九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

地域住民の最後の砦として先進・高度な医療を推進

山梨大学医学部附属病院 武田 正之 病院長(たけだ・まさゆき)1981年新潟大学医学部卒業。米ニューヨーク大学メディカルセンター留学、山梨大学医学部泌尿器科学講座教授、医学部長などを経て、2017年から現職。同大学理事(医療担当)、副学長を兼任。  現在、新病棟の建設、外来診療棟・中央診療棟などの建物改修を行う再整備事業が進行している山梨大学医学部附属病院。施設の老朽化などで低下した病院機能の充実を図り、より一層の地域医療への貢献、山梨県全体の医療レベルの向上を目指している。武田正之病院長が目指す未来像は。 ―病院の特徴、地域における役割は。   山梨県唯一の特定機能病院として、高度医療の提供と新しい医療の開発を推進し、地域住民の最後の砦(とりで)となる医療機関を目指しています。患者さんは、山梨県内はもとより、近隣の長野県や静岡県から県境を越えて来院されます。 高度医療に関しては、循環器系疾患、がん領域を中心に、低侵襲的な最新技術を導入。2017年には、開胸外科手術を要しない低侵襲の「経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)」をハイブリッド手術室で実施しました。外科的な置換術のリスクがある高齢者などに有用で、 TAVI の症例数は着実に増えています。 ロボット支援内視鏡下手術(ダビンチ手術)は、2013年に県内で1例目となる前立腺がん根治術を実施して以来、腎細胞がんなど、私の専門である泌尿器科の手術だけで2018年末までに300例を超えています。現在、膀胱がんや肺がん、胃がん、直腸がん、子宮がんの手術などに使用していますが、来年以降はさらに拡大が予想されます。 ロボット手術は、患者さんにとって低侵襲、QOLの向上などのメリットがありますが、若手医師の育成にも有用です。手術時間が短く、症例数の多い前立腺がんでは、視野が広く、操作性が良いので、若手医師の技術習得に適しています。 放射線治療センターに、高精度な強度変調放射線治療が可能なトモセラピー、高精度な定位照射が可能なCT一体型リニアック、さらに画像誘導小線源治療システムなどの最先端放射線治療装置が導入されています。ちなみに、当院の関連施設にはサイバーナイフ治療装置と陽子線治療装置を導入。高度ながん治療が可能になっています。 ―新病棟の新設・改修が進められています。  すでに開院している新病棟Ⅰ期棟には、先述したハイブリッド手術室やロボット手術などの手術室があります。可動式3テスラMRI設置手術室や、手術室内撮影装置のO―armも導入しており、高度な脳腫瘍手術や脊椎外科手術が可能となりました。 現在着工している新病棟Ⅱ期棟では、入退院支援の機能充実を計画しています。他県の特定機能病院では、入院から周術期、退院までの管理、転院先の相談などを一括して行う「患者総合サポートセンター」を設置し、患者サービス、スタッフの業務軽減、経営改善に役立てています。  当院もその取り組みを参考にして、新病棟Ⅱ期棟に「患者総合サポートセンター(仮称)」を設置する予定です。 退院するに当たり、地理的、また家庭の事情などから、転院先が決まらない患者さんがいます。新しい「患者総合サポートセンター」では、入院時に転院先も含めてフォローするなど、スムーズな地域連携を目指したいと考えています。 ―将来の展望について。  近年の外国人による富士山ブームに伴い、山梨県への観光客が急増しています。また、東京~名古屋間を走るリニア中央新幹線が完成すれば、より多くの外国人が来県するでしょう。 外国人観光客の受け入れについては、すでに当院でも検討を続けています。外国人居住者も含めた対応や、翻訳者の確保や標示の設置、さらには大学同士の交流なども含めた「国際医療部門」を将来的につくっていく必要があると考えています。国際レベルの医療技術への研鑽(さん)と、環境整備を目指していきます。 山梨大学医学部附属病院山梨県中央市下河東1110☎055―273―1111(代表)http://www.hosp.yamanashi.ac.jp/

