九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

病院をテーマパーク化 社会課題の解決へ

独立行政法人国立病院機構 菊池病院 渡邉 健次郎 院長(わたなべ・けんじろう) 1980年熊本大学医学部卒業、1988年同大学院卒業。県立宮崎病院精神科、国立病院機構熊本医療センター精神科部長、同統括診療部長・地域医療連携室長などを経て、2019年から現職。  熊本市街地から約20キロメートル、合志原台地にある菊池病院。今年4月に就任した渡邉健次郎院長は、この自然豊かな病院の環境を生かして、「病院をテーマパークにする」という、まったく新しい発想を思いついた。新院長が描く、これからの時代に必要な病院とは。 熊本地震を経て新病棟建設へ  かつては結核療養所であった菊池病院が、1977年の精神療養所への転換にともない、のどかな田園風景に囲まれた現在の場所に新築・移転された。それから約40年たった2016年、熊本地震により病棟の一部が被災する。 「入院患者さんは無事でしたが、震災後は残った施設をなんとか利用して乗り切ってきました。被災した病棟が、来年1月にはようやく新病棟として竣工する予定です」と語るのは、4月に就任したばかりの渡邉院長。 これまで「認知症の医療・看護・ケア」「医療観察法医療」「動く重症心身障害児(者)の療養」の三本柱であった菊池病院。渡邉院長はそこにもう一つ、他施設との連携強化を訴える。 「私が以前勤務していた熊本医療センターの精神科から、民間の精神科病院では難しいIVH(中心静脈栄養)管理やリハビリテーションが必要な患者さんを受け入れたい。熊本大学病院とも連携し、熊本県の精神科医療を支えていきたいと思っています」 病院を公園化するテーマパーク構想  さらに渡邉院長は、着任してすぐ、自然豊かな環境を生かした新しい試みを思いつく。それが「菊池病院テーマパーク構想」だ。テーマは「健康」。広大な敷地を一つの公園と見立て、病棟の近くの広場に花公園を整備し、外来棟近くの森林をキャンプ場とグラウンドゴルフ場へ。体育館、音楽会が開ける多目的棟といった既存の施設も活用する。病院の周囲には、遊歩道を整備する計画だ。 「実は計測をすると周囲の距離がぴったり1㌔! これは奇跡だと思いました。森林浴をしながら散歩やランニングができます」 公園化した病院敷地は一般に無料で開放する。患者が地域の人とふれあえる場となり、職員の園芸部、運動部、音楽部などの活動にも活用する。さらには、この構想が「ひきこもり対策」にもつながると語る。 「ひきこもりに悩む本人、家族のための居場所として、活用したい。キャンプ場予定地の横に研修センターがあるので、ここに相談員を常駐させ、無料相談・就労支援・生活支援のアドバイスをする予定です。受診をためらう人たちに来てほしい」 恩師の思いを引き継ぐ  かつて、この病院の精神療養所への転換に尽力した当時の院長・宮川太平氏は、熊本大学の教授であり、渡邉院長が所属していた野球部の部長だった。「野球部部長としても、精神科教授としても尊敬している先生で、大変影響を受けました」  実は、前任の熊本医療センターで定年を迎えようと思っていたところ、恩師である宮川氏から声を掛けられ、院長を引き受けた。 整備後のイメージ図  テーマパーク構想は、まず合志市と無料巡回バス運行の交渉が始まるなど、行政と共に着々と準備を進めている。「ここは、宮川先生がすべてをかけてつくられた病院です。これまでにない発想で、全国の病院に発信できるような病院をつくっていきたいと思います」 独立行政法人国立病院機構 菊池病院熊本県合志市福原208 ☎096―248―2111(代表)https://kikuchi.hosp.go.jp/

