九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
Aちゃんは、2歳の女の子。心室中隔欠損症のため、欠損部をパッチで閉鎖する手術を受けました。術後の経過は順調で、術後2日目にCICUから一般病棟に移りました。
様子がおかしくなったのは、術後8日目のことです。Aちゃんはこの日、午前8時ごろから嘔吐を繰り返し、入院以来ずっと付き添っていたお母さんは、担当看護師に異常を訴えました。報告を受けた主治医は、便秘を疑って浣腸を行い、2、3時間は飲食を控えるようにとの指示を出しました。
その後も、活気のない状態が続き、頻脈、四肢冷感が観察されています。午後3時20分ごろ、朝から尿が出ていないことを確認した担当看護師は、院外にいた主治医に電話し、状況を報告しました。これに対して主治医は、午後5時ごろには戻れるので、それから点滴をすると答えています。
午後4時45分ごろ、Aちゃんは顔面蒼白、口唇チアノーゼとなり、口の中に手を入れて引っ掻くような異常行動を示すようになりました。お母さんの切羽詰まった訴えに、看護師は、主治医がもうすぐ帰ってくるので様子を見ましょうというのみでした。
午後5時15分ごろ、Aちゃんの心臓は停止しました。
Aちゃんの心嚢内には127mlの心嚢液が貯留しており、これによる心タンポナーデが心停止の原因でした。心嚢液を吸引した後、心拍は再開しましたが、Aちゃんには低酸素性虚血性脳症による両上下肢機能全廃の後遺症が残りました。
心膜切開後症候群は、心膜切開を含む心臓手術などを行った後、一定期間を経た後に起こってくるものであり、自己免疫反応と考えられています。好発期間は資料によってかなり異なり、「術後2〜3週間」、「術後1〜8週間」、「術後10日〜2カ月」という
ものがあります。発症頻度も「1.6~39%」と幅がありますが、いずれにせよ、合併症としては珍しいものではなさそうです。
それにもかかわらずこの病気で亡くなったり、重大な後遺症を残したケースをあまり聞かないのは、きちんと注意していれば発見できるものであり、早期に治療を行えば予後が良好だからだと思われます。
本件でも、頻回の嘔吐、頻脈といった症状がみられた時点で、心膜切開後症候群を疑って心エコーを行っていれば、心停止及びそれによる低酸素脳症を回避することは十分に可能だったはずです。主治医は本来、午前中の段階で、便秘を疑う以前に心膜切開後症候群を疑い、心エコーを行うべきでした。
それ以上に、午後、四肢冷感、乏尿、顔面蒼白、口唇チアノーゼ、異常行動といった形で異常が明らかになっていくのに、何の検査もなされなかったことの問題は大きいと思います。この間、主治医は学校検診のために院外に出ていましたが、院内には、ほかの心臓外科医もいたのです。それなのに、看護師は、Aちゃんの異常を主治医にしか伝えず、主治医は、自分が帰院するまで待てというばかりでした。
若い主治医には、自分の患者で先輩を煩わせるわけにはいかないといった遠慮があったのかもしれません。仮にそうであるならば、そのような遠慮はやめてほしい、と患者の立場から切実に願います。もし、そうせざるを得ない医療現場の実体があるのならば、社会全体でそれを共有し、解消していくことを目指す必要があると思います。
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