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地域や多職種連携による小児在宅医療の実現へ

産業医科大学医学部 小児科学 楠原 浩一 教授 (くすはら・こういち)1983年九州大学医学部卒業。 福岡市立こども病院・感染症センター、米バンダービルト大学医学部、 九州大学大学院医学研究院成長発達医学分野(小児科)准教授などを経て、2009年から現職。 産業医科大学医学部 小児科学  荒木 俊介 NICU室長(あらき・しゅんすけ)2001年産業医科大学医学部卒業、2008年同大学院卒業。 産業医科大学病院小児科、同総合周産期母子医療センター、 埼玉医科大学総合医療センター・総合周産期母子医療センターなどを経て、2016年から現職。  開講以来、高度医療を提供し、地域に貢献してきた産業医科大学小児科。総合周産期母子医療センターを有し、新生児医療の最先端を担う存在でもある。患者と家族の未来を見据えた、小児医療のあるべき姿とは。 ―産業医科大学小児科の特徴、地域での役割とは。 楠原 浩一 教授 楠原浩一教授(以下:教授) 得意分野は、感染症・免疫、血液・腫瘍、血友病、新生児、内分泌、そして神経です。血液疾患の中で血友病については、九州における診療の拠点になっています。  特徴は三つ挙げられます。一つ目は、大学の在籍者が約20人と小児科教室としては比較的小規模であるため、それぞれの教員が最も得意とする専門分野に加え、もう一つ専門分野を持つことで、幅広い診療を行っていることです。荒木俊介NICU室長(以下:室長) 私は、内分泌と新生児が専門。現在は、新生児部門のチーフを担当しています。教授 荒木先生も、もともとは内分泌が第一専門分野でしたが、今は新生児をお願いしています。小児病床に占める新生児部門の割合が約45%と他の大学病院に比べて高いため、全身管理に長けた医師が多い。これが二つ目の特徴です。三つ目は、小規模ゆえに心理的な距離が近く、教室の一体感が強いということです。室長 現状として、地域の小児科では、産業医科大学病院が、最後の砦(とりで)だと思っています。教授 3次医療機関としての役割をしっかり果たしていくことが大切です。血液・腫瘍、感染症・免疫、リウマチ・膠原病(こうげんびょう)などは、北九州市内に専門家が少なく、北九州一円から患者さんが紹介されてきます。紹介を受けるだけでなく、医師同士のコンサルテーションも今後は重要になってくるでしょう。 ―現在、教室全体で力を入れている取り組みについて。 荒木 俊介 NICU室長 教授 在宅医療に力を入れています。室長 まずは環境を整えるために、ソーシャルワーカーや訪問看護師、地域の医療機関などの多職種連携が重要だと感じています。当院のみで30人以上、医療圏としては200人近くの医療的ケアを必要とする子どもたちがいます。小児科以外の地域の医師にも協力いただき、感冒や予防接種などの1次ケアを担ってもらえないかと考え、昨年から「小児医療講習会、講演会」も開催しています。教授 早産や低出生体重、新生児仮死による脳障害などにより長期入院をせざるをえない小児の患者さんは少なくありません。そのような患者さんであっても、なるべく自宅で家族と一緒に過ごせるようになってほしい。第一は患者さんのためですが、病院としても、在宅医療に切り替えることで、より高度な治療を必要とする急性期の患者さんを受け入れられる体制がとれると考えています。 室長 自宅で世話をする家族への支援も重視し、NICUを退院した子どもの保護者が定期的に集まる会、家族がケアを休めるレスパイトケアなども行っています。赤ちゃんがNICUに入院している時から家族が育児に関わる「ファミリーセンタードケア」も実施しています。 子どもが生まれただけで家族になれるわけではない。ケアして初めて家族になれると思っていますので、医療の面だけを考えて入院を長引かせるのではなく、サポートしながらご自宅でご家族の時間をつくっていきたいと思っています。教授 4年後、新病棟に総合周産期母子医療センターが移転する際、入院中の患者さんの家族が退院前に長時間自宅のように過ごせる「ファミリールーム」を設置。これは荒木先生の発案。今から楽しみですね。 ―今後の目標は。 教授 小児科の責任者としては、診療・教育に加えて研究を充実させ、働き方改革にも対応するため、教室員を増やすことが一番の目標です。小児科は、専門性を持ちながらさまざまな疾患の診療ができます。その魅力を若い人たちに伝えていければと思います。室長 患者本人のみならず、社会的、経済的に困難なご家族のフォロー、終末期患者の保護者への支援、介護を行う保護者の就労問題などにも関わっていきたいと思っています。北九州市では、医療や福祉、行政が一緒になった協議会をつくる動きがあります。できれば家族もメンバーに加えて、実現できればいいですね。 産業医科大学…

