九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

目指すのは地域完結型の「断らない医療」

社会福祉法人恩賜財団 済生会支部 福岡県済生会二日市病院壁村 哲平 院長(かべむら・てっぺい)1982年順天堂大学医学部卒業。九州大学医学部附属病院(現:九州大学病院)、福岡県済生会福岡総合病院副院長、福岡市医師会成人病センター(現:福岡大学西新病院)院長などを経て、2020年から現職。  福岡市のベッドタウン、筑紫医療圏の一翼を担う二日市病院。地域医療支援病院、災害拠点病院として救急医療に取り組む。壁村哲平院長は「変化と失敗を恐れず、地域のニーズに対応できる病院づくりに粘り強く取り組みたい」と抱負を語る。 済生会「らしさ」を発揮する三つの追求  病院トップとしてのかじ取りは2回目。福岡市医師会成人病センター(現:福岡大学西新病院)院長時代に経営を改善・安定化させた。その手腕が評価され、2018年から院長代行として福岡県済生会二日市病院の運営に携わってきた。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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地域医療支援病院として全人的な総合診療科を充実

公益社団法人 地域医療振興協会 東京北医療センター宮崎 国久 管理者(みやざき・くにひさ)1984年自治医科大学医学部卒業。同附属大宮医療センター(現:さいたま医療センター)、東京ベイ・浦安市川医療センター、東京北社会保険病院(現:東京北医療センター)総合診療科兼副管理者などを経て、2014年から現職。  東京北医療センターは、2018年に地域医療支援病院に指定された。地域住民、地域医療機関との信頼関係を大切に、救急医療に尽力するとともに、へき地・離島の医療支援にも情熱を注ぐ。地域医療の質の向上に努める管理者の宮崎国久氏に、その思いを聞いた。 ─特徴を教えてください。  地域医療支援病院として、当院が果たす役割の一つに急性期医療があります。 そこで重要な役割を担っているのが総合診療科です。例えば、高齢の急患の場合、肺炎や骨折で来られても、何らかの基礎疾患をお持ちのことが多い。診療科をまたいで診察を受けるようなことがないよう、まず総合診療科が全人的に診療をし、専門の診療科につなげる医療を展開しています。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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地域との連携を強化 病院のさらなる健全経営を目指し

独立行政法人労働者健康安全機構 富山労災病院平野 典和 院長(ひらの・のりかず)1982年富山医科薬科大学医学部(現:富山大学医学部)卒業。同整形外科講師、富山労災病院整形外科部長、同副院長などを経て、2018年から現職。  2017年に地域医療支援病院の認定を受けた富山労災病院。平野典和院長は、高齢化、人口減少が進む地域で、どのように病院を運営し、良質な医療の提供を維持しようとしているのだろうか。 ─病院の特徴について聞かせてください。  魚津市唯一の公的病院であり、患者さんの85%が魚津市の方という、地元に根差した病院です。60年を超える歴史があり、近隣の大学病院とも良好な連携を築いており、そのことが患者さんの安心にもつながっていると思います。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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診療も病院経営も常に全力で

