九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
引き続き、小児先天性心疾患に対する手術中の医療事故です。
Aちゃんは極型ファロー4徴症で、生後まもなく左右のBTシャント術を受けました。その後の発育は順調で、3歳になった頃、手術に耐える体力も備わってきたとの判断で、極型ファロー4徴症根治術(心室中隔欠損修復+右心室流出路形成等)を受けることになりました。
術後、長期間の昏睡状態を経て意識は戻ったものの、Aちゃんには知的障害、痙性四肢麻痺の障害が残りました。開示されたカルテの麻酔記録には、「大動脈内に気泡あり」、「瞳孔中等度散大」、「脳表面冷却」との記載が、カルテの他の部分には、「脱血管位置修正時に徐脈、ST上昇」との記載がありました。また、術後の頭部CTのレポートでは、「一部の皮質に沿って淡い高吸収域を認め、空気塞栓による多発性の微小血栓に矛盾しない変化」とされています。
この記録を、小児心臓外科の専門医に分析していただいたところ、人工心肺の脱血不良によって、エア・ブロックという現象が生じ、送血管へ空気が引き込まれて、大動脈から脳動脈に空気が送られたという機序が想定されるとのことでした。
しかし、病院側は、患者側の主張する事実経過を否定し、責任を徹底的に争いました。
病院の当初の主張は、大動脈内の気泡は、下大静脈の脱血間位置修正時に切開部から入った空気が、右心から心室中隔欠損部を通って左心に入り、大動脈に送られたものであり、その量はごく少なく、脳に後遺症を残すほどではない、というものでした。Aちゃんの後遺症は、空気塞栓によるものではなく、術後に発生したDICによる多発微小血栓によるものだというのが病院の主張です。
しかし、現に手術中、「瞳孔中等度散大」の状態となり、脳表面のクーリングを行っているのです。
その後、病院の主張は、そもそも空気が入ったかどうかもわからないというものに変わりました。脱血間位置修正時に、徐脈、ST上昇が起こったので、空気が入った可能性を想定して、「大動脈内に気泡あり」と麻酔記録に記入し、脳に空気が流入した場合を想定して、脳表面の冷却を行ったのだといいます。
では、「瞳孔中等度散大」はなぜ起こったのか。執刀医は、「暗い部屋に入れば中等度散大は起こります」、「麻酔の効果が薄くなれば中等度散大は起こります」などと法廷で証言しました。
患者側からみれば、病院側の主張は支離滅裂で、匿名を条件に協力してくれた小児心臓外科医もあきれ果てていました。しかし、手術に立ち会っているのは病院側の人間しかいないので、「エア・ブロックは起こっていません」と口をそろえて言われてしまうとなかなか難しいことになります。
この事件は、鑑定になりました。5人の鑑定人候補者に次々と断られ、最終的に引き受けてくれた鑑定人の意見は、①病院側の主張するDICによる脳障害という機序はあり得ないとまではいえないまでも、腎障害がないことなどからするとかなり考えにくい、②被告側の主張が全部真実であるとすればエア・ブロックは起こっていないと考えざるを得ないが、何らかの機序で相当程度の空気が脳に送られた可能性が大きい、というものでした。
結局、何が起こったか分からないまま、請求金額の5割程度で和解が成立しています。
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