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ここで完結できる医療 その思いを推進力に

市立三次中央病院 永澤 昌 病院長(ながさわ・あきら)1983年広島大学医学部卒業。JA尾道総合病院、カナダ・トロント大学耳鼻咽喉科などを経て、1994年市立三次中央病院勤務、2019年から現職。  4月、病院長に就任した永澤昌氏。組織のトップとしてこれからの方向性を示していくとともに、耳鼻咽喉科医長として患者の声に耳を傾けている。地域医療を取り巻くさまざまな課題とどのように向き合っていくのか。これからのイメージを語ってもらった。 地域完結型を目指し医療の質を高めてきた  中耳炎や副鼻腔炎、突発性難聴、頭頸部がん、甲状腺腫瘍─。広島大学、カナダへの留学などを経て、1994年から市立三次中央病院で勤務。同院の耳鼻咽喉科がカバーする疾患の領域を少しずつ広げてきた。 新院長の永澤昌氏は、地域の状況について次のように説明する。 「治療を受けるために遠方の都市部まで通わなければならなかった多くの患者さんたちがいました。この地域の中で、できるだけ医療を完結できる体制をつくりたい。その目標のもと病院が一丸となって推進しているところです」 25年ほど前、市立三次中央病院に勤務する医師数はすべての診療科を合わせておよそ40人だった。現在は倍近くの70人超の体制となり、増員にともなって医療の質も上がった。 2003年に診療技術部長に就任した永澤氏は病院の経営面にも関わるようになった。2008年、副院長に就任。医療安全、改善活動などを推進する立場となり、ガバナンス構築の方法論を学んできた。 新病院の建設計画が2020年に始動予定  近い将来の飛躍に向かって重要なプロジェクトが進行している。新病院の建設計画だ。「2020年をめどに病棟の建て替えに着手する予定です。そこから4~5年の間には完成にこぎ着けたいですね。患者さんのニーズをしっかりと踏まえて、アメニティーなども時代に合ったものに整備したいと思っています」 ハード面を一新することの効果として、例えば電子カルテなどのメリットもさらに引き出すことができると考えている。 患者の期待にもっと応えられる病院へと進化していくことで、ここで働くことに魅力を感じる医師たちも増える。それが地域医療への貢献につながっていく。そんないい循環を生み出すことをイメージしているという。「常に向上心を抱くことが、病院の経営では大事なこと」。そんな思いを計画に込める。 もっと開かれた病院 さらに頼られる存在へ  永澤氏はあらためて強調する。「当院が果たすべき役割は明確です。地域のために、がん医療をはじめとする質の高い医療体制を整えることです」 成し遂げるための準備は着々と進めてきた。最新の医療機器をそろえ、人材の充実も継続して図っている。また、地域がん診療連携拠点病院として緩和ケアの領域にも力を注ぐ。 近年の地域連携の大きな動きは2017年、前病院長の中西敏夫氏が中心となって実現した地域医療連携推進法人「備北メディカルネットワーク」の創設だ。地域医療の関係者が目線を合わせて人材の育成や医師の確保に取り組み、医療者の相互派遣、医療機器の共同購入なども進む。 そして、市民に開かれた病院、頼られる病院としての地盤を固めることも重要なテーマとして掲げる。高校生を対象とした医療セミナーや集団災害訓練などはその一環だ。 また、「平成30年7月豪雨」を通して得た教訓からインフラの整備やBCP(事業継続計画)マニュアルの作成も進めている。「三次市だけでなく、広島県と島根県も見据えた、広域性を考慮したものとして作り上げたい。市民のみなさんが、この病院をより信頼し、親しんでくださる。そんな活動にも積極的に取り組んでいきたいですね」 市立三次中央病院広島県三次市東酒屋町10531 ☎0824―65―0101(代表)https://www.miyoshi-central-hospital.jp/

