症状を取り除くだけでなく生活の質を取り戻す医療を
1985年東京医科歯科大学医学部卒業、1998年同大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。岡崎国立共同研究機構生理学研究所、鳥取大学医学部助手、講師、准教授などを経て2011年から現職。2017年から鳥取大学医学部附属病院病院長特別補佐。
東京や埼玉などで精神科医としての経験を積み、研究を重ねた後、Iターンで鳥取にやって来た鳥取大学精神行動医学分野の兼子幸一教授。医局の特徴や山陰の現状、今後について聞いた。
―医局の特徴は。
当医局は「地域医療への貢献」「精神医学の発展への寄与」に加え「科学性と共感性を兼ね備えた精神科医」というテーマを掲げています。共感とサイエンスという両極のバランスを取ることは、精神科医にとって非常に大切なことです。
精神医学の場合、治療におけるアルゴリズム化ができていません。そのため、常に「本当にこれでいいのか?」と自問自答していく姿勢が求められます。その際に一つのものの見方しかできないのは、やはりまずいわけです。
完璧にバランスを取るのは難しいとしても、各自が自分の苦手分野を意識するだけでも意味があることだと私は思いますし、それは実際の診療にも反映されるはずです。現在、スタッフは16人おり、若手も多いため、良い雰囲気で医局運営ができていると思います。
もちろん鳥取大学出身者が多いですが、出身大学もバラバラで一つのカラーがあるわけではありません。性格も世代も出身地も多種多様。しかし、これは決して悪いことではありません。患者さんにとっても色々な個性を持った精神科医がいた方が良いのではないかと思っています。
―山陰の専門医についての現状を。
山陰は医師の絶対数が少ないので、専門医も少ないのが現状です。今は若い方や関連病院の方たちに専門医を取るように勧めています。専門医を取ろうと考えた時、こちらでは、もしかしたら都会よりもバラエティー豊かな研修が受けられるのではないか。最近、よく思うことです。
例えば、鳥取医療センターは医療観察法病床があり、手厚くて理想的な医療体制が敷かれています。また、島根県立こころの医療センターは一般外来と児童思春期外来を分けていることが特徴で、児童思春期の子どもたち専用の入院病棟がある。松江市立病院や鳥取赤十字病院では総合病院としての経験を積むことも可能です。
医療施設には大きく分けて「総合」と「単科」があります。私は若いうちに双方を経験しておくべきだと思っています。特徴を生かした研修が受けられることが魅力になって若い人が安定して入る循環が生まれている。新しく人が入ってくるということは何よりも明るい材料です。
山陰に限った話ではありませんが、今は社会が厳しくなっているからでしょうか、部分的特性がありながらも見過ごされてきた発達障害の方が、適応障害になってしまうケースも増えています。今後は高齢うつ、認知症とうつの狭間にいる方も増えていくことでしょう。単に症状を取り除くだけではなく、元の生活に戻すのだという気持ちで一人ひとりの患者さんに向き合うべきときが来ています。
―今後の目標を。
統合失調症や双極性障害、発達障害のそれぞれの分野で研究を重ね、病態を明らかにしていくことですね。また、精神疾患の治療薬は、実はロジックからではなく偶然生まれたものが多くあります。きちんとしたロジカルなアプローチで挑み続けたら、新規の薬も見つかってくるかもしれないとも思っています。
実は最近、10代半ばから20代後半の方を診ていて、中高年と明らかに異なる傾向があるのが気になっています。特に女性に多いのですが、抗うつ剤が効きにくく、良くなっても時間が経つと繰り返すというケースが増えているのです。
たとえすぐに結果が出なくても、日々の臨床の場面で気になることに仮説を立て、研究していきたい。大学としてやらなければならないことだと思っています。
鳥取大学医学部脳神経医科学講座精神行動医学分野
鳥取県米子市西町36-1
TEL:0859-33-1111(代表)
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