍外科の入局者数も伸び悩むなど、沖縄でも深刻さは増している。

 当面は県外のドクターとのネットワークを活用したサポートを得ながら、段階的に移植技術の定着を図る。その中で外科医を育て、増やしていく方針だ。

 「肝胆膵領域の外科はハードだというイメージがあるのでしょう。私はやはり、自分の手で治すというやりがいを伝えていきたい。治療の手段がなく、苦しんでいる患者さんが肝移植によって元気な体を取り戻す。手術の意義を発信していきたい」

 琉球大学医学部と附属病院は、2024年度末までに移転する計画。場所は2015年に一部が返還された米軍キャンプ瑞慶覧に整備される国際医療拠点だ。

 「新病院が開院する頃には、琉球大学で肝移植手術を受けるのが当たり前のものとして認識されている。そんな状況にしたい」

 順調に準備が進めば、2020年初めにも肝移植を実施する。
 
「きっと医局の活性化につながるはずです。新しいことが始まるという期待の高まりを感じています」

琉球大学大学院医学研究科 消化器・腫瘍外科学講座
沖縄県中頭郡西原町上原207 ☎098−895−3331(代表)
http://www.ryukyu-surg1.org/

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