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何事も楽しむ姿勢で病院運営の課題に着手

x病院長(しばた・ようぞう)1981年福岡大学医学部卒業、整形外科教室入局。1987年同大学院修了。福岡大学筑紫病院整形外科教授、副病院長などを経て、2019年から現職。  整形外科領域の中の肩関節外科で、研究と臨床を続ける柴田陽三病院長。研究論文は国際的にも高い評価を受けている。病院長となっても週2日の手術を担当し、大学病院運営、医師の働き方改革の実践などと合わせ多忙な毎日を送っている。 改革の糸口は、困難を好きになること  医師の働き方改革、診療体制や財務の改善―。病院運営の難題と直面しているという柴田陽三病院長。医師、看護師をはじめ医療機器の手入れをするスタッフにも目を配り、声に耳を傾けている。病院長室の椅子を温める時間はない。 座右の銘を尋ねると、論語の一説「これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」を挙げた。 「何事も楽しんでやる者には誰も勝てないということですね。困難なことを好きになって楽しんでやってきました」 小学生で医師の姿に憧れて  福岡県久留米市生まれ。県立明善高校から現役で福岡大学医学部に進んだ。 高校の同級生のうち、久留米大学医学部神経精神医学講座の内村直尚教授、福岡歯科大学の橋本修一病態構造学教授をはじめ、10人ほどが医師や歯科医になった。家族や親戚に、医師がいたわけではない。小学生の時、入院中の祖父を見舞った経験から、働く医師の姿を見て憧れを抱いたのがきっかけだった。 入局した整形外科教室の初代教授は、日本肩関節学会設立者の一人、高岸直人教授。自然な流れで肩関節外科を学ぶことになった。30歳のころ、研究論文を国際肩関節学会で発表する機会を得て、その論文で医学博士号を授与された。 大学院を終えてヨコクラ病院(みやま市)で2年間勤務。当時、隣接する大牟田市の公的病院には救急体制がなく、外傷急患はほとんどヨコクラ病院に運ばれていた。 三井三池炭鉱があり、炭じんまみれの重傷者が搬送されることも多かった。交通事故も多く、真夜中に呼び出されることも頻繁にあった。病院裏の宿舎から病院に走って駆け付ける日々だったという。 「仮眠は診療室の椅子にかけたまま。若かったこともあり、疲労を感じるよりも仕事にやりがいを感じていました」 肩関節外科で国際的評価  福岡大学医学部に戻ってからは、まず、1年がかりで整形外科全般と肩関節外科の論文集を2冊にまとめ上げた。 2代目教授時代には、肩関節外科分野の筆頭に。さらに日本肩関節学会事務局が福岡大学医学部にあったことで、事務局長として約18年間、毎年度の学会運営や発表論文のまとめなどで多忙を極めた。 2代目教授からは、「自分が決めた分野で一流を目指しなさい」と、英語による論文発表など6項目の資格基準を課された。年に数回の個人面談もあった。 「おかげで世界に目を向けることができました」。狭き門で知られるアメリカ整形外科学会で論文が採用されるなど、国際的にも高い評価を得て、数々の賞も受けた。 過重労働対策に早々に着手  医師の働き方改革は、目前の重要課題だ。柴田病院長は、まず医師の過重労働改善に着手した。早速7月から土曜休診と、7室の手術室の効率運用、1人主治医制を廃止して、複数医師が多くの患者を担当する制度を実施している。 「高度医療を提供するのが大学病院の責務です。重症の患者さんが不利益を受けないために、症状に応じて地域の開業医の先生方にお任せする病診連携を、さらに進めていくべきと考えています」 福岡大学筑紫病院福岡県筑紫野市俗明院1-1-1 ☎092-921-1011(代表)http://www.chikushi.fukuoka-u.ac.jp/