独立行政法人国立病院機構 横浜医療センター鈴木 宏昌 院長(すずき・ひろまさ)1985年横浜市立大学医学部卒業。国立横浜病院、横須賀共済病院、JA神奈川厚生連相模原協同病院などを経て、2019年から現職。横浜市立大学医学部臨床教授兼任。  2019年から、国立病院機構横浜医療センターの院長として病院経営に取り組んでいる鈴木宏昌氏。「診療も病院経営も常に全力」と話す。これまで麻酔科医が不足する現場の立て直しに奔走してきた経験は、今どのように生かされているのか。 獣医師志望から医師へ  「そもそも医師志望ではなかった」と話す鈴木院長。高校では獣医師を目指していたものの、獣医学部受験は不合格に。進学先に選んだのは、東京農工大学農学部だった。 しかし、大学に入学してからも、進路への迷いを感じていた。「大学入学した翌年から、共通1次試験が開始されることになり、獣医学部も4年制から6年制になるなど、大学の制度が変更になったのです。そこで、もう一度、受験に挑戦しようと思い立ちました。しかも、同じ6年間学ぶのであれば、医学部に進みたいと思ったのです」 医学部卒業後は、麻酔科を選んだ。「麻酔科医は、患者さんの状態を常に一定に保ちながら、執刀する外科医、その他のスタッフとコミュケーションをとり、手術を円滑に進めていく。手術に欠かせない、いわば〝調整役〟というところに魅力を感じました」 新研修制度発足で麻酔科医が不足  キャリアを積む中で大きな出来事となったのが、2004年度に始まった「新医師臨床研修制度」だ。診療に従事しようとする医師は、2年以上、指定された病院で臨床研修を受けることが義務化されたのだ。これにより大学の入局者がいなくなり、しかも2年間は新人が来ないという非常事態になったのである。 「困った大学側は、各病院から一斉に医師を引き上げてしまったのです。特に、麻酔科医は顕著でした。その結果、多くの病院で手術ができないという事態に陥ってしまったのです」 手術ができることは、病院の利益に直結する。「麻酔科医がいないと外科医は手術ができません。手術ができないとなると、病院は積極的に患者さんを受け入れることができなくなってしまう。どこの病院も悪循環を起こしていました」 鈴木院長は、それまでいくつかの病院の立て直しに貢献してきた。その手腕を買われ、麻酔科医が不足していた神奈川県内の病院に次々と赴任。「立て直しに取り組んで、分かったことがあります。それは麻酔科医がしっかりと対応できれば、外科医が安心して手術でき、経営的に好循環が生まれるということです」 ある病院では、順調に手術が行えるようになったことが、黒字転換への大きな要因になったという。麻酔科医という存在が病院経営に与える大きさを、改めて知ったという。 日々、変化し続ける  2009年、国立病院機構横浜医療センターへ。麻酔科医として手術の質を高めていったという。当時3000件弱だった手術件数は、今では6000件近くと、ほぼ倍の数となった。副院長となった2016年、手術室は若手の医師に任せる体制を取った。 「副院長になったのは良いタイミングだったと思います。いつまでも古い人間がトップでいるより、進化するためには若い医師に任せたほうがいい。変化が大きい今の時代は、医療のあり方も、医師である私たちも、スピードを持って変わっていかなければならないと思います」 今後は地域との連携もさらに強めていきたいと語る。「地域の開業医の先生との情報共有などを密に進めていきたいと思っています。当院が所有するドクターカーも、地域のために運用回数を増やしていきたいですね。地域医療支援病院としての役割を果たすための課題は、まだたくさんあります」 独立行政法人国立病院機構 横浜医療センター横浜市戸塚区原宿3―60―2 ☎️045―851―2621(代表)https://yokohama.hosp.go.jp/

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院内独自の診療科を設置 広い視野の医師を育成

独立行政法人地域医療機能推進機構北海道病院古家 乾 病院長(ふるや・けん)1985年北海道大学医学部卒業。札幌市北保健所、国家公務員共済組合連合会幌南病院(現:KKR札幌医療センター)、地域医療機能推進機構北海道病院副院長などを経て、2016年から現職。  札幌市中心部から5キロほどの閑静な住宅地に位置する地域医療機能推進機構(JCHO)北海道病院。急性期を中心に、地域医療支援病院として近隣の医療機関との連携を図っている。地域医療における取り組み、今後の展望について古家乾病院長に話を聞いた。 ―病院の特色は。  札幌市豊平区を中心とした住民のための地域医療に取り組む急性期病院です。豊平区には総合病院が少なく、当院が果たすべき役割は大きい。消化器、呼吸器、腎・膠原病、周産期の四つのセンターをはじめ、それぞれの診療科で専門性の高い医療の提供に努めています。2020年の4月には循環器センターを再開し、柱の一つにしていく予定です。 2018年4月、地域連携相談室を「総合支援センター」に改称しました。患者さんの入り口として、治療や入退院の際の生活上の問題や心配ごとに、看護師、ソーシャルワーカーなどが中心となって対応に当たっています。 また、健康管理センターのほか、急性期病院としては珍しく介護老人保健施設を併設しています。健康管理センターでは健診による疾病の早期発見と予防、介護老人保健施設では在宅復帰を目指した介護と福祉を実践しています。 札幌市は、全国的に見て病床数が多いと言われています。そのため、地域の病院が急性期、亜急性期、回復期などの機能分化を進め、病診連携、病病連携、さらには施設との連携を図っています。お互いの強みを発揮して、地域で補い合う関係を築いていけたらと思います。 ―医師の教育にも力を入れていらっしゃいます。  これまで、医師は専門領域を極めれば十分でした。しかし、それだけでは高齢者のように複数の疾患を持っている患者さんに対応することができない時代になっています。 副院長だった頃から、総合医的な知識と専門性のバランスが取れた医師を育てるためのシステムをつくりたいと考えていました。そこで生まれたのが、院内独自の呼称である、「総合診療救急科」です。 内科系と外科系に分かれており、指導医と研修医がペアとなって診療に当たっています。何が悪いかわからなくて運ばれてきた患者さんに対し、複数の病気がないかを探りながら、的を絞らずに患者さんを診ていきます。 総合診療科の名前は付いていても、一般的な総合診療科とは違います。新しい専門医制度がスタートした際にもなかなか理解してもらえず、応募者も少なかった。しかし、初期研修医から「面白い」と声が上がるようになり、浸透してきたと感じています。 最初は、何かと大変でしたが、今では指導する側も、専門分野だけではない広い視野を持ちながら、楽しく教えているようです。若手の医師にとっては、総合的な診断方法から入院、治療の流れまでが分かるようになり、良い訓練の場になっています。 ―今後について。  患者さんに「この病院で良かった、次もこの病院で診てもらいたい」と思っていただくためには、質の高い医療の提供、そしてスタッフが患者さん目線で対応できているかが重要です。 患者さんにとって気持ちの良い対応とは何か。そのためには、まず自分たちの働く環境が良くなければと考えています。 急性期病院では、どうしても医師の勤務時間が増えがちです。医師の負担を減らすためにはタスクシェア、タスクシフトを推進し、お互いが職種の範囲を超えてできることを広げて、業務の移管・移譲が柔軟にできる体制をつくっていきたいと思います。 忙しい職場では、患者さんに接する心の余裕もなくなります。どのように改善するべきか、手腕が試されると感じています。 独立行政法人地域医療機能推進機構 北海道病院札幌市豊平区中の島1条8―3―18☎011―831―5151(代表)https://hokkaido.jcho.go.jp/