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進化のための土台は築いた さらに力を蓄えていく

独立行政法人 国立病院機構 岩手病院 千田 圭二 院長(ちだ・けいじ)1981年東北大学医学部卒業。国立療養所岩手病院(現:国立病院機構岩手病院)神経内科医長、広南病院神経内科医長、岩手病院副院長などを経て、2014年から現職。  岩手県と宮城県の県境にある一関市では、地域や職種の壁を越えた連携が不可欠だ。医療提供体制を少しずつ整備し、ベースは築き上げた。「これからも地道に進歩していく」と言う岩手病院・千田圭二院長が見つめる現状と今後は。 ―地域の状況を。  一関市は岩手県の最南部。一部の地域が宮城県の北部に突出する形状で接しており、当院がカバーする医療圏も二つの県にまたがっているのが特徴です。 また、岩手医科大学がある盛岡市、東北大学と東北医科薬科大学がある仙台市の中間に一関市が位置しています。両市からの距離は90㌔㍍超。県境で大学から遠い。このような立地の事情から、医師の確保が長年の課題です。 医療資源に恵まれているわけではありませんから地域医療連携の推進は非常に大きなテーマです。 当院が柱としているのは重症心身障害と神経筋疾患の政策医療、そしてリハビリテーションの3領域。政策医療については岩手県南部から宮城県北部におよぶ広域から患者さんがお越しになります。 リハビリテーションに関しては、脳卒中、大腿骨頸部骨折に対して一関市で形成している地域連携パスにおいて、回復期リハビリテーションを担っています。 これら3領域はいずれも医療機関が単体で完結できるものではありません。病病連携や病診連携の構築はもちろん、介護、福祉、行政と多面的に連携を図れるよう努めています。特にセーフティーネット医療は相互に協力しながら、かつ全体の質を引き上げていくことが不可欠です。 当院としても、地域医療連携の中でどのような機能をもった病院なのかを明確に示し、医療水準を高めていくために重症心身障害医療センター、神経筋難病医療センター、リハビリテーションセンターを編成。組織横断的な活動に注力しているところです。 ―在宅へのニーズも高まっていますか。  回復期リハの患者さんの在宅復帰率を向上させるためには、ご家族をはじめとする支援者の理解やケアの質をどれだけ充実させていけるかが大切です。 神経難病の患者さんの中には重症度が高く、人工呼吸器を装着している方もいる。当院が開設している神経難病病棟で患者さんを受け入れるには限界がありますから、在宅療養をどれだけ維持できるかが重要です。 そこで人工呼吸器を装着した患者さんを対象にした訪問診療、訪問看護を実施しています。また、ご家族のケアとしてレスパイト入院にも対応するほか、他の医療機関と共同でパーキンソン病の患者さんのご家族に向けた療養指導を展開するなど、在宅療養のサポートを続けています。 ―今後は。  一つは医療安全。20年ほど前に当院で起こった人工呼吸器のトラブルによる医療事故を契機に、毎年9月を医療安全月間と定め、職員の意識の向上や活動の充実を図っています。 当時は2〜3人だった人工呼吸器装着の患者さんは現在10倍ほどに増加しました。この間、大きな事故が発生していないのは、取り組みの成果が現れているのだと捉えています。 また、東日本大震災の影響で診療機能が大幅に制限された経験を踏まえて、2016年に免震構造の新病棟をオープン。近い将来、既存の外来棟、管理棟の建て替えも実現したいと考えています。 そのためには、より健全な経営で成り立つ病院でなければならない。電子カルテ導入、障害者施設等入院基本料7対1の取得など、ここ数年で段階的に体制を整えてきました。最大の課題である医師や看護師の確保も見据えて、働き方改革、魅力的なキャリアパスの提示、職員の心身の健康管理など、これからは地道に力を蓄えていく時期に入っていると感じています。 独立行政法人 国立病院機構 岩手病院岩手県一関市山目泥田山下48☎0191─25─2221(代表)https://iwate.hosp.go.jp/

