被災地が自立するために忘れてはならないこと
「災害医療に正解はない。だからこそ反省を次に生かすことが重要」。災害拠点病院である三田尻病院。豊田秀二院長が被災地での経験を通して気づいたことは―。
◎使命感が災害医療に与える影響とは?
被災地がどう復興していくのかを見届けたいと思い、毎年、宮城県石巻市、南三陸町、女川町などを訪ねています。
東日本大震災直後の2011年3月から4月にかけて、JMATとして3度、南三陸町で活動。疲れ果てていた私たちに、ある1軒のホテルが「温泉に浸かって体を休めてください」と声をかけてくれました。
東北地方を訪れた際はいつもそのホテルに宿泊しています。年々料理やサービスの内容も充実。今ではたくさんの利用客がいて、宿泊料も少し上がりました(笑)。これも、一つの復興の象徴ですね。
活動する中で私が学んだことは、災害医療は施しになってはいけないということでした。
ある時期から、急速に外部支援の受け入れを縮小させていった地域がありました。なぜだろうと思っていたら、地域医療を活性化して立ち直るためにあえて援助を制限していたのですね。
もしかしたら、私たちは任務を遂行することにとらわれていたのかもしれない。地域が自立していくためには、あくまで縁の下で支える存在でなければならないと気づかされました。
近年、医師の心理と災害医療に関する研究なども進んでいます。指摘されているのは、医師の使命感が、ときとして災害現場では円滑な医療の妨げになること。自分が治療した患者さんは自分で最後までケアしたい。地域を守り抜きたい。そんな思いが強くなる。
しかし、医療資源が極端に不足している状況下では、患者さんを被災地の「外」に出すことが非常に大切なのです。
阪神・淡路大震災ではほとんど広域搬送がなされませんでした。クラッシュ症候群で亡くなった方は数百人。災害現場における医療体制の見直しが図られ発足したDMATの訓練の内容は、がれきの下にもぐりこんでの治療などクラッシュ症候群への対応が主でした。
誰もがその訓練を重ねることで、次の大災害が起きても乗り切ることができるのではないかと思っていました。でも、東日本大震災はまったく性質の異なる災害でした。
津波による広範な被害を受け、がれきは水に浸かっていた。DMATは素早く現地に到着したものの、力をフルに発揮できたとは言い難いのです。
それでも東日本大震災後の数年ほどは、災害医療チームはうまく機能したのではないかという意見も多く、私としては違和感を覚えました。
しかし、時間がたつにつれて、さまざまな反省点が議論されるようになり、見落としていたものが少しずつ見えるようになってきました。良かった点ばかりを振り返っても改善にはつながりません。失敗を次に生かすことが重要です。
◎ただの負け戦にするつもりはない
熊本地震でも反省点はたくさんありました。一方では、これまでの経験をしっかりと生かすことができた場面もあったと思います。
私たちはある病院の避難を支援し、佐賀県の医療機関などに分散して患者さんを搬送しました。もともと有事には互いに患者さんを受け入れるという取り決めになっていたそうですが、具体的にどうやって搬送するかというノウハウはなかったのです。当初は「バスに看護師だけを乗せる」と考えていたというのを、急変に備えて医師の同乗を提案し無事に送り届けました。
とっさの事態に対応するとき、日ごろから災害に対する意識が高い人であっても、冷静な判断はできなくなるものです。私たちの経験は、そんなときにこそ生かされなければならない。
山口県は企業誘致においても「地震のリスクが低い」点をアピールするなど、自然災害の被害を受けにくいというイメージを前面に出してきました。その分、災害対策については、やや後手後手になっている感は否めません。そんな中で起こった熊本地震によって、日本のどこが被災しても不思議ではないことをようやく実感した。以前に比べれば熱が高まりつつあるところです。
山口県内には私を含めて8人の災害医療コーディネーターがいます。災害時には県庁でDMATなどの派遣や医療機関の受け入れ、県外搬送などの調整役を担います。
かねてから、8人がそろった研修を実現できないかと考えていました。そこで1月、当院で「地域災害医療コーディネーター研修会」を開催。県外の講師を招き、行政の職員をはじめ、多様な職種が集まりました。
会は一定の成果を収めることができたのではないかと思います。これから行政も巻き込んだ動きとして発展させていけたらと考えています。
南海トラフ地震で大きな被害を受けると言われている各地域では具体的な被害を想定し、積極的な訓練が重ねられています。中四国地方の災害時の広域協定において、山口県と高知県はカウンターパートの関係。私も高知県に足を運び、訓練の様子を見る機会があります。
訓練の際に現地の医療者から聞くのは、南海トラフ地震が発生したら「おそらく打ちひしがれることになるだろう」。けれど、「ただの負け戦にするつもりはない」という言葉です。
◎日常の診療とも重なる部分がある
「起こるかもしれない災害」を病院の訓練に落とし込むのも、職員の意識を高めるのも、簡単なことではありません。市民の関心が高まっていると言っても、まだまだ正しい情報が浸透しているとは言えないと思います。でも、ほんの少しずつでも前進できれば、それだけ助かる命を増やすことができます。
当院の場合、まずは防災訓練の延長として机上訓練を始めました。災害医療に絶対的な正解はありません。混乱した状況の中で、どう被害を最小限にとどめるかを優先する。そうした考え方が大事だと意識してもらうことが目的です。
消防署の職員にも参加してもらってアドバイスを受けました。訓練を繰り返していく中で、今度は消防署から当院を使わせてほしいというオファーがあり、はしご車が出動する大掛かりな訓練に発展。貴重なノウハウを積んでいます。
いつか、防府市の医療機関がすべて参加した訓練を実施してみたい。有事の備えとしてはもちろん、互いの取り組みや状況が見えることで、救急医療の連携などにもつながっていくでしょう。災害医療を根付かせることが、地域医療そのものを活性化することになるのではないかと思います。
東北大学では震災後に患者さんを受け入れるとき、「何科の病棟であろうと目の前の患者さんに合わせた医療を」と全館放送で呼びかけたそうです。災害医療の本質を表している言葉ではないでしょうか。
私は外科医ですが、普段の外来診療で診ているのは半数が専門外の患者さん。いわば毎日トリアージしているようなものです。災害医療とオーバーラップするものがあると思いますし、実際、この経験が現場でかなり役立っていると感じます。
専門領域に特化した医療チームも欠かせない。同時に災害医療では多くの場面で、どんな人でも診る姿勢が必要になる。自分がやりたい医療をやるのではありません。求められているものに自分を変化させることが、最も大事だと思います。
医療法人神徳会 三田尻病院
山口県防府市お茶屋町3-27
TEL:0835-22-1110(代表)
http://www.mitajiri.net/