九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

横倉 義武 日本医師会 会長 国民に発信し情報共有できる「日本版CDC」が必要  今回の(感染拡大の)状況を踏まえて、改めて感染症危機管理体制の強化の必要性を感じたし、健康医療情報を学術的な見地から国民に発信し、情報共有できる、いわゆる日本版CDC(疾病対策センター)のような仕組みが必要と感じた。日本でパンデミックのような事態が起きた場合には、患者を隔離する必要があり、病院船の建造も考えておく必要がある。 (拡大のスピードが早かった原因は)当初、中国からは正しい情報が出されず、武漢も医療資源が乏しい地域であったため、感染の拡大を防ぐことができなかったことが一つの要因として考えられるのではないか。 PCR検査は当初、医師が必要と判断したにもかかわらず、検査につながらない例も見られた。安倍総理に対して、2月27日に直接要望書を手交し、PCR検査を確実に実施するための体制整備を求めた。保険適用にもなったし、新たな検査方法も導入されるようなので、検査実施数が増えることを期待している。 (医師など医療従事者の職業感染を防ぐには)手洗い、必要に応じて手袋を使う、マスクを着ける、あるいはメガネ・ゴーグル、そういったようなものが感染の疑いの強い患者さんの場合には、コロナウイルスに限らず重要な方法だと思う。 国と協力、拡大防止。医療資源乏しい国への支援も必要  (拡大を防ぐための人的・物的資源、資金については)医療用マスクが不足しており、国に対しては安倍総理への要望の中で、医療現場におけるマスク、手袋、防護具、消毒薬等を含めた医療資機材の確保と迅速な配備を要望している。国では補正予算などで対応していただけると聞いているので、その対応を期待している。 WHOは現状をパンデミックの状態にあると宣言したが、日本は皆さんのご協力により、何とか持ちこたえている状況にある。日本医師会は今後も国と協力し、感染拡大の防止に努めていきたい。私としては、医療資源が乏しい国で感染が広がることを心配しており、その支援も必要ではないかと考えている。 下野 信行 九州大学病院 グローバル感染症センター長   (発生〜拡大経過を見て)未知の病原微生物の場合、感染様式、潜伏期、無症候者の存在、重症度など不明な点ばかりで、最初から最善の対策を取るのは難しいと改めて痛感した。もう少し早めの水際対策、クルーズ船乗客の早期の陸上管理が必要だったのかなどの問題点が挙げられる。今後の対策に生かしていかなければならない。 サージカルマスクやN-95マスクが不足し、日常診療が危機的状態になっている。生産拠点の多くが中国にあり、世界規模の物流となっていて影響が大きい。多くの先進国はCDCを有しており、CDCを中心に専門家が統合的に感染管理することが求められている。中国も韓国もCDCを持っていて、韓国はMERSを経験した後、防疫体制を充実させ、疑われる症例にはMERS検査を常時施行していると聞く。JCDC(Japan CDC)の設立を望む。 拡大が早かったのはSARSの時と比べても国際交流が活発になり、人、物流のネットワークが世界規模になっていることが一因だ。致死率が低く、多くの軽症例や無症候性感染者がいること、潜伏期から感染力を有していることなどが感染拡大につながった。スポーツジム、卓球教室、ライブハウスなどでの感染者が報告されている。健常とみられる方に発症あるいは無症候感染者がいる。そうでない人と見分けることは困難であることを考えれば、職業感染を防ぐ点でも感染予防の鉄則、標準予防策に立ち返るしかない。手指消毒の徹底、呼吸器症状のある場合にはマスク着用といった原則の徹底しかない。 マスクが必要な医療機関 なければ医療崩壊  (拡大を防ぐための人的・物的資源、資金については)国など行政で考えていただいているところであるが、いずれも十分ではない。個人防護具(PPE)の不足は深刻である。広場や街中でのマスク着用より、本当にマスクが必要なのは医療機関であり、医療機関で調達できない状況が訪れれば、診療できない状況が生まれるかもしれない。   新型インフルエンザの際と比べると、今回の広がりのスピードは鈍い。無症候者や軽症者が多く、水面下で広がる一方、散発的な集団発生と思われる状況が続くように思う。 新興感染症はSARS、MERS、今度の新型コロナウイルス、鳥インフルエンザやエボラウイルスなどが認められている。