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自分なりの視点を持って難しい疾患に立ち向かう

鳥取大学医学部脳神経医科学講座 脳神経内科学分野 花島 律子 教授(はなじま・りつこ)1990年横浜市立大学医学部卒業、東京大学医学部附属病院神経内科入局。カナダ・トロント・ウェスタン病院、北里大学医学部神経内科講師、同准教授などを経て、2017年から現職。  1962年に脳幹性疾患研究施設臨床生理部門として開設した鳥取大学医学部脳神経医科学講座。2年前、この伝統ある講座を引き継いだ花島律子教授に、講座の特徴や山陰の現状、そして今後について聞いた。 ―講座の特徴を。  脳神経内科は全国的には独立した科として病院に設けられるのは比較的少ない科ですが、鳥取では歴史があるため、地域内で脳神経内科医同志がお互いに支え合う文化が育まれています。疾患については脳から末梢神経に至るまで、扱う範囲が非常に広いのが特徴です。 パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった指定難病の他、脳梗塞やてんかん、脳炎の救急にも対応し、認知症や頭痛、しびれなども扱います。〝地域の最後の砦(とりで)〟という意識でしっかり患者さんを診ることが第一と考えて、日々、行動しています。研究も範囲が広いので、各スタッフが自身の問題意識をもとに必要な研究をしているのが現状です。 隠岐郡海士町での疫学調査は、1984年、健康調査の一環で行われた脳卒中や認知症の検診がきっかけで始まりました。その後、2000年代に入ってからは、認知症の実態調査として、頭部のMRI検査を実施。認知症など脳内疾患の患者さんが人口の中で何人くらいいるのか、また兆候がないかなど調査し続けることが、早期発見や早期治療につながっています。この研究は、海士町と保健師、町民の方々のおかげで継続できています。 神経難病の多くは、最終的な診断の多くを病理に依存しているのが実態です。そこで私たちは、病理診断での確定を推し進めるとともに、生前診断に役立つバイオマーカーを探索しています。さらに、脳の活動状況を調べて脳内ネットワーク異常などを検出し、神経疾患の病態機序をひも解く神経生理学的研究にも、力を入れています。 ―山陰の現状は。  鳥取県はよく「人口のわりに脳神経内科医が多い」と言われるのですが、医師の年齢層の上昇、対象とする疾患の範囲の広さ、在宅医療への対応も必要なことから、医師数は十分とは言えません。高齢化の影響で、神経疾患の患者さんも増える傾向にあります。 地域連携は、電子カルテを共有する「鳥取県地域医療連携ネットワーク(おしどりネット)」などを活用し、一層強化したいと考えます。 講座としての役割の一つは、この地に、脳神経内科の専門医を輩出し続けることです。臨床に必要な専門的な知識と技術を身に付けた上で、研究の視点を持てるまでサポートしたいと思います。自分から積極的に医療を発展させられる視点が大事だと考え、外部から講師を招いて研究会を行うこともあります。後進には国内外問わず、学会で積極的に発表するよう促しています。 ―今後の予定を。  6月29日に米子で「第106回日本神経学会中国・四国地方会」の開催が予定されています。問題となる症例を神経内科医が集まって議論する貴重な場です。 同時に生涯教育講演会がありますが、例えばパーキンソン病一つ取っても、治療法がだんだん変わり、知識をアップデートする必要があります。著名な先生をお呼びする予定ですので、いい機会になればと思っています。 講座運営については、まず脳神経内科医の育成に力を入れて、地域の医療をきちんと守らなければならないというのが基本にあります。脳神経内科は難病を対象とするイメージが強く、手の施しようがないのではと若手に敬遠されることもありますが、そこにやりがいがあるのではないでしょうか。まだ病態も十分解明されていない脳や神経に関わる病気の検査法、治療法の開発や確立を目指したいと思っています。 鳥取大学医学部脳神経医科学講座 脳神経内科学分野鳥取県米子市西町36―1☎0859-33-1111(代表)https://neurol.med.tottori-u.ac.jp/

