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「山形モデル」実現までに乗り越えた壁とは?

「山形モデル」実現までに乗り越えた壁とは?

形大学医学部
東日本重粒子センター運営委員会
嘉山 孝正 委員長(かやま・たかまさ)

1975年東北大学医学部卒業、同脳神経外科入局。
山形大学医学部附属病院病院長、同医学部長、
国立がん研究センター理事長、山形大学学長特別補佐などを経て、
2019年から現職。

 2020年秋の本格稼働に向けて「山形大学医学部東日本重粒子センター」の開設準備が進む。市民公開講座でのPR、海外とのネットワークづくりなども展開中だ。北海道・東北エリアで初めての重粒子線がん治療施設。プロジェクトを主導する山形大学医学部東日本重粒子センター運営委員会の嘉山孝正委員長に、実現までの道のりを聞いた。

―これまでの経緯を。

 国内にある従来の重粒子線がん治療施設とは異なる特徴を打ち出す必要があると考えました。

 なぜ私たち山形大学がこの事業を進めようとしているのか。地域の方々の理解や支持をどのように得ていくのか。国の予算の獲得につながる十分に説得力のある計画を構築し、患者さんの期待に応えられる施設を実現するには、新しい発想が不可欠でした。

 2005年、資金調達に向けて私たちが文部科学省に設置計画案を提出した当時の状況は、他大学による重粒子線がん治療施設の整備計画が認可されたばかりのタイミングでした。

 なにしろ多額の費用を要するプロジェクトですから国としても複数の事業を採択するわけにはいかない。こうした背景によって資金をどうやって確保するかなどを再検討し、スケジュールを軌道修正する必要が生じたのです。

―状況が変わったのは。

 大学医学部で初めての独立した「医学部がんセンター」(2005年)の設立や「東北がんネットワーク」の立ち上げ(2008年)などを経て、私は2010年4月、国立がん研究センター理事長に就任しました。2012年4月、学長特別補佐として山形大学に戻り、「山形大学重粒子線がん治療施設設置準備室」を組織。この時期を境に、導入計画を本格的に推進していきました。

 文部科学省、財務省と重ねた予算折衝において、国から求められた項目がいくつかあります。一つは「地元の自治体や経済団体、企業などによる支援体制を構築し、資金面での協力を得る」ことです。

 重粒子線がん治療施設が開設されることで、山形県の医療レベルの向上に貢献することができました。また、東北地域を訪れる外国人患者の増加が見込まれ、インバウンドにもつながるでしょう。さまざまな効果が期待できる事業として、地域の方々の理解を得るよう努めました。

 また、「既存の機器とは異なる装置を開発する」ことも要件の一つでした。重粒子線がん治療施設の運営における大きな課題はコスト。重粒子線治療は加速器によって高磁場を発生させ、光の速さの70%近くにまで加速させた炭素イオン(重粒子)を患部に照射する治療法です。

 加速器などの機器が大型であるため、施設の建設にはサッカー場ほどの敷地を確保しなければならないとされてきました。さらに磁場を安定させるためには24時間の通電が必要。計十数人を超えるオペレーターが管理に当たるため、電気代や人件費が膨大な額に上るというわけです。

―どのような工夫で解決したのですか。

 超伝導磁石を用いた装置の小型化、設備を重ねてレイアウトする「キューブ型建屋」の採用などで省エネルギー、省スペース化を実現しました。敷地面積が限られる都市部の総合病院でも導入できる可能性を広げます。

 また、東京大学の物理学の先生を山形大学重粒子線医学講座教授として迎えるなど、放射線医学の領域にとどまらない人材の力を結集したことも特徴です。

 この「山形モデル」は、すでに中国での導入の話が進んでいるほか、国内外からさまざまな問い合わせが増えています。国際展開も積極的に進めていきたいですね。

山形大学医学部東日本重粒子センター
山形市飯田西2─2─2
☎023─633─1122(代表)
http://www.id.yamagata-u.ac.jp/nhpb/

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