それぞれ特徴が異なり、画一的な対応では難しい。 有吉 紅也 長崎大学熱帯医学 ・グローバルヘルス研究科教授(臨床熱帯医学)  中国政府の隠蔽体質、イタリア、イランなどの初動対応等に対する批判はあるだろうが、今回は流行の発生時から、ウイルス検出後、情報が極めて早いスピードで全世界に公開されており、これまでとは違っている。グローバル化社会の感染症対策が着実に進化している。一方、COVID-19パンデミックを防げなかったことは、進化した現在の体制でも、不十分であったことをまざまざと見せつけられたのだと思う。今後の課題については、全貌が見えてこない。アジア・アフリカ・中南米の中~低所得国での拡大がどこまで広がるのか懸念している。 COVID-19は、人類のいかなる集団も遭遇したことのない正真正銘の新興感染症であること、それがヒト・ヒト感染を拡大させやすい飛沫感染で起きていること、しかも、8割が無症状・軽症であること。どう考えても制圧が極めて難しい強敵である。にもかかわらず、日本は頑張っていると思う。日本の感染拡大の状況は、韓国、イタリアなど欧米諸国、イランからみると明らかに遅い。厚労省も、感染研も地方行政も頑張って取り組んでおられ、頭が下がる。検査体制も、公衆衛生対策上、最低限必要な患者を検出することは、早くから、地方都市においてもできていた。まだ、一般人の不安を払拭できるまでには至っていないが、このタイミングでそれは責めるべきではないと思う。 そもそも日本の感染症対策における制度設計が古いと思う。有事に備えて、米国CDCやPHE(英国公衆衛生庁)のように専門性と権限をもった司令塔組織を一つに集約するべきだった。今回、それがなくてもやれているのは、中央から地方に至るまで、現場の臨床医を含めて、日本の医療・行政に携わる人材が優秀かつ勤勉であるからだ。彼らの自己犠牲の上に成り立っている。 日本には感染症疫学に強い公衆衛生の専門家が不足している。英国で生まれた感染症数理モデルは、感染症流行パターンを数学的に解析する学問で、PHEの司令塔には、この数理モデルの専門家集団がおり、感染症の流行を予測し、予防対策に科学的根拠を与えている。実は日本にも世界トップクラスの感染症数理モデルや感染症疫学の専門家がいるが、彼らの意見に対するリスペクトが十分だとは思えない。 新興感染症のリスク増大 専門家育成システム必要  COVID-19は今後パンデミックになるのか。1カ月前、このことについて英国の数理モデル専門家と個別に議論をしたとき、「7:3」の割合でYesだった。専門家の誰もそれを表明しなかったのは、まだ、封じ込めを諦めるタイミングではなかったということ。そして、これからも被害を最小限に抑える努力を止めるべきではないということだ。一方、今後について、私自身は、ここまで広がれば、毎年冬場に、世界のどこかでCOVID-19が拡大するリスクが必ず残ると考えている。私はいつも、数理モデルでよく議論になる基本再生産数 (R0;ひとりの感染者から感染する人数の平均)を決める式「R0=D×C×p」について説明する。D(感染力のある期間)とp(1回の接触で感染する確率)は、病原体の性質で決まっているが、2000年頃を境にC(ある単位期間に感染者が接触した感受性のある人の数)が決定的に変わったことを実感している。人口の増加、都市化に加えて、移動人口の増加を加えると、単純に考えたとしても、Cの値が何倍にも膨れ上がっている。すなわち、一度新たな感染症が発生すると、それが燃え広がりやすい地球環境になっていることは確かである。 それは、人獣共通感染症についても、同じことが言える。これまでにも、世界中のどこかでくすぶっていたものが、燃え広がり、認知されやすくなったと考えている。よって、これからも新興感染症が流行するリスクは確実に増えており、起きることを想定しておくべきだ。感染症から永続的に人類を守るためには、ヒト(ヒト集団の中で生まれるAMR=薬剤耐性=についても忘れてはいけない)のみならず、動物が保有する病原体、環境中に存在する微生物まで含めて、アフリカの奥地まで含めて、地球上に科学の目が行き届かないブラックボックスを作ってはいけないと思う。 これからの感染症領域では、臨床の専門家だけではなく、熱帯医学や公衆衛生を理解できる感染症の専門家を育成するための教育・訓練システムをさらに強化する必要がある。