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他施設への手術見学や短期研修を積極的に推進

島根大学医学部脳神経外科学講座 秋山 恭彦 教授(あきやま・やすひこ)1990年島根医科大学医学部(現:島根大学医学部)卒業。同大学脳神経外科助手、カナダ・トロント大学、社会保険小倉記念病院脳神経センター脳神経外科部長などを経て、2009年から現職。  脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍を臨床診療の柱に据える島根大学脳神経外科学講座。教育、研究にも力を注ぐ秋山恭彦教授に、現状と展望を聞いた。 ―臨床の現状について。  脳卒中については、脳卒中発症後の治療ばかりではなく、二次予防にも力を入れています。脳卒中を発症ないし再発する危険性が高く、手術による合併症リスクを低く抑えられると考えられる患者さんに対しては、医学的なエビデンスに則った上で、積極的な外科治療介入を行っています。 島根大学医学部附属病院は、2012年に救命救急センターの指定を受け、2016年には高度外傷センターが開設され、ここ数年の間に急性期の重症な脳・頭部疾患を扱う件数が急激に増加しました。 現在、頭部外傷については外傷センターと連携し、ハイブリッドER室での手術を行っています。ハイブリッドER室は救急初療室に隣接しており、室内には手術設備はもちろん、CTや血管撮影装置などが備えられており、手術中に移動することなく、全身の検査を行いながら治療することができます。 悪性腫瘍の手術では、腫瘍の切除と脳機能温存の両立が求められます。2018年からは、覚醒下手術を開始しました。この手術では、開頭後に患者さんを麻酔から覚まし、会話を通して、運動機能や言語機能を詳細に確認しながら行うため、手術による神経後遺症を最小限に抑えることが可能になります。 ―教育の特徴を。  医師教育にもつながる研究という意味で今、取り組んでいるのが、ITあるいはIOTを利用した、脳神経外科手術教育方法の研究です。疾患の画像情報や手術手技などのデータを、デジタル技術を用いて一元的に記録することで、若手医師の手術教育や早期の技術習得につながる研究を進めています。 専門医の教育については、病院群連携教育プログラムを採用していることが特徴です。全国にはたくさんの大学や医療機関があり、手術方法や得意とする疾患分野はさまざまです。県内では経験できない症例もあることから、大学間や他施設との連携に力を入れています。手術に関しては遠く北海道まで、最新の医療システムを学ぶという点では、関東エリアの施設に積極的に短期研修や見学に行き、知識や手技の向上、若手医師のモチベーションのアップにつなげたいと考えています。 教室員の手術手技習得に力を注ぐのは、やはり外科医の本領はクオリティーの高い手術を実践することと考えているからです。そのためには大学にいて本だけ読んでいてはだめですし、いろいろな施設でいろいろな技術を学ばなくてはなりません。 ―今後の展望を。  地域医療連携は課題の一つです。医療連携の中で、地域の医師との連携も大切です。県内は脳神経内科医・外科医ともに不足しており、希少疾患や診断に迷うような疾患については、地域の先生への啓発を含めた「地域医師間連携」が必要になっています。 啓発活動は、アテローム動脈硬化性脳梗塞から、てんかんなどに対象を広げ、1~2年をかけて一つの疾患の啓発を県内全体に実施。このような活動を続けていきたいですね。 今、医局は10人体制ですが、今後はもっとマンパワーを増やして、できれば倍の20人体制でボリュームのある医療をやるのが理想。色々な分野のスペシャリストを育てていくのがさらなる目標です。 一つの疾患に対しても、手術の方法、治療薬など新しいことが次々と出てきます。専門家を育て、その専門家が最新の知識をキャッチアップすることで、この教室にも新たな情報が持ち込まれます。他大学や他県にスタッフを派遣しながら、臨床、教育、研究に取り組んでいきたいですね。 島根大学医学部脳神経外科学講座島根県出雲市塩冶町89―1☎0853―23―2111(代表)https://shimane-u-neurosurgery.jp/