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〝地域〟と〝最先端〟を両輪に新たな看護師像を描く

四天王寺大学 岩尾 洋 学長(いわお・ひろし)1974年大阪市立大学医学部卒業。同大医学部教授、同大特命副学長などを経て、2016年から現職。四天王寺大学教授兼任。  聖徳太子によって創建された日本最古の学問所「四天王寺敬田院」を起源とし、十七条憲法の第一条「和を以て貴しとなす」から始まる学園訓を有する四天王寺大学。人文社会学部、教育学部、経営学部、短期大学部に加えこの4月、看護学部を新たに開設。岩尾洋学長と山本あい子看護学部長に話を聞いた。 ―看護学部の特徴を。 岩尾洋学長(以下、学長)設置認可が下りたのは昨年の8月。本格的な学生募集活動はそれ以降しかできなかったにもかかわらず推薦・一般入試に多くの受験生が集まってくれ、大阪府内に60を超える看護師養成校がある中で、定員を上回る84人が入学しました。 看護学部では、看護師の国家試験受験資格が取得できるほか、保健師、助産師の国家試験受験資格、養護教諭一種の免許取得も可能です。活躍の場は、病院などの医療機関だけでなく、行政機関、学校、企業などにも広がっています。 看護学部をつくるにあたって、学生が主体的に、挑戦できる環境を整えました。その一つが、「シミュレーションセンター」です。トライ&エラーを繰り返しながら、専門性を身に付け、羽ばたいてほしいと願っています。 山本あい子看護学部長 山本あい子看護学部長(以下、学部長) 看護学部は「地域医療」と「最先端の医療」を教育の柱に据えています。それはなぜか。もはや、地域医療だけ、最先端医療だけといった偏った知識・技術では、患者さんやご家族に必要な看護が提供できないと考えるからです。 例えば、病気を患った後、自宅で過ごし、最期を迎えたいと願う高齢者の方がいます。国も在宅移行を推進しています。「地域で患者さんをみる」のが、当たり前の時代になってきているのです。 医療の進歩も目覚ましいものがあります。病院で患者さんがどのような手術を受け、どのような薬を使ってきたのか。それを理解した上で、地域に戻った患者さんを看る看護師が必要です。同時に、退院後、地域でどのように過ごすかを理解した上で高度急性期医療の現場で患者さんを看る看護師が求められています。 医師の働き方改革についての議論も進む中で、看護師に求められる知識や技術は、これからますます高度に、幅広くなっていきます。これからの時代で活躍できる看護師を養成していくことが、私たちの責務だと思っています。 ―「シミュレーションセンター」の概要を。 学長 センター内には、高機能な患者シミュレーターを複数設置。急性期から終末期までに起こるさまざまな症状を再現できるこの患者シミュレーターを使って、学生は臨床現場さながらのスキルを数多く身に付けていきます。 シミュレーション時の様子は、録画したり、別教室のモニターに写し出したりすることもでき、振り返り学習にも活用が可能です。学部長 私たちは、近畿エリアを中心に、70カ所を超える実習施設と連携しています。高度医療を担う大学病院も、在宅医療を支える訪問看護ステーションも、実習先です。 学生たちに提示したいのは、「看護師の勤務先は病院だけではない」ということ。今は、多様な選択肢があり、さまざまなキャリアプランを描くことができます。われわれ大学側が、卒業後、就職後も学生たちをバックアップしていくことも必要になるでしょう。学長 1期生が巣立つのは、2023年3月。これから未来に向かって、数多くのことを学んでいきます。日々変化する医療の世界に柔軟に対応し、新しい看護師像をつくっていく―。そんな人材を育んでいけたらと思っています。 四天王寺大学看護学部大阪府羽曳野市学園前3―2―1☎072―956―3181(代表)http://www.shitennoji.ac.jp/ibu/guide/department/nursing/