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第25回日本災害医学会総会・学術集会 これでいいのか、災害医療!

 2月20日から同22日までの3日間にわたり「第25回日本災害医学会総会・学術集会」(会長・兵庫県災害医療センター中山伸一センター長)が神戸国際会議場・神戸商工会議所・アリストンホテル神戸で開かれた。医師、看護師ら約2400人が集まった。 ●会長講演「阪神・淡路大震災から25年 災害列島で暮らす医療人へのメッセージ」中山 伸一 氏(兵庫県災害医療センター長 兼 神戸赤十字病院副院長)  1995年の阪神・淡路大震災から今年25年を迎えた。自然災害は増加傾向、日本は災害を避けられない国だと改めて感じる。 震災が起こる前、神戸は災害もほとんどなく安全だと思っていたが、そうではなかった。 震災後に判明した数字は負傷者約4万人。多数の日本家屋の倒壊を目の当たりにした。上半身をはさまれた方はほとんど即死。下半身をはさまれた方の多くは筋肉組織が破壊されることによって発症するクラッシュ症候群だった。 当時、私は神戸大学医学部附属病院に勤務。病院も倒壊は免れたが、惨憺たる状況だった。外来では内科、外科関係なく入院患者を受け入れた。間もなく透析患者さんの対応が急務だと判明した。大阪市大から受け入れ可との連絡があり、陸送や、ヘリ、船での搬送をした。今でいう広域医療搬送の始まりだったと思う。 災害時は需要が増え、供給が足りなくなる。ライフラインは遮断され、高度先進医療機関も機能が低下する。病院によっては医師1人当たり数百人の患者に対応していた。市内の病院へのアンケートで3カ月後に判明したが、そのときは情報が途絶し、各医療施設の状況は不明だった。 震災後に災害医療分野は大きく変わった。現在、国内には742の災害拠点病院が設けられ、EMIS(広域災害・救急医療情報システム)が構築、災害医療コーディネーターも生まれた。国内約1700のDMAT(災害派遣医療チーム)が誕生し、活躍しているのも進歩だ。その半数が兵庫県災害医療センターで研修を受けた。 ただ、東日本大震災、熊本地震を経てわかったのは、このシステムも完璧ではないということだ。例えば、熊本地震ではEMISをみると、自病院で情報を発信できたのは2割。情報発信の重要性を訓練のたびに伝えているが、実行が難しいようだ。別の方法を考えなければいけないだろう。 今後の課題には、災害拠点病院のライフラインやハードウエアの充実がある。日常業務で忙しいとは思うが普段から危機管理意識を高めることも必要だろう。 中山 伸一 氏  また、新型肺炎の対応でもDMATが活動することになったが、〝竹槍精神〟で突っ込んではいないだろうか。不確実なロジスティックスで動き、隊員に負荷はかかっていないか。災害医療はDMATだけでは不十分なのに「まずはDMAT出動」という考えが、厚労省も含め国のトップにありはしないだろうか。 医療者同士も、自身の専門外への関心を持って連携することも課題だろう。命のためには頑張ろうという医療者だからこそ、災害医療活動を検証しながら、前に進みたい。 ●パネルディスカッション 「これでいいのか、原子力災害医療!」  現在、国内には33基の商業用原子力発電所があり、東日本大震災後の新規制基準に合格して再稼働している発電所は9基。原子力災害医療に対しては2015年8月、原子力規制委員会が原子力対策災害指針を改正。国指定の高度被ばく医療支援センター、原子力災害医療・総合支援センター、原子力発電所や研究所が立地する自治体などが指定する原子力災害拠点病院、また同自治体が登録する原子力災害医療協力機関が設けられた。パネルディスカッションではパネリスト7人が講演。その中から3人の要旨を紹介する。 「原子力災害時の保健医療支援の〝 空白 〟 をどのように埋めるか」中村 誠昌 氏(長浜赤十字病院 医療社会事業部)  当院は原子力災害拠点病院であり赤十字病院。東日本大震災の時も翌日から救護班が活動した。ただ、原発が爆発したという時点で大混乱し、3月13日に撤退。その後、日赤として原子力災害が起きた時でも各病院の業務継続ができるように計画。救護活動の実施区域の明確化、マニュアルの整備、許容被ばく線量の設定、原子力災害アドバイザー制度を創設。救護班には診療放射線技師を加えた。 現在、原子力災害拠点病院は48病院。原発のある地域は地方で、高齢者が多く、孤立化が懸念される。被災地域の保健医療面での人的資源の不足が起き、地域の行政機関、医療施設、介護施設への負担が重くなる。 支援組織を派遣する管理者にとっては、部下たちを安心して派遣できる環境かということがポイント。すべての団体が共通して使えるような、活動基準や安全管理の方法が整備されることが急務ではないだろうか。 「原子力災害拠点病院の現状と問題点:30 名の重症患者広域搬送に備えるために」西山 慶 氏(国立病院機構 京都医療センター 救命救急センター)  京都府には原子力発電所は立地していないため、福井県の隣接県の原子力災害拠点病院としての取り組みを紹介する。2016年に拠点病院に指定され、福井の先生方に相談したところ「原発事故が起これば、地域のクリティカルケア(重症患者への医療)は、ほとんど機能しなくなることもあり得る。そこをバックアップしてほしい」と話してくれた。 当院の救命救急センターは独立した建物で、救命救急病床が30床。福井県内の重症患者を当院で受けることを想定している。 患者が運ばれてきた際には、同時並行的に除染が必要となる。敷地の広さを利用し、病院後方に除染センター用の建物を建設。センターで除染後、救急車に乗り換えて、救命救急センターに搬送する動線だ。 課題は人材育成。隣接県としての役割を訴えながら、職員のモチベーションを上げていきたい。 「オールJAPANの放射線災害医療にしませんか」廣橋 伸之 氏(広島大学…

