2020五輪・パラへ 集中治療医学会も一丸
徳島大学大学院医歯薬学研究部救急集中治療医学講座の西村匡司教授は2016年2月から「日本集中治療医学会」の理事長として「集中治療」の質の向上に力を尽くす。2年間の取り組みを振り返る。
―集中治療専門医を取り巻く現状は。
急性発症した重症患者の評価、蘇生、治療などに当たるのが集中治療専門医。ICUを拠点にして働いています。院内外を問わず救急患者や術後の患者への対応に当たります。
国内にいる集中治療専門医は現在1462人。この5年間で特に増えました。2016年の診療報酬改定で集中治療室の管理料が上がったことがきっかけとなって注目が集まり、資格取得を目指す人が多くなったようです。かつては1年間の受験者数は50人程度。ここ数年は約200人が受験しています。
われわれの学会が診療報酬の集中治療室管理料を算定している施設について調査したところ現在全国に約800カ所あることがわかりました。しかし、そのすべてに集中治療専門医が常勤医として配置されているかというと、そうではありません。学会としてはICUの質を担保する意味でも、集中治療専門医を養成していくことが重要な課題だと考えています。
現在、集中治療専門医の研修施設は全国に452施設あります。ただ、研修施設であっても、指導する医師が専任でなく救急科や麻酔科との掛け持ちということも少なくありませんでした。しかし、それでは研修施設としての質を維持するのは難しいのではないでしょうか。
そこでわれわれは「日本集中治療医学会が認定する集中治療専門医が1人以上専従していること」を研修施設の条件として規定。現在この基準を満たしていない場合は2018年3月末までに体制を構築するよう求めています。一つの研修施設に必ず専任の集中治療専門医がいることは、良い人材を育成していく上での基盤だと考えています。
―徳島県の現状は。
徳島大学病院のICUの場合、ベッド数は10床で集中治療専門医が7人います。また、24時間集中治療専門医が待機する体制もできています。しかし、当院のような教育体制ができている施設は全国でもそう多くはありません。
徳島県の場合、集中治療専門医がいるのは大学病院と徳島赤十字病院(小松島市)。研修施設は大学病院だけです。集中治療専門医の場合も、多くは政令都市など都会に集中していますし、同じく研修施設も都市に偏在しているのが実情です。
―理事長として、この2年間力を入れてきたことは。
教育システムの充実です。集中治療の知識や技術を身につけてもらうためには、講演会やセミナーを、学会としてどのように開催していけばいいのか。内容や提供回数などの見直しを進めてきました。
座学ではなく、患者シミュレーターを用いたハンズオンセミナーに比重を置き、臨床現場に役立つような内容に変更。今のところ学会本部が主催するものが多いですが、いずれは、全国に七つある支部それぞれでセミナーが開催できるようにしたいと考えています。地域ごとの実施が可能になれば、参加者の移動の負担も減り、より参加しやすくなると思います。
現在の制度では、集中治療専門医の資格を1度取得すれば、試験などを受けずに更新することができます。しかし、それでは新たな治療情報などを学ぶ機会がほとんどありません。そこで資格更新の際にeラーニングで知識のブラッシュアップができるような方法も構築中です。
また、日本ICU患者データベース(JIPAD)の構築にも力を入れています。国内には2000近いICUがありますが、半数以上が集中治療室管理料を算定していない施設。治療成績にかなり差があると考えられますが、これまでは実態を把握したり評価したりする仕組みがありませんでした。
学会では10年ほど前にJIPADを開始。データベースへの参加施設も少しずつですが増え、現在193カ所です。
―課題は。
集中治療後症候群(PICS:ポスト・インテンシブ・ケア・ユニット・シンドローム)が、近年問題となっています。
これは、ICU入室によって生じる運動機能や認知機能、精神の障害。長期予後に影響を与えるとされています。
高齢者の場合、PICSによって、退院後亡くなっているケースもあると言われていますが、まだその全容はつかめていません。
若い人の場合は、リハビリテーションによって運動機能などが回復し、日常生活を取り戻すことができます。しかし、高齢者の場合、ICU入室の原因となった疾患そのものは治療できても、入室前の日常生活が取り戻せないことがあります。ICUでのPICS対策を考えなければ、長期療養型の患者さんを新たにつくってしまうことにもなりかねないのです。
ICUでの治療を終えた後も、日常生活が送れるような機能を維持して在宅にお返しする。それは当学会としての社会に対する責務だと思います。4月の診療報酬の改定では、ICUでのリハビリ実施などが、集中治療室管理料の算定の要件に盛り込まれる見通しです。
PICSは今、日本のみならず世界の共通の課題になっています。ICUに入室する患者さんの半数が65歳以上の高齢者という日本の今後の対応は、世界からも注目されています。
―2020年の東京オリンピックに向け、学会として協力体制を作っているそうですね。
東京オリンピックでは傷病者への救急医療だけでなく、テロなどを想定した災害医療対策についても組織的に対応しなければなりません。
2017年には「2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急・災害医療体制を検討する学術連合体(コンソーシアム)」が発足。われわれの日本集中治療医学会を含む災害や救急医療に関連する7学会が連携し、救急災害医療の体制の構築に取り組んでいます。
海外の場合、テロなどの対応マニュアルがありますがこれまで日本にはそのようなマニュアルはありませんでした。このコンソーシアムのように複数の学会が連携して災害やテロに備えるシステム作りに参画するのは当学会も初めてですが、国際的な催しの際には今後必要なものです。
ICUを持つ病院が関東地区を中心にどれくらいあるのか。災害時にICUを持つ病院がどのような対応をしなければならないのか。当学会では具体的な患者の受け入れ体制などについて調査や検討をしなければならないと考えています。学会としても一丸となって協力していきます。
―今後取り組みたいことなど。
医学部生用に、集中治療専門医の仕事内容などをわかりやすくまとめた「教科書」を作りたいと思います。すでに集中治療専門医を目指す医師向けのものはあります。
しかし、医学部生から「集中治療専門医は一体何をする医師ですか?」と聞かれた時、集中治療専門医自身も意外に答えにくい、という声もよく聞かれます。
学生時代からこのような教科書でわれわれの仕事を知ってもらうことは重要なことだと考えています。
徳島大学大学院 医歯薬学研究部 救急集中治療医学講座
徳島市蔵本町3-18-15
TEL:088-633-9116
http://tokudai-icu.org/ja/