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優しく、丁寧な医療が信頼を高めてくれる

独立行政法人 労働者健康安全機構 山陰労災病院 豐島 良太 院長(てしま・りょうた)1973年鳥取大学医学部卒業、1978年同医学部大学院医学研究科博士課程修了。同大学医学部教授、同大学医学部附属病院長、同大学長などを経て、2019年から現職。  今年の4月、鳥取大学長を6年務めた豐島良太氏が山陰労災病院の院長に就任した。鳥取大学医学部教授、附属病院長を歴任。これまでの医師としての歩みや、病院の全面リニューアル計画への思いを聞いた。 医療を通して地域に貢献したい  「山陰労災病院の開院は、1963年のこと。当時、ここは1万坪に及ぶ桑畑で、この土地を寄付してくれたのが米子市でした。開院から56年が経過しましたが、米子市への感謝を忘れず、良質な医療を通して、地域の皆さまに還元したいと思っています」  当初は主に勤労者の健康と福祉を支える病院であったが、今では、地域に広く開かれている。  「鳥取県西部、中海圏域にあって、一番大きな病院は鳥取大学医学部附属病院です。当院はそこに次ぐ総合病院として、地域医療を補完する役割があります。また、救急医療、特に2次救急では大きな役割を果たさなければならないと考えています」  そのために、手を入れなければならないことがある。再開発は長年、喫緊の課題として存在した。 「もはや手狭になったことと動線が複雑になったことで、高度医療に対応するための拡張が難しくなってきました。時代に合ったものに作り直そうということで、6月から工事が始まりました。メインは2年後に完成し、全面オープンは6年後を予定しています」 どの現場でも共通する人材育成への思い  島根県に生まれ、教育熱心な母親の「家族に一人は医者を」という思いのもと、医療の道を志した。 「中学から医者になる道を進んできました。松江でしたから、なるべく近い鳥取へ。母は、私を医療の道に、弟には家業を継がせ、姉は開業医に嫁がせました」 以後、鳥大一筋でキャリアを重ねてきた。教授時代には、山陰の救急医療の底上げにも努めた。 「就任時は、整形外科のそれぞれの専門分野のトップクラスの人材をそろえることが目標でした」 その願いが実り、優秀な入局者たちが集まり、救急部門を支え続けてきた。「骨や関節に限らず、全身を診ることができる医師が育ち、急性期の心筋梗塞の診断など、一定の初期対応が可能になりました。各赴任先で、幅広い診療能力を発揮し、地域の診療レベルの向上に貢献してくれた。ここまでの効果は予想していませんでしたね」 その後、病院長、学長を歴任。学長時代には「持続性社会の創生」を命題に掲げ、大規模な改組にも踏み切った。 「学生たちに、鳥取および鳥取大学に誇りを持ってもらうこと。そうすれば、鳥取県を何とかしようという気概も生まれます。やはり人材の育成が、すべてにおいて大切です」 愚直にコツコツ 努力をすること  新たな職場である山陰労災病院でも、人材育成の夢を描いている。 「優秀な医療スタッフを育てたい。医療の高度化と同時に、医師や看護のスタッフもレベルアップしなければなりません。山陰のみならず、日本をけん引できるようなスタッフが育つことを望んでいます」  スタッフに日々伝えていることがある。優しく、丁寧であることの重要性だ。 「例えば説明がおろそかになることで、患者さんの理解を得るまでに長い時間を要することがある。たとえ時間がかかっても、丁寧な診療を心がけることが、やはり早道なのです」 豐島院長の好きな言葉は「実直、愚直」だ。 「コツコツと愚直に、横着せず、努力を重ねる。日々の診療は、そのことを念頭に置いておけば、必ず信頼を得られるはずです。そう私は信じています」 独立行政法人 労働者健康安全機構 山陰労災病院鳥取県米子市皆生新田1-8-1 ☎0859-33-8181(代表)https://www.saninh.johas.go.jp/