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2020年2月新築移転 地域完結型医療を目指す

医療法人伸和会 延岡共立病院宮崎県延岡市山月町5-5679-1 ☎0982-33-3268(代表)http://www.nobeoka-kyoritu.or.jp/  南北に長く、各地へのアクセスが不便な宮崎県。そのため各医療圏の基幹病院はもとより、地元の民間病院の存在が住民の医療を支えている。その一つ、県北にある延岡西臼杵地域の医療を担う延岡共立病院が、2020年2月に新築移転。防災や地域医療における役割について、赤須郁太郎院長に聞いた。 ◎患者さんに寄り添い、地域で完結できる医療を実現する  住宅地が広がる高台に新築移転した、地上6階建ての延岡共立病院。施設の老朽化に伴い、災害時に病院としての責務を果たすため、津波の被害のない高台に移転。耐震構造で、災害用ヘリポートを備えている。長きにわたり、延岡市や周辺地域の医療を支え続けてきた病院として、移転後も地元住民からの信頼に応える姿勢は変わらない。理念には「地元で完結できる医療」を掲げている。 「この延岡市は、この土地で生まれ育ち、地元からほとんど出たことがないという人々が多く暮らす町です。それだけに、この病院に愛着を持って、長く通っていただいています」 赤須院長で3代目。患者は、親、またその親の代から通い続けている人も少なくない。他の病院を紹介しようとしても「ここで治してほしい」と願う患者が多いという。 「新病院建設に当たっては機能的なことはもちろん、患者さんに寄り添ってきた、地域に根差した病院であることを踏まえ、設計をしました」 例えば、多くの患者が利用するリハビリテーションルームは、広いスペースを確保。そこから続く見晴らしの良い屋外スペースには、芝などを植栽した。患者さんが心地良くリハビリができるよう、さらに整えていくという。 管理スペースを中央に配置したICU  集中治療室(ICU)は、患者やその家族に、少しでも前向きな気持ちで過ごしてもらいたいとの願いを込め、外の景色が見える大きな窓を備えた。管理スペースからぐるりと様子を観察できるよう、ベッドの配置にも配慮している。ベッド周りで煩雑になりがちな配線や器具は、赤須院長考案のオリジナルシーリングでまとめた。 病院までのアクセスは、地元バス会社に交渉し、路線バスの乗り入れが決定。高台に移転したことで、懸念された高齢者の「足」も確保できた。 ◎屋上ヘリポートを設置 防災拠点としての役割を果たす  屋上には、防災ヘリコプターが離着陸できるヘリポートを設置した。これは、赤須巖理事長の強い希望で実現したものだという。病院がある延岡市は、宮崎市中心部から車で2時間近くかかるため、大きな災害が起こった場合に、孤立しかねないという懸念があるからだ。 そこで考えたのが防災ヘリにも対応可能なヘリポートの設置だ。 「メディカルロード」と名付けられた1階フロア。災害時にはベッドを置いて対応に当たる  宮崎県防災救急航空センターの防災救急ヘリ「あおぞら」の物資・人員を積載した最大重量を目安にし、対荷重量は5・4㌧と設定した。 また、廊下の幅を広く取った1階フロアは、「メディカルロード」と名付けた。災害時には、多くのベッドを配置するためのスペースになる。予想される南海トラフ地震や日向灘地震といった大規模災害時に、地域を守る拠点としての期待が高まる。 ◎地域住民の一生を支えるために  電子カルテを導入するなど、院内システムを一新。さらには、「次代を担う子どもたちの教育に役立てたい」と、手術室を上から見学できる「見学室」を設けている。手術室の様子を、間近で見ることができるようになった。 赤須郁太郎院長  旧病院の跡地を利用し、訪問看護ステーションを開設。さらに老人福祉施設などの併設も視野に入れている。山間部や過疎地域も多い地域のため、将来的には、孤立しがちな高齢者のために、「ついのすみか」となる場所をつくる構想も描いている。 「機能や施設の充実はもちろん、患者さんに一生安心して通っていただけるよう、地域の皆さんに寄り添う病院であり続けたいと思います」