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信頼関係を構築し求められる役割を担う

独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター下瀬 省二 院長(しもせ・しょうじ)1985年広島大学医学部卒業。広島大学大学院准教授、呉医療センター統括診療部長などを経て、2019年4月から現職。  1889年、呉海軍病院として創設され、終戦で連合軍に接収された後、国立呉病院として発足。2004年に独立行政法人国立病院機構に移行した呉医療センター・中国がんセンター。創設から130年という節目の年に、下瀬省二新院長が就任した。 ―長い歴史のある病院だそうですね。  当院は、海軍病院からスタートした病院です。国立病院機構の病院の中でも大規模な病院で、37診療科、地域がん診療連携拠点病院、地域周産期母子医療センター、災害拠点病院などの機能を有しています。今年4月には、がんゲノム医療連携病院にも指定されました。 当院がある呉市は、1975年時には人口が31万2千人ありました。しかし2015年には24万人弱と減少。高齢化率も32・6%に上っています。こうした人口減少を受け、2016年からはもともと700床だった病床を縮小し、現在は630床で運用しています。 市内には、当院のほかに2カ所、400床以上の病院があり市内の救急搬送患者の90%をこの3カ所の病院で受け入れています。中でも当院は呉医療圏における唯一の第3次救命救急センターとして、特に重症患者の受け入れを積極的に行ってきました。 ―病院の強みや特徴を。  まず、がんセンターとしての専門的ながん治療が行えるという側面。増加を続けるがんの患者さんを、しっかりと受け止められることが一つの特徴です。 さらに、当院では総合的な一般診療も可能です。がんと一般診療、その両方の機能を併せ持つ高度急性期病院であることも、強みと言えるでしょう。 例えば、3D内視鏡システムを使用した胸腔鏡、腹腔鏡による低侵襲手術や、高精度強度変調放射線治療(IMRT)やPET―CTなどの導入によって、高度ながん診療ができるようになっています。 また産科分野も充実しており、新生児集中治療室(NICU)が設置され、小児科や麻酔科とも連携して、24時間体制で分娩に対応。母子医療センターとともに、呉市における産科医療の中心的な役割を担っています。 さらに、県内でも数少ない精神科救急を担う病院として、精神疾患を合併する身体疾患患者の受け入れも行っています。単科の精神科病院では対応の難しい精神科救急医療を担うのも、多くの診療科を有する当院の役目だと思っています。 国際交流が盛んなことも特徴でしょうか。例えば海外の医療関係者を招く「インターナショナルメディカルフォーラム」は、すでに12回を迎えました。今年も、7月に開催予定です。 ―院長就任にあたって、抱負は。  一つ目は、患者さんとの間に、信頼関係をつくっていくこと。医療の根本は、患者さんに医療を理解していただくことにありますから、常に信頼関係づくりを意識しておく必要があります。 医師、看護師、メディカルスタッフといった職種間のコミュニケーションや、職員と患者さんとのコミュニケーションを一層大切にしていかなければならないと思っています。その一環として、今年4月からは入退院支援センターの設置に向けて動いています。 二つ目は、働きやすい環境づくりです。具体的には、手続きの簡略化や作業の集約化などを、可能な限り実施します。さらに、医師事務作業補助者の充足にも努めます。 三つ目として、クリティカルパスへのてこ入れや、地域医療連携パスを充実させていくことも重要でしょう。人口が減り、規模が縮小する時代に、私たちがやりたい医療だけを追求するわけにはいきません。どこに地域のニーズがあるのかを察知し、それに対して応えていくことが大切なのだと思います。 独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター広島県呉市青山町3―1☎0823―22―3111(代表)https://kure.hosp.go.jp/