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数々の改革を行い、3年連続の黒字化へ

岩手県立宮古病院村上 晶彦 院長(むらかみ・あきひこ)1979年岩手医科大学医学部卒業。岩手県立宮古病院消化器内科科長、岩手県立中央病院副院長などを経て、2015年から現職。岩手医科大学臨床教授兼任。  医師不足や少子高齢化などの影響により、地方の公立病院の多くは厳しい経営を強いられている。そのような中、岩手県立宮古病院は2017年から2年連続で黒字を達成した。キーパーソンは、2015年に院長として赴任した村上晶彦氏。村上院長が実施した病院改革はどのようなものか。 ―黒字化に至るまでの主な施策を教えてください。  まずは医師の確保です。2000年の時点で当院には50人の医師がいましたが、2011年は27人にまで減少。それに比例して収益も悪化していました。しかし、その後は研修医の獲得などに取り組んだことで徐々に医師が増加し、現在は38人が常勤しています。これに加え、非常勤の専門医にも来ていただくことで、以前よりも診療体制を充実させて、患者さんの受け皿を広げました。 次に大きかったのは、2 016年に地域医療支援病院の承認を受けたことです。私は約30年前にも当院で一度働いており、当時の同僚だった先生方が近隣地域で開業されています。そこで皆さんの協力を仰ぎながら、患者さんの紹介率・逆紹介率を高め、支援病院の承認を得ることができました。これにより、入院患者さんのDPC(診断群分類包括評価)係数が上がり、診療報酬も増加しました。 その他の施策としては、地域がん診療連携拠点病院としての強みを生かし、がんの手術、化学療法、放射線治療などの件数を増やしたこと。また、院長や事務長などの執行部も参加する「地域包括ケア病棟会議」を毎週開催し、患者さんに対する治療や支援策を詳細に検討していること。透析病床を9床から15床に増やしたことなども収益に一役買っています。 これらの結果、私が就任した2015年度の経常損益はマイナス約1億3000万円でしたが、翌年度はマイナス約6500万円で赤字幅が大きく縮小。そして2017年度はプラス約2000万円、2018年度はプラス約1億1000万円と2年連続で黒字を達成しました。さらに2019年度も黒字の見通しとなっています。 ―救急・災害医療でもさまざまな試みを始めましたね。  救急医療に関しては、2015年に地域の消防本部と提携し、救急車から病院に心電図を伝送できるシステムを導入。当初は1台のみの試験運用でしたが、74人の心電図を伝送、5人を心臓カテーテル治療で救命したことにより、翌年からは全ての救急車11台に導入されています。現在、当院では宮古医療圏における約82%の救急車を受け入れていますので、今後も救急医療の整備に注力したいと考えています。 災害医療ではDMATを1隊から3隊に増やし、同時に隊員の育成にも取り組んでいます。2016年の台風10号による災害や2018年の北海道胆振東部地震の時は当院のDMATが被災地で活動しました。それとは別に、私自身も2019年の台風19号で大きな被害を受けた宮古市重茂地区で訪問診療を実施。災害拠点病院として、災害医療の向上は常に意識しています。 ―今後の病院運営についてどのようにお考えですか。  東日本大震災以降、宮古には明るいニュースが少なく、どこか元気がありませんでした。そのような中、職員や地域の皆さんの協力を得て、当院が2年連続で黒字になったことには大きな意義があると感じています。今後も地域連携を大切にして、「地域になくてはならない病院」を念頭に置きながら、引き続き経営の安定化を図ります。 同時に、若い医師の育成も重要です。特に「医師の地産地消」として、県内の医学奨学生を中心に育てたいですね。これにより、岩手県全体の医師不足に対して、少しでも貢献したいと思っています。 岩手県立宮古病院 岩手県宮古市崎鍬ケ崎1─11─26☎0193─62─4011(代表)http://www.miyako-hp.jp/