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へき地医療と地域連携で医療の谷間に灯をともす

公益社団法人地域医療振興協会 飯塚市立病院武冨 章 管理者(たけとみ・あきら)1983年自治医科大学医学部卒業。同医学部人類遺伝学教室研究員、方城町立診療所所長、筑豊労災病院(現:飯塚市立病院)内科部長などを経て、2008年から現職。  地域医療の厳しさが増す中、へき地への医師派遣や地域の主な医療機関との連携づくりなど、地域医療の改善を先頭に立って進めている飯塚市立病院。その牽引役である武冨章管理者に話を聞いた。 ―へき地医療について。  「飯塚市立病院」は、公益社団法人地域医療振興協会が市から運営・管理を委託されている病院です。当協会は自治医科大学建学の精神を受け継ぎ、全国のへき地医療も担っています。 日頃は飯塚市立病院で診察に当たっているドクターが、糟屋郡の相島や宗像の大島といった離島の診療所に定期的に代診に行っています。代診は年間総数200日ほどにもなります。 専門医として勤務していても、島の診療所では総合診療医としての視点が必要です。若いドクターの中には代診医として通ううちに、例えば医療以外でも島に住む人たちと触れ合うことで、自分自身の成長を感じる人も多くいます。 彼らには常々、「総合的に診ること、病気を診るのではなく地域を診る、人を診ることが大切」と話していいます。そのことを実感してくれているのだと心強く思っています。 ―地域包括ケアでの取り組みは。  2019年、厚生労働省が病院の再編・統合を検討すべきと全国424カ所の病院名を挙げました。筑豊地区では4カ所、当院も含まれていました。この評価に驚きましたが、一方で実績過小と評価された項目を中心に、病院全体の評価を上げる対策の強化が必要だと感じました。 また、院内を再編し、リハビリ病棟の充実を目指しています。前身が筑豊労災病院だった当院には、十分な機能を有するリハビリ室があります。現在、急性期150床、回復期リハビリ病棟50床、地域包括ケア病棟50床の計250床で運営しています。この地域に回復期が少なかったこともあり、在宅復帰に貢献できると思っています。 また飯塚医師会やほかの拠点病院と協力して、筑豊地域を5ブロックに分割。各ブロック内の幹事病院を中心に、地域内の医療や介護福祉の関係者たちの連携を目指す協議会が、2016年にスタートしています。この協議会を核として、回復期と急性期との連携、拠点病院と開業医との連携、ケアマネジャーや地域の介護サービス事業者との連携などの強化を、さらに進めなければなりません。 各ブロックでは研修会も年2回行っています。医療従事者だけでなく、ケアマネジャーや社会福祉士ら福祉関連の専門家、警察、消防、行政などが参加。さらに地域の民生委員の参加が特徴です。民生委員に来ていただくことは、住民参加型の地域医療という点で大きな意味があります。行政、医療、介護、そして住民がつながることで、地域包括ケアのシステムが機能します。 ―今後は。  へき地医療の支援は当院のミッションです。「いつもは病院、時々へき地」と、代診医には病院とへき地をつなぐ役割を担ってほしい。地域医療の現状を知ってもらうため、総合診療専門医の研修も積極的に受け入れる計画です。 救急医療については、当院では2次救急の態勢が整っています。「飯塚市立病院へ運んでください」と言ってもらえるように努めていきます。 域内には後継者問題を抱える開業医も多くあります。その支援のために、当院で手術を受けられた患者さんを中心に、在宅に戻られた場合、当院から訪問診療や訪問看護ができないかと検討中です。体制が整えば、開業医の皆さんの負担軽減につながると期待しています。 当協会の「医療の谷間に灯をともす」というポリシーを胸に、今後も地域医療に貢献する病院でありたいですね。 公益社団法人地域医療振興協会 飯塚市立病院福岡県飯塚市弁分633―1☎0948―22―2980(代表)https://iizukacityhp.jp/