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災害に備えた施設で最善の医療を提供する

独立行政法人国立病院機構 仙台医療センター 仙台市宮城野区宮城野2―11―12 ☎022―293―1111(代表) https://nsmc.hosp.go.jp/  全国に141の病院がある独立行政法人国立病院機構は宮城県内に三つの病院を擁する。そのうちの一つ、仙台医療センターは、県が宮城野原運動公園一帯で整備を進めている広域災害拠点の基幹施設として5月1日に移転開院した。 ◎災害に強い病院として5月、診療をスタート  新病院は地上11階建てで延べ床面積は6万2661平方㍍。病床数は660床で、1日の外来患者数は約900人を見込んでいる。  新病院の主なコンセプトは五つ。「救急医療体制の強化」と「地域への貢献」、「患者さんにやさしく働きやすい病院」、「高度医療に対応した最新のシステムの導入」、「災害に強い病院」だ。 建て替えの話が持ち上がったのは10年ほど前だ。建物の老朽化などが問題で、当初は高層の建物を建築しようという構想が進んでいた。 そんな矢先、2011年3月11日、東日本大震災が起こった。 地震当日、仙台医療センターがある宮城野区は震度6強の揺れが観測され、同センターも被災。飲料水や診療用水が確保できず機能不全に陥った。 原因の一つは旧病院の屋上に設置されていた貯水タンクの破損だ。揺れのためにタンク内の水が大きく波打ち、それが大きなエネルギーとなってタンクを破壊。水を貯めておくことができなくなった。  「入院されていた患者さんの半数の方に退院や転院をお願いしたことが一番つらかった」と橋本省院長は振り返る。 ◎東日本大震災から得た教訓を生かして  2013年、村井嘉浩宮城県知事は宮城野原運動公園一帯で「広域防災拠点構想」を打ち出した。その基幹施設となったのが県内唯一の基幹災害拠点病院である仙台医療センターだ。旧病院が整備区域に隣接していたことも基幹施設に選ばれた理由の一つだ。 「当院は県内の司令塔にならなければいけない病院。万が一のときでも病院機能を継続できるように考えた」という橋本院長。 左:地下8㍍まで掘削して設置した免震装置 右:橋本省院長  災害への備えが急がれていたことから、まず2016年8月、敷地内の駐車場の一部にヘリポートを新設。念願だったドクターヘリの運航を開始。現在は新病院の屋上に設置したヘリポートを中心に運用しているが、有事の際には2カ所の活用が可能だ。 新病院には免震構造を施した。揺れを緩和する24本のダンパーを設置するため地下8㍍まで掘削した。また、大型地震の際の建物への影響を防ぐためのエキスパンションという最新の免震システムを取り入れたと言う。  1階正面玄関に設置された大型のひさしはひときわ目を引く。災害時にはエントランスはトリアージスペースとなる。「トリアージの最中に患者さんがこのエリアで風雨にさらされたり、暑さや寒さを感じたりしないように配慮したかった」と橋本院長。  震災で痛感したのは「重油や食料などの備蓄の重要性」(橋本院長)だ。特に職員の食料が不足したのだ。厚労省もこのほど災害拠点病院の指定要件に新たな方針として備蓄強化を打ち出した。 ◎最善の医療を届けるためにできること  従来から手術支援ロボットやリニアックを導入するなど最新の医療に取り組んできた同院。 新病院ではそれを支える職員の環境づくりにも力を入れた。保育園を敷地内に設けたのもその一環だ。女性専用の当直室などがある女性エリアも新たに設置。出産や子育てによる退職をできるだけなくしたいと考えているという。 職場環境の充実は、最善の医療を提供するために不可欠だと語る橋本院長。「離職者が出ないようにする取り組み、働きやすい環境の整備が、男女問わず働きやすい職場づくりにつながる」と話している。