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段階を踏んで技術と判断力を養う

杏林大学医学部脳神経外科 塩川 芳昭 主任教授(しおかわ・よしあき)1982年東京大学医学部卒業。スウェーデン・ルンド大学脳神経外科、富士脳障害研究所附属病院などを経て、2003年から現職。  国民の死因の上位であり、患者数が今後20年以上にわたり増加すると予測されている脳卒中をはじめ、さまざまな脳神経疾患の治療に取り組む杏林大学医学部脳神経外科。塩川芳昭主任教授は、「生まれ変わっても脳神経外科医に」と語る。 ―杏林大学脳神経外科の特徴や取り組みは。  当大学の脳神経外科では、脳卒中と脳腫瘍の2本柱の診療体制を確立しました。 脳卒中には2種類あります。脳内出血やくも膜下出血などの血管が切れる「出血性脳卒中」と、脳梗塞や脳血栓などの血管が詰まる「虚血性脳卒中」です。 脳卒中がなぜ問題か。それは死因の上位であると同時に、生存者にも重篤な後遺症を残すことがあるからです。われわれは、2種類の脳卒中に対応できる体制を整えています。また、院内に脳卒中センターがあり、救急外来に搬送されたすべての脳卒中患者に24時間365日対応しています。脳卒中は時間との勝負。病院内での多職種共同のチーム医療体制を整えることはもちろん、院外の地域医療連携も積極的に進めています。 ―後進の育成について。  手術について言うと、結果が同じなら、たとえ時間がかかっても若手にやらせるという主義でやっています。もちろん術前計画をしっかり立てますし、技術的にも水準をクリアしている人に限りますが、徐々に段階を踏み、経験を積ませながら技術と判断力を養います。 経験がものをいう学問なので、手術内容を絵に描いて記録することを勧めています。私も1982年の初めての手術からこれまでの記録をずっと残してあり、そのファイルは数十冊になります。理解していないことは絵に描けない。術前に描き、術後も復習として記録すること。というのも、一人あたりの生涯手術件数は限られているからです。 わが国の年間の手術総数や医師の数などの統計から単純計算すると、例えば、1人あたりの将来の脳動脈瘤(りゅう)経験総数は数百件のオーダーしかありません。限られた経験で早く上達するためには、記録という方法が有効だと思います。 ―来年3月に開催される「第45回日本脳卒中学会学術集会」について。  タイトルは「STROKE2020 脳卒中 力をひとつに Unity in Diversity」。  多領域・多職種の「力」を結集します。「スパズム・シンポジウム」に加えて、「日本脳卒中の外科学会学術集会」も、同一会場で開催します。 2018年12月、脳卒中・循環器病対策基本法が成立しました。病院側には診療体制の整備などが求められています。STROKE2020では、成立以降で明らかになった課題についても考えていきます。 ―今後の展望は。  脳神経外科診療のニーズは今後、ますます高まるでしょう。次世代に脳神経外科の魅力を伝えたいと考えています。 現在は低侵襲で安全・確実な治療、そして満足度の高い治療が求められており、今後もその方向に進んでいくと思います。同時に、たとえ根治が難しかったとしても、その後の人生をどう過ごすかを重視し、医療の受け方を選択する方も増えています。私たち脳神経外科医ができること、すべきことは、たくさんあるのです。 脳神経外科は手先の器用さが必要と思われがちです。でも、幼いころからはしを使っている日本人はポテンシャルが高く、たとえ自分が器用ではないと思っている人であっても、敬遠する必要はないと感じます。それ以上に必要なのは根気、丁寧さや思いやりではないでしょうか。 脳神経外科に入りたいという人を1人でも増やし、新しい時代を切りひらく脳外科医を育てていきたいですね。 杏林大学医学部脳神経外科東京都三鷹市新川6―20―2☎0422―47―5511(代表)http://plaza.umin.ac.jp/~kyorin-n/