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災害医療は「大きな救急」 対策室を起点にDMAT派遣

社会医療法人陽明会 小波瀬病院山家 仁 理事長(やまいえ・ひとし)1987年鳥取大学医学部卒業。同医学部放射線医学教室入局。松江赤十字病院、1988年医療法人社団小波瀬病院(現:社会医療法人陽明会小波瀬病院)入職、同院長を経て、2017年から現職。日本救急医学会救急科専門医、JATECインストラクター、日本DMAT隊員、福岡県DMAT隊員。  京築地域の基幹病院である小波瀬病院は、近年災害医療にも注力。2016年には、災害医療対策室を設立し、医師やメディカルスタッフによるDMAT(災害医療派遣チーム)を3チーム組織している。山家仁理事長と馬渡博志災害医療対策室長に、現在の取り組みと今後の展望について聞いた。 ─対策室設立の経緯は。 山家仁理事長(以下、山家) まず2006年、経営陣に、救急医療をメインにしたい意向を了承いただき、院長を引き受けました。災害医療にも携わりたいという思いがあり、2011年に新病院を建設したのを機に、翌年には京築の災害拠点病院の指定を受け、DMATを組織しました。 災害医療対策室は、2016年に室長の馬渡が入職し、設立。馬渡はロジスティクス(業務調整員)の立場で日本の災害医療に携わり、けん引してきた一人です。馬渡がいることで災害医療に関心のあるドクターやスタッフが集まり、救急の医師は2人から5人まで増えました。救急医療が行き詰まる地域もある中で、大きな数字だと考えています。 ─災害医療対策室の役割・取り組みについて。 馬渡博志 災害医療対策室長 馬渡博志災害医療対策室長(以下、馬渡) 災害医療対策室には事務職員2人と救急救命士6人が在籍し、救急医療・災害医療に携わっています。私自身は九州・沖縄ブロック災害医療ロジスティクス検討委員会委員長、認定災害医療上級ロジスティクス専門家として、院内・院外で教育や訓練に携わっています。 熊本地震や九州北部豪雨災害、西日本豪雨災害などの災害時は、院内に災害対策本部を立ち上げて、情報収集や連絡、各種調整などを行いました。実災害対応業務としては、車両や機材の手配、避難所や自治体との連絡、医療ニーズの把握など多岐にわたります。山家 必要な情報は院内災害対策本部に入り、医師が行くべきか、ロジスティクスのお手伝いだけで良いかなど、迅速に対応できます。熊本地震後には、日本で4台目となるDMATカーを導入。東日本大震災対応を経験した馬渡の意見を取り入れています。 災害医療は、いわば大きな救急医療です。災害医療に関わっている方々は自分たちの地域を守るという意識が強く、何かあれば「お互いさま」の精神で駆け付けます。当院が災害医療に関わることで、地域の方から「私の故郷に来てくれてありがとう」と感謝されることもありました。同時に、地域の防災意識も高まっていると感じます。 ─今後は。 山家 災害拠点病院として、優秀なロジスティクスを養成したいと考えています。災害医療現場は過酷です。ロジスティクスの拠点病院を目指したいですね。馬渡 これから活躍できる人たちを、院内はもちろん、外部にも増やしたいですね。実働できるDMATを増やすために、各地の病院や企業、自治体と顔の見える関係をつくって、お互いに協力したいと思います。山家 北九州市立八幡病院の伊藤重彦院長は、病院に所属する救急救命士が病院所有の救急車に乗り、患者搬送などに関わる研究を厚労省としています。当院の医師も関わっており、全国の先駆けとなるモデルケースとすべく、院内教育をしています。この研究がうまくいけば、病院救命士が消防所属の救命士と並んで力を発揮できるようになります。病院救命士のあり方が変われば、災害医療に関わる人数も大きく変わる。私はその手伝いをできればと思っています。 すべては被災者のために、すべては患者さんのために。 社会医療法人陽明会 小波瀬病院福岡県京都郡苅田町新津1598☎0930─24─5211(代表)http://www.youmeikai.jp/

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地域の役割分担を明確に働き方改革にも着手

社会医療法人喜悦会 那珂川病院吉村 寛志 院長(よしむら・ひろし)1987年島根医科大学医学部(現:島根大学医学部)卒業。米南カリフォルニア大学留学、大腸肛門病センター高野病院、島根大学医学部附属病院、那珂川病院副院長などを経て、2019年から現職。  喜悦会グループの中核を担い、60年の歴史を刻む那珂川病院。162床の中規模病院ながら診療科目は多く、救急から訪問診療まで守備範囲は広い。吉村寛志院長は、社会構造の変化と厳しい医療情勢に対応しながら「地域密着型の病院であり続けたい」と語る。 ―病院の特色と展望は。  患者さんのあらゆる局面に対応できる病床機能があるのが大きな特徴です。162床の内訳は「7対1」の急性期が67床、地域包括ケア25床、回復期リハビリテーション46床、緩和ケア24床。外来は救急、透析、健診センターと間口が広く、病床機能と各種の診療機能を複合して地域の期待に応えていると自負しています。 福岡市南区の南端という立地条件で、創立60周年を迎えられたのは、病診・介護施設との連携があるからです。南区には公的病院、高度急性期病院、クリニックが多く、ネットワークを構築し、役割分担がきちんと機能しています。 当院の役割の一つは1次、2次救急です。年間1200件の救急車搬送があり、少しずつ増加しています。 救急医療を担う病院に共通する課題ですが、常勤医だけで当直体制を組むのが厳しい状況です。大学などの先生に当直に入っていただいていますが、マンパワーの確保は悩ましい問題です。しかし、救急医療をやめるわけにはいきません。1次、2次救急の役割を担い、今のペースを維持していくことが、地域のためになると考えています。 通常の診療においても、産婦人科と小児科以外にはある程度対応できています。新患外来数は毎月600人程度で推移しています。住民の多様なニーズに応えられるよう急性期から回復期・緩和ケアまで整えていますが、次の診療報酬改定ではこの体制を維持できるか難しいところです。診療領域が幅広い、臨床経験豊かな医師が多いので、そのパワーを生かして現体制を維持し、病院全体で地域における総合診療医的役割を果たしたいと考えています。 ―いち早く働き方改革を進めています。  働きやすい環境づくりとキャリアアップに力を入れ、ワークライフバランスを推進しています。全職員390人の8割が女性なので、出産・子育てを理由とした離職を防ぐため、2008年に院内保育園を開設しました。子育てしながらキャリアアップが目指せる環境を整えたことで、看護師の定着率が上がりました。 介護休暇も取得できます。給料日は「ノー残業デー」にするなど知恵を絞って定時退社を実行。看護師180人全員の1カ月の平均残業時間は120分です。 福利厚生の一つで、職員用にプロ野球とJリーグを観戦できる年間シートを確保。夏祭りやビアパーティー、忘年会、さらにヨガや美文字教室などサークル活動も盛んです。 医療の現場は、精神的に疲弊しがちです。定期的なストレスチェックや臨床心理士による面談などメンタルヘルスのフォロー体制も充実しています。職員が楽しく生き生き働いていることは、地域や患者さんの信頼を得ることにもなります。 ―新病院を建設中です。  福岡市の隣の那珂川市に、99床の病院を新築中です。2021年春の開院を目指しています。筑紫野市にある系列の「ちくし那珂川病院」(111床)の病床を移転する形です。グループの核である那珂川病院の患者さんの4割は那珂川市と春日市から来られています。那珂川市では病床数が不足しているため、新病院をつくることで地域に貢献できると考えています。 那珂川病院周辺には、喜悦会グループの住宅型有料老人ホーム「オレンジハウス清和」や「デイサービス清和」を展開しています。時代の変化に対応したグループ内の連携強化が、今後は必要になってくるでしょう。 社会医療法人喜悦会 那珂川病院福岡市南区向新町2―17―17☎092―565―3531(代表)http://www.nakagawa-hp.com/