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医療の質と経営の質、その両立を目指して

坂出市立病院 岡田 節雄 病院事業管理者・病院長(おかだ・せつお)1985年三重大学医学部卒業。香川医科大学(現:香川大学医学部)第一外科入局。坂出市立病院診療部長、同病院長などを経て、2019年4月から現職。  瀬戸内海を臨む坂出市に位置する坂出市立病院は、急性期医療を中心に、島しょ部やへき地への巡回診療にも力を注ぐ。2019年4月、地方公営企業法一部適用から全部適用になったことを受けて、坂出市病院事業管理者も兼務することになった岡田節雄病院長を訪ねた。 ―地方公営企業法全部適用へと移行した狙いは。  当院が地方公営企業法の全部適用にした理由は、人材採用にあります。一部適用だと、採用試験は市役所の職員と同様、前年度に行い、翌年4月に入職という形でした。 年度途中で欠員が出たらパート採用で補い、正規職員としての採用は次年度の採用時期まで待つのが、市のルールです。例えば採用試験が終わった後に退職者が出ると、次年度の採用試験の時期まで正規の職員を補充することができません。ただ、病院職員の場合、パート勤務などの条件では、なかなか応募してもらえないのです。結果、欠員状態で、患者さんに迷惑をかけることになります。 今回、全部適用になったことによって、事業管理者が決定すれば迅速に職員が採用できるようになり、患者さんに対して医療の質を継続的に担保できるようになりました。また、必要に応じてスピーディーに新たな部署を設置したり、人員配置を変えたりすることも可能になります。 ―一般的に、全部適用のメリットとして、病院の経営改善があると言われています。  全部適用にして経営責任を明確化することで経営状態が改善すると言われていますが、公立病院の60%以上が赤字経営で、その多くは全部適用ですので、全部適用が公立病院の経営の改善に寄与する確証はないように思います。 当院は、1991年に経営不振を理由に廃院勧告を受け、そこから病院全体で改革に取り組み黒字化に成功した経験がありますが、その間、ずっと一部適用のままでした。今回の変更は黒字化した上での変更です。 ただ、必要な人材を確保できているかどうかによって、診療報酬に影響が出ます。そういった意味では、全部適用が公立病院の安定経営に関わると言えると思います。 ―貴院が大切にしている指針と今後の方向性は。  公立病院は、良質な医療と安定経営の両方を求められます。経営だけを考えるのではなくどこに住んでいても必要な医療が受けられるよう、へき地医療や高度医療などへのニーズにも貢献すべきです。  人口の少ない地域には公立病院が多く分布しています。人口が多ければ複数の病院が役割分担し、機能を強化して医療を担うことができますが、人口の少ない地域ではそれが難しい。そこで公立病院の出番となるわけです。  当院は、急性期医療や高度医療を中心に行うことを目的に2014年に当地に新築移転しました。島しょ部やへき地への医師・看護師の派遣や訪問診療、投資が必要な医療など、個人の医療機関では経営が成り立ちにくい分野を担っています。 すべての診療科がそろっているわけではありませんが、坂出市内に住む方の医療を市内で完結することを目標に、香川大学との連携を強化しつつ医師の確保にも引き続き努めていきます。 現在、透析の患者さんの受け入れ数を増やす計画を進めています。医師を確保し、施設も整備したので、メディカルスタッフがそろい次第、スタートさせる予定です。 また、日本血液学会認定の血液専門医が2人おり悪性リンパ腫や多発性骨髄腫、白血病といった疾患の治療をしています。消化器と呼吸器は外科、内科とも医師がそろい、連携して診療に当たっています。こうした強みも生かしながら、地域を支える中核病院として、今後も発展し、地域医療に貢献していきたいと思っています。 坂出市立病院香川県坂出市寿町3─1─2☎0877-46-5131(代表)https://www.city.sakaide.lg.jp/site/sakaide-hospital/