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「共同」を意識して地域連携を推進する

公益財団法人 宮城厚生協会坂総合病院内藤 孝 院長(ないとう・たかし)1985年東北大学医学部卒業。財団法人宮城厚生協会坂総合病院(現:公益財団法人宮城厚生協会坂総合病院)副院長、同協会泉病院院長などを経て、2014年から現職。  前身である私立塩釜病院が開設されて以降、約100年にわたって塩釜地域の救急・急性期医療を担ってきた坂総合病院。2014年に院長となった内藤孝氏は、これまでの病院の歴史を重んじながら時代に沿った理念を掲げ、強固な地域医療連携を目指している。 ―2019年3月に病院の理念を改訂されましたね。  以前の理念は、時間の経過と共に院内で埋もれてしまっている印象がありました。そのため、改めて時代に適した分かりやすい指針を掲げたのです。 新たな理念は「わたしたちは確かな医療と共同で地域の安心を支えます」。当院はこれまで主に地域の救急・急性期医療を担ってきました。今後もその役割を果たすには、地域の行政、医療機関、住民の皆さんとの「共同」が欠かせません。それぞれの結びつきを大切にしながら、力を合わせて地域完結型の医療を実践したいと考えています。 また、理念の改訂と同時に、病院内外から意見を募って三つのビジョンを決定しました。まずは「断らない病院」、次に「人に寄り添う病院」、そして「職員が活(い)き活きと働く病院」です。当院では入院患者さんから差額ベッド代をいただかず、無料低額診療も実施してきました。今後も困難を抱えた患者さんを見守り、同時に良い職場づくりも意識したいと思います。 ―地域との連携についてお聞かせください。  当院は2007年に地域医療支援病院に指定されて以降、かかりつけ医との関係を大切にしてきました。2015年にはよりスムーズな連携を構築するため、「地域医療連携センター」を設置。ここでは患者さんの紹介、入退院支援などを地域の医療機関と協力しながら進めています。現在、塩釜地域にある開業医の約9割に登録医としてご協力いただいています。 地域住民とのつながりとしては、当院が中心となって結成した「みやぎ東部健康福祉友の会」が大きな役割を担っています。健康講座や血圧測定会などを定期的に開催することで、地域医療の向上を図るほか、当院の職員が地域の皆さんとふれあう場としても貴重な機会になっています。 ―臨床研修病院として医師の育成にも努めています。  当院は現在の臨床研修制度が始まる以前からスーパーローテート方式を採用し、専門性だけでなく総合的に診療できる医師の育成に取り組んできました。研修医は宮城県や他の東北地方に限らず、九州などからも応募があり、定員11人に対してほぼフルマッチの状況が続いています。 加えて、総合診療医の育成面では「みちのく総合診療医学センター」も挙げられます。ここでは当院と他の病院が連携し、日本プライマリ・ケア連合学会の認定を受けた研修プログラムを実施。総合診療・救急・在宅医療に加え、地域に密着した中小規模病院や診療所での医療が経験できる場を用意しています。少子高齢化や医師不足が進む地方では、総合医の需要が高まっていますので、今後も育成の分野には注力したいと考えています。 ―今後の展望は。  これまで以上に高齢者の疾患、中でもがんに対応できる医療が求められます。当院としては緩和ケアや在宅診療も充実させて、地域に住む高齢者が安心して暮らせる医療体制を整えたいと考えています。 院内に向けては、理念やビジョンを浸透させることが大切だと感じています。特に「職員が活き活きと働く病院」は重要なテーマです。職員同士が互いに認め合い、充実感を得られる環境を整えることは、結果的に患者さんの満足度向上にもつながります。職員が同じ目標を見ながら進むことで、より地域に信頼される病院を目指したいですね。 公益財団法人 宮城厚生協会坂総合病院宮城県塩釜市錦町16─5☎022─365─5175(代表)https://www.m-kousei.com/saka/