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医療の質を維持し、健全な病院経営を目指す

佐賀大学医学部附属病院山下 秀一 病院長(やました・しゅういち)1984年宮崎医科大学(現:宮崎大学)医学部卒業。久留米大学高度救命救急センターICU、堀川町山下内科呼吸器科医院、佐賀大学医学部附属病院総合診療部長などを経て、2016年から現職。同病院総合診療部教授兼任。  佐賀県の高度急性期医療を担う佐賀大学医学部附属病院。2011年にスタートした病院の再整備も順調だ。新専門医制度や働き方改革など医療を取り巻く環境が変化しつつある今、健全な病院経営に向けた取り組みや展望を山下秀一病院長に聞いた。 ─経営の現状は。  世界レベルの優れた医療設備と機器をそろえようと、2011年から病院の再整備を進めてきました。高度救命救急センターや増設した手術室は、すでに完成し、工事費の著しい高騰でストップしていた外来棟の再整備も再開しました。2020年の10月には第1期分の増築工事が完成予定です。再整備の効果は表れてきており、年間の手術件数は7000件に達する勢いです。 私は開業医の経験があり、病院長就任当初から数字の見方はある程度わかっていました。しかし、大学病院の経営は非常に複雑です。積み立ても目的のあるものしかできないため、一般病院のように赤字が出たからといって内部留保からカバーすることはできません。 具体的な数値目標を掲げる方が成果を出しやすいと考え、現在は、各診療科から目標数値を提示。それを基に病院全体の目標数値を決めるようにしています。売り上げだけでなく、手術数やカテーテルアブレーション治療の件数など、各科の得意分野も目標数値に設定しています。 毎月、その達成状況をチェックし、達成できていない科は診療科長や医局長などを集めて、原因と対策を考えます。患者さんを紹介いただく数が減少している医療機関には、診療科長と一緒に私があいさつに伺うこともあります。 ─現状の課題は。  新専門医制度が始まって3年目になりますが、当院もシーリング(専攻医の募集定員の制限)がかかり、希望通りに医師を採用できていません。 現在、大学で訓練した医師を地域の病院に出していますが、現状の医師不足に加えて本格的に働き方改革が始まれば、その医師たちを引き上げなければならなくなり、地域医療が崩壊するのではないかと危惧しています。今は、閉塞感でいっぱいです。 言うまでもなく、医師の労働環境の改善は重要です。当院も、特定看護師をつくる準備をしたり、医師事務作業補助者の数を増やしたり、ワークシフトやワークシェアによって、純粋に医師が能力を発揮できる環境を整えようとしています。しかし働き方改革は、もっと一つひとつのことをきちんと考えて実施すべきです。今のスピード感で進めるものではないと思います。 難しいかじ取りになりますが、高度急性期医療を必要とする患者さんをしっかり診療できる体制を整えるべきだと考えています。 ─今後の展望は。  職員が頑張ってくれたおかげで再整備の採算のめどが立ちました。今後は、再整備のためにずっと抑えてきた、高度医療機器の調達に向けて計画をシフトしていきます。まずは、悪性腫瘍の高度治療に対応できる高エネルギー放射線治療装置リニアックなどを導入していく予定です。 地域の医療機関との連携においては、2020年4月から、佐賀県診療情報地域連携システム「ピカピカリンク」の開示情報を広げ、カルテやサマリーも閲覧できるようにします。これによって、紹介いただいた病院の医師と当院の医師の連携がスムーズになり、患者さんにも、より安心していただけると思います。 また、当医学部は、新規抗がん剤や細胞製人工血管の開発研究など、ユニークな研究にも取り組んでいます。大学ですからこうした臨床研究や技術開発にも力を入れていきたいですね。 何より、佐賀県の高度急性期医療を担う医療機関としての役割を果たしていけるよう、健全な病院経営に尽力していきたいと思います。 佐賀大学医学部附属病院佐賀市鍋島5─1─1☎0952─31─6511(代表)https://www.hospital.med.saga-u.ac.jp/