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社会的責任を全うしつつ 若い人材を育てていく

愛知県厚生農業協同組合連合会 海南病院 奥村 明彦 病院長(おくむら・あきひこ)1986年名古屋大学医学部卒業、市立四日市病院消化器科、名古屋大学医学部第3内科、米ハーバード大学、愛知医科大学消化器内科学講座講師、海南病院第一診療部長などを経て、2019年から現職。  愛知県の西端にある海南病院は、三重県や岐阜県からも患者が訪れる中核病院。診療科の垣根が低く、屋根瓦方式の教育体制が根付いていることから、研修医の人気も高い。地域のニーズをすくい取りながら発展を続け、昨年80周年を迎えた。「今が新たなスタートライン」と語る新病院長に、これまでの歩みと抱負を聞いた。 急性肝炎を発病 肝臓の道へ  出身は兵庫県宝塚市。「高校には医学部を目指す友人が多く、その波に乗って名古屋大学に進学しました。『白い巨塔』の影響も否定できません」と笑う。 充実した日々を過ごしていたある日、鏡を見るとやけに顔が黄色い。「これが黄疸か、と。授業の代わりに診察室に行くと、急性肝炎と診断されまして…」。この体験が、肝臓の道に進むきっかけとなる。 当時の主治医の先生に勧められ、卒業後は市立四日市病院へ。続いて名古屋大学の肝臓研究室、愛知医大と、15年ほど研究生活を続けた。 長年、免疫の研究に従事し多くの患者を診た中で、特に縁を感じるのはC型肝炎だという。医師になった時分は病名すらなかったのが、ウイルスが解明されて多くの治療が試され、2週間の投薬で治る時代になったのを目の当たりにしたからだ。「病気の発見から治療法の開発、制圧という変遷を現場で体験できたのは、非常に意義深いことだったと思います」 われわれの存在意義とは  病院は昨年、創立80周年を迎えた。年間を通し、職員と共に改めて病院の社会的責任を再確認。総仕上げとして、外部のNPO団体に訪問審査を依頼。患者目線で病院を評価してもらった。「接遇面などが高く評価された一方、自分たちが気付かなかった指摘も多くいただけました。しっかり、改善していきます」 市民病院に代わる公的病院としての役割を果たすために最も重要なのは、やはり救急医療だと語る。 年間の受け入れは約7000件。2年前に全面竣工した病院のコンセプトは「高機能・コンパクト・次世代型」だが、これも「救命救急センターが核」という発想から。徹底するのは、無駄のない動線だ。「緊急事態に即応しつつ、最新の医療を提供する。それが地域の安心を守るための使命です」 がん診療にも注力しており、2005年には地域がん診療連携拠点病院に。緩和ケア病棟を持ち、放射線治療の専門医がいることで、総合的にがん治療を行える。 「今後は在宅医療を含め、より個人のニーズに応じた医療体制をつくりたいですね。地域医療連携を進めてマンパワーをつなげていければ」。地域医療のリーダーとしても、さらに期待がかかる。 総合内科の伝統をさらに強化したい  以前から、総合内科の領域で強みを発揮してきた海南病院。今年4月には、ここで研修を受けた専門医が着任した。ニーズに応じて体制を強化していく構えだという。 総合内科の力を必要とする場面は、時代とともに着実に増えていると感じている。「どの診療科にも分類できず、全体的に診て判断して治療しないといけない。そんな疾患が、やはり一定数存在するのです」 初期研修医にも総合内科の指導は人気が高い。「総合的に診る」と言うのは簡単だが、「広い知識と経験、エビデンスに基づいて正しい診断にたどり着くのは容易なことではない。だからこそ魅力を感じる学生は多いようですね」 また、病院において総合診療を行う医師「病院総合医」については2018年4月、その育成プログラムの認定施設となった。全人的に診る医師を育てていくための土壌は整った。 一方、学生たちに再三訴えているのは、初期研修の重要性だ。「医師人生を決める土台になると言ってもいい」 目指すのは、いい研修ができる環境のみならず、医師としての倫理が学べるロールモデルが多く存在する病院。「活躍の仕方は人それぞれですが、常に患者さんを大事に思い、大志を持って巣立ってほしいですね」 愛知県厚生農業協同組合連合会 海南病院愛知県弥富市前ケ須町南本田396 ☎0567-65-2511(代表)https://www.kainan.jaaikosei.or.jp/

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