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健全な経営基盤の確立と働き方改革のバランスを

県立広島病院 平川 勝洋 院長(ひらかわ・かつひろ)1977年広島大学医学部卒業。広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授、広島大学副学長、広島大学病院病院長、広島県病院事業局顧問などを経て、2019年から現職。  広島大学病院長、広島県病院事業局顧問などを歴任し、この4月に就任した平川勝洋院長。自治体病院に求められる役割、また、これからの病院の体制や働く環境の整備について、早くも動き出した「改革のビジョン」を語ってもらった。 ―4月に院長に就任。力を入れているのは。  救急、小児、周産期、精神医療など、高度医療、政策医療に力を入れている病院です。その中でも救急については、昨年の救急車の受け入れが年間6000件。さらにはドクターカーを導入し、要請があればドクターが現場に出動して対応しています。まだ導入して1年たっていないこともあって明確な救命率などのデータは出ていませんが、引き続き救急の充実に努めます。 また、がんゲノム医療連携病院に昨年指定を受けました。もともと緩和ケアを含めて、歴史的にもがん治療には実績がある病院です。がんゲノム医療については、岡山大学が中核拠点病院として組織づくりが進んでいます。6月から保険収載されることで患者は確実に増えてくるのではないかと思います。 ―大きな病院が集中しているこの地域での役割は。  市内には、この県立広島病院、広島大学病院、広島市民病院、広島赤十字・原爆病院などがあります。それぞれ切磋琢磨しつつ、今後の人口減を考えると役割分担が必要だと感じています。 これらについては、広島県健康福祉局が中心となって地域の機能分化の改革を進めています。私たちも、今のままの体制でよいのか考えていかなければならないと思っています。 例えば、当院は外来患者が多いのですが、本当に高度医療を必要とする患者さんを診ていく必要があります。 実は、昨年実施したアンケートの結果によると、この病院を「かかりつけ医」として捉えている患者さんも多いのです。情報を発信し、患者側の意識も変えていかなければならないと実感しています。 さらに、在院日数が非常に短くなったので、この4月に病床数を減らしました。効率的な人員配置という意味でも、どのような効果があるか、プロジェクトチームをつくり試行錯誤しているところです。 今後さらに在院日数が短くなれば、もっとベッドを減らしていく必要があるかもしれません。これまでのように「なるべく早期の退院を進めていく」というだけでは、病床管理に限界がきます。経営者として、きめ細かな分析をしながら実行すべき時代になっていると感じています。 ―就任の挨拶で働き方改革にも言及されました。  健全な安定した経営基盤の確立、そして働き方改革のバランスをとりながら整備していくことが必要です。「県民に愛され信頼される」を理念にしながら、働いている人もハッピーである。その環境整備が私の使命であると思っています。 スタッフの配置については、例えば検査技師や薬剤師にしても本当に適正な人数なのか、見直しているところです。 仕事は増えていますが、本当にやるべきことは何か。事務にしてもICTを導入すれば省略化できて効率性が上がるのかなど、各部署で話し合っています。 この病院では4年ほど前から、各職場でテーマを決めて実践する「改善活動」に取り組んでいます。すでに土台はありますので、もっと発展できればと思っているところです。 医師のことについて言えばもう少し人員が欲しい診療科もありますが、広島大学の協力によって維持しています。当院は県立病院ですので、人材の支援の役割があります。県立安芸津病院(東広島市)、あるいは都市圏から離れている地域への診療のサポートが必要です。経営とのバランスをとりながら、対応していきたいと思います。 県立広島病院広島市南区宇品神田1―5―54☎082―254―1818(代表)http://www.hph.pref.hiroshima.jp/

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