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急性期から自宅復帰まで地域に寄り添った医療を

医療法人誠和会 和田病院和田 徹也 理事長・院長(わだ・てつや)1973年鹿児島大学医学部卒業。同附属病院、宮崎医科大学(現:宮崎大学医学部)附属病院などを経て、1987年和田病院院長、1996年から現職。  宮崎県北部の日向市と、門川町、椎葉村など山間部の東臼杵郡を範囲に含む日向入郷医療圏。医療法人誠和会和田病院は、急性期から退院後の支援までを担い、70年余年にわたり、この地の医療を支えてきた。地域の人々に寄り添う医療とはどうあるべきか、和田徹也理事長・院長に聞いた。 ─長年にわたり、この地域の医療を支えています。  脳神経外科を中心に、急性期、回復期、慢性期など複数の機能を持つケアミックス病院です。この日向入郷医療圏は、椎葉村など山間部の過疎地域が多く含まれており、鉄道や高速道路などの交通インフラも発達していません。 そのため、地域の医療を機能別に分担するという地域医療構想の考え方とは相反する事情があります。私たちは「一度入院したら同じ病院で在宅復帰まで診てほしい」という患者さんの願いに応える医療を展開してきました。 高齢者、脳神経外科に関する疾患については、24時間365日、救急患者を受け入れています。特に、高齢者に多い脳卒中については、2019年9月に日本脳卒中学会から「一次脳卒中センター」の認定を受けました。ここでは専門の医師が常駐し、患者搬入後、可及的速やかに診療(rt─PA静注療法を含む)を開始できるなど、専門性の高い治療に取り組んでいます。 また、消化管出血に対する内視鏡治療や緊急透析などにも対応。「地域の救急病院」として機能できるよう努めています。 父である初代理事長が戦後、地域に医師が少ない時代に、患者さんを助けたいと24時間対応での医療を始めたことが原点になっている病院です。自宅が一緒になっていたので、急患が来ると、患者さんの父を呼ぶ声が聞こえてきて、夜中によく起こされたものです。地域の人々によって育てられた病院であると実感しています。 ─入院から自宅復帰まで支援されています。  リハビリに関しては、施設全体で理学療法士28人、作業療法士14人、言語療法士6人が在籍。急性期での治療が終わった患者さんに対して、回復期リハビリ、退院後の訪問リハビリまで一貫した支援体制を整えています。また、リハビリスタッフが各地に出向き、介護予防教室なども開催しています。 退院後の患者さんのサポートとして、介護老人保健施設や居宅介護支援事業所も運営。退院後の生活については、地域連携室で、患者さんやご家族の悩み、不安に耳を傾け、地域の医療機関とも連携を取りながら、できる限りの支援を続けています。 さらに、より病院について理解していただこうと、中高生対象の職場体験・インターンシップの受け入れ、ふれあい看護体験などにも参加しています。  地域医療を支える医療機関として、日本医療機能評価機構からも認定をいただいます。この水準を、今後もしっかりと維持していきたいと思います。 ─今後の展望は。  地域に寄り添った医療を維持するためには、職員自身が意欲を持って取り組む必要があると考え、2020年から幹部研修会を設置しました。 人口減少やますます厳しくなる医療制度の中、地域で「選ばれる病院」、「輝く組織」とはどういうものか。医療の質や安全性、利用しやすさなど、多角的な視点から意見を交わしています。 研修会のテーマの一つがが、医療・福祉従事者の人材確保です。人員不足を補うために、ICTなどの導入、海外人材の採用などを前向きに考えています。地域における将来的な人口構造も予測しながら、地域の患者さんたちに寄り添った医療とは何か、将来的なビジョンをしっかりと示していかなければと思います。 医療法人誠和会 和田病院宮崎県日向市向江町1―196―1☎0982─52─0011(代表)https://wada-hosp.or.jp/

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