患者とともに聴覚障害と向き合う
1905年に設立され110余年という長い歴史を持つ名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学講座。8代目となる曾根三千彦教授に講座運営への思いを聞いた。
―講座の概要、愛知県の耳鼻咽喉科医療などを。
耳鼻咽喉科が扱う疾患は聴覚、嗅覚、味覚などの五感に関わるものです。これらの機能障害は患者さんのQOLに大きな影響を及ぼします。当講座は「的確な診断と安全な治療」をモットーに臨床にあたっています。
愛知県内の4医学系大学すべてに耳鼻咽喉科があります。大学や関連病院の垣根を越えて患者さんを紹介し合うことも少なくありません。
私は、現在日本耳鼻咽喉科学会愛知県地方部会の会長を務めています。会長として特に県全体の耳鼻咽喉科医の技術や知識のレベルアップに力を注ぎたいと思っています。
―耳鼻咽喉科は2017年に新専門医制度を開始。
当初の予定通り昨年から始まりました。今年は東京、神奈川、愛知、福岡では専攻医の調整があり、愛知県内の耳鼻咽喉科では本学と名市大が採用人数を減らさざるを得ませんでした。
もともと耳鼻咽喉科は他科と比べると採用人数が少ないにもかかわらず、都市によってはしばりがあるためこのような結果となったことは大変残念です。
東京周辺の県では東京の大学医局から医師が派遣されているケースがあります。今回東京にも採用人数のしばりがあるため、大学が医師を引き上げる事態も起こりえます。医師の派遣を受けていた県では医師不足に陥る県もあります。専門医制度による弊害は、科によって違った形で表れているようです。
―最近のトピックは。
世界的に知られる医学雑誌ランセットは昨年夏、認知症の発症リスクのうち、本人が意図すれば改善可能な九つの危険因子を発表し注目されました。
その中で、45歳以上65歳以下の中年期では、聴力低下に対する対策が最も有効だと報告しています。聴力が低下すると脳が疲労して萎縮を起こす。つまり、聴力の低下を補うことで、認知症になるリスクが下がることになります。
国内でも愛知県大府市の国立長寿医療研究センターが、大府市の住民の聴力と脳の関係を2年ごとに調査研究しています。それによっても聴力の低下と脳の萎縮に関連があることが分かってきています。
当講座では年間に約40例の人工内耳手術をしています。人工内耳装用によって、認知症になることなく最期まで過ごせる高齢の方もいます。
人工内耳は手術費用も含めると一側で約300万円と高額です。
要介護の患者さんにかかる介護費用を試算してみると、大変高額な費用がかかってしまいます。
補聴器、人工内耳などで認知症を予防できるのであれば、介護費用と比べると結果的にコストを抑えることができ、かつ患者さんのQOLにも良い効果があると考えます。
―人工内耳の手術がもたらす患者さんの変化は。
人工内耳を使用する患者さんが、術後どのような生活を送っているか、患者会との交流などを通して理解したいと考えています。患者さんと話をすることでさまざまなことを教えられたり、経験させてもらったりします。
10年ほど前、私が人工内耳の手術を担当した小学生は術後のリハビリなどずいぶん努力を重ねられました。成人になった現在、彼女は「難聴は見えない障害」と言っています。「社会に貢献したい」と東京パラリンピックのレポーターを務めることにもなりました。医療を通じて、患者さんの成長を支えられることも、われわれ「感覚器外科医」の醍醐味(だいごみ)です。
名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学講座耳鼻咽喉科学
名古屋市昭和区鶴舞町65
TEL:052-741-2111(代表)
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/jibika/