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磨き続ける強み地域で増す存在感

独立行政法人国立病院機構茨城東病院齋藤 武文 院長(さいとう・たけふみ)1981年筑波大学医学専門学群卒業、1987年同大学院博士課程医学研究科修了。1988年国立療養所晴嵐荘病院(現:国立病院機構茨城東病院)入職、米ニュー・ジャージー医科大学留学などを経て、2013年から現職。  呼吸器疾患と重症心身障害児(者)に対する医療を柱とする国立病院機構茨城東病院。この2本柱を打ち出すため、2015年からは「胸部疾患・療育医療センター」という名称を病院名に併記している。きらりと光る病院として発展を続けるため、齋藤武文院長が取り組んできたこととは。 ―地域での位置付けを。  がん、COPD、間質性肺炎のほか、肺高血圧症などの肺循環、睡眠呼吸障害、結核の診療も担っています。結核病床は陰圧ユニットで20床。救急は呼吸器疾患に特化。2019年は、年間約550台の救急車を受け入れました。 重症心身障害児(者)医療については、120床のベッドがほぼ満床。空いている病床はレスパイトを含めた短期入院に活用しています。行政の依頼で、医療従事者や医療的ケア児の支援者を対象とした研修をそれぞれ開催するなど、頼りにされているという実感があります。 当院はもともと、結核によって兵役を免除された人のためにつくられた施設です。国立結核療養所を経て国立療養所となり、現在に至ります。 私がここに勤務し始めたのは1988年。結核病床が200床ほどあった時代でした。その頃からこの病院を見てきたので、ここが呼吸器疾患診療を得意とする病院だということは、地域の多くの人に知られていると思い込んでいました。しかし、実際は若い年代の方や他の地域から移ってきた人にとっては、分かりにくかったようです。そこで、就任3年目に「胸部疾患・療育医療センター」の名称を前面に打ち出すに至りました。 現在、毎月1回、地域の大型ショッピングセンターにブースを出して、看護師などが病院のPRをしています。禁煙外来を実施していることをお知らせしたり、肺がんに関する情報をお伝えしたり。白衣体験なども実施し、呼吸器関連で気になる症状が出た時に、思い出し、頼っていただける病院を目指しています。 また、地域の開業医の先生方との連携も大事にしています。地域医療支援病院として、不定期で実施していた訪問活動を月1回の頻度に定例化。年に1回は、紹介いただいた患者さんの報告やお礼を兼ねた「連携大会」を開催し、2019年は過去最高の約130人に参加いただきました。 院内感染対策では、日立製作所日立総合病院(日立市、651床)、アイビークリニック(ひたちなか市、55床)と連携し、相互チェック、合同カンファレンスを実施。自分たちの組織では当たり前、問題ないと思っていたことも、違った視点で見ると改善の余地がある場合もある。連携することで、院内感染対策がさらに進んだと感じています。 ―今後の目標は。  まず、肺がんの手術件数を現状の1・5倍に増やすこと。さらには、間質性肺炎など難治の呼吸器疾患の診断・治療の面で、存在感を示し、貢献してきたいと思っています。 そのためにも、今まで以上に若手医師の育成を充実させたい。茨城県内で呼吸器内科を目指す若い医師たちに、学ぶ機会をしっかりと提供していきたいと思っています。もともと茨城県は人口当たりの医師数が少なく、ここ東海村はその中でも都市部と比べて医師の採用の面でハンディがある。だからこそ、これまでも人材育成に力を注いできました。 外部のエキスパートをお招きして症例検討、画像診断などを学ぶ「医師向け教育指導回診」が特に好評で、毎回、多くの医師が自己研鑽(けんさん)のために参加しています。 現在、新病棟建設計画を進めており、2022年4月には稼働を予定しています。教育システムなどのソフト面、建物などのハード面、どちらを見ても若い人にとって魅力ある施設をつくっていきたいと思います。 独立行政法人国立病院機構 茨城東病院茨城県那珂郡東海村照沼825☎029─282─1151(代表)https://ibarakihigashi.hosp.go.jp/

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