医療、教育、福祉まで 手を広げ、すべきことを
九州大学大学院医学研究院耳鼻咽喉科学教室をけん引する中川尚志教授。患者の視点で教育や福祉、国の制度に対しても積極的に発言。そのまなざしは、常に温かい。
―耳鼻咽喉科の役割を聞かせてください。
QOLに大きな影響を与える聴覚、平衡感覚、味覚、嗅覚の感覚器と、顔面神経、音声を担当。失語症などの言語障害は扱いませんが、音声障害、発声障害は診療します。
超高齢社会で重要性を増しているのが嚥下(えんげ)です。最近注目されている口腔内のケアによって誤嚥性肺炎の半数を防ぐことができますが、逆に言うと、残りの半分はそれだけでは防げない。喉の機能が大きく影響するため、われわれの領域でもあるのです。
平衡感覚の障害も、著名人の公表が続き、知られてきました。めまいの10%を占めるメニエール病を含む耳由来のめまいは、症状を訴える人の7割。顔面神経まひは、自然治癒が7割で、3割は後遺症が残ります。いずれも専門家による適切な治療が欠かせません。
しかし、患者さんは、「めまい」「顔面神経まひ」を耳鼻咽喉科が診療するということを知らない場合が多い。医療者の間でも耳鼻咽喉科の仕事が十分に認識されていません。われわれの役割を、医療者に、もっと発信していきたいと思っています。
―国が機能分化を進めています。
大学の役割は臨床、研究、教育。臨床では、高度先進医療のほかに、特殊な機器や高い技術が必要とされる手術、難治性の耳鳴りなどを扱うことが多くなっています。
当大学病院で扱い始めた新しい機器に「軟骨伝導補聴器」があります。通常の補聴器と同じように耳にかけ、軟骨に小さな振動子を当てるだけ。これまで手術による埋め込み型補聴器やヘッドバンド式の補聴器を使用していた「外耳道閉鎖症」の人が、手術不要で使うことができます。
すでに患者さんやご家族が、この補聴器を使いたいと鹿児島、熊本、大分などから来院されています。ただ昨年の11月に発売されたばかりの製品です。試行錯誤しながら、慎重に進めています。
高難度の手術が可能になったのは、顕微鏡や内視鏡、骨を削る機器などの進歩も背景にあります。
われわれは当大学の先端医療工学講座が独自に開発した耳専用ナビゲーションシステムを使用。顕微鏡での手術中に、特定の場所の近くに達すると「警告音」が鳴る機能がついており、顕微鏡から目を離して画面を確認しなくても危険を知ることができるので便利ですね。
―今後の方向性は。
この4月、口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く頭頸部がんに対する重粒子線治療が、保険収載されました。課題はいろいろありますが、機能温存と根治性の両立、患者さんの身体的負担の軽減といった面から、重粒子線治療の件数が増加していくことは間違いないでしょう。
耳鼻咽喉科領域への手術支援ロボットの導入も模索しています。今はまだ耳に対応するほど細かな動きはできませんが、将来的には活用していきたいと思っています。遺伝性難聴などに対する遺伝子治療はまだまだ先になるでしょう。
近年、「手話言語法」を2020年の東京五輪までに制定しようという動きがあります。難聴児が学ぶ特別支援学校で手話を必修教科とすることなどを定める法律です。
日本耳鼻咽喉科学会も応援していますし、私も小児難聴を専門の一つとしている耳鼻咽喉科医として、手話を学ぶ大切さをよく理解しているつもりです。聴覚障害者にとっての手話は音声言語と違い、確実に伝わるからです。
ただ、強調したいのは「手話を学ぶ機会を与える=音声言語での会話を奪う」ではないということ。どちらかを排除するのではなく、共生することが大切です。医療だけでなく福祉、教育の範囲まで大きく手を広げ、できることをしていきたいと考えています。
九州大学大学院医学研究院耳鼻咽喉科学教室
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TEL:092-641-1151(代表)
http://www.qent.med. kyushu-u.ac.jp/