全員にいきわたる仕組みを構築
治療と就労を両立できる社会に―。今年1月、産業医科大学病院に「両立支援科」が新設された。国内初の診療科を設置した尾辻豊病院長と、同科を率いる立石清一郎診療科長が語る。
―そもそもいつ、どのような理由で両立支援を始めたのでしょう。
尾辻豊・病院長(以下、病院長)
産業医科大学は労働環境と健康に関する臨床、研究、人材育成を使命とする大学です。当院も「両立支援」という言葉がないころから、就労支援を考慮した診療と研究に取り組んでいました。「いつから」というのは、なかなか難しいですね。
立石清一郎・診療科長(同、科長)
産業医を養成するための大学なので、当然、多くの医師が産業医を経験しています。ですから、医師が患者さんに対して仕事復帰の際のアドバイスをするといったことは、日常的にされていました。
これまで各医師が個人で実施していたことを、希望する患者さん全員に届く「仕組み」にしよう、と始まったのが、この両立支援科なのです。
特徴は三つ。一つ目は就労に関係ある世代を対象とする25診療科から1人以上の医師に、兼任として参加してもらったこと。患者さんの症状、仕事内容など臨床医と産業医が共有すべきことは多い。漏れをなくすための工夫です。
二つ目は入院前に患者さんやご家族に説明をする「入院支援室」で、両立支援を希望するかどうかヒアリングしていること。サポートが必要な患者さん全員に取り組みを伝え、支援がいきわたるようにしました。
三つ目は、診療科である両立支援科とは別に、看護師やソーシャルワーカーといったメンバーが加わった「就学・就労支援センター」も同じタイミングで開設したこと。双方が密に連携し、多角的な視点でサポートする体制を整えました。
病院長
「インフォームドコンセント」の書類にも順次組み込んでいます。改訂のタイミングになったものについては必ず、就労支援に関する希望の有無をたずねる欄を設けました。
―具体的にはどんなサポートを。
科長
例えば、不整脈の治療で入院する患者さんが支援を希望した場合、主診療科である第2内科の両立支援科兼任の医師と主治医が一緒に患者さんからヒアリング。症状や治療の予定、職場で配慮が望ましいことなどを書いた「診断書」を作ります。
病院長
退院前には兼任医師が、両立支援科担当医として患者さんと面談。職場向けの「意見書」を作成します。立石診療科長はスーパーバイズする役割です。
科長
これまでは、おそらく「短時間勤務の軽作業で就業可」という診断書・意見書がほとんどだったと思います。でも、私たちはもっと具体的に、「TO DO」に落とし込みたい。健康障害を予防するためにどのような適正配置が必要か、必要な道具があるとすれば、それは何なのか...。職場のスペシャリストである「産業医」と治療のスペシャリストである「臨床医」が関わり合い、患者さんが少しでも良い形で仕事を続けていけるよう、支えていきます。
"ベスト"と言っても一つではない
―そのほかには。
病院長
仕事の内容だけでなく、治療の調整もしています。当院は土日や祝日は休診日です。でも、週1回の外来化学療法が必要な患者さんが「平日に仕事を休めない」と言う場合もある。そういう時には、土曜日に開いている病院で化学療法を受けていただく方法も提示します。場所だけでなく、治療の方法や時間帯を変えるケースもあります。
両立支援を念頭に置くと、治療そのものが変わるのです。手術ではなくて化学療法にしたり、化学療法ではなく放射線治療にしたり。これを「セカンドベスト」と呼ぶ人がいますが、それは間違いだと私は思っています。
何がベストかは、患者さん自身が選ぶこと。従来のベストは「生命予後」だけでしたが、本来は一つではありません。両立支援は「患者さんに多様な選択肢を提供する」ことだと思っています。
両立支援科はスタートしたばかり。まだ試行錯誤の段階です。1人の患者さんに対して、面談だけでも5〜6回。今後の課題は、しっかりと支援しながらも、コンパクトに効率よく運営していくことです。さらには両立支援科の人員も増やしたいですね。
科長
病気の人でも働き続けられるような環境をつくっていきましょう、というこの取り組みは、「働き方改革」でもあります。今後、講習会などを通じて、他の病院などにもノウハウを発信していく予定です。
産業医科大学病院
福岡県北九州市八幡西区医生ケ丘1-1
TEL:093-603-1611(代表)
http://www.uoeh-u.ac.jp/hospital.html