世界にエビデンスを地域に最高の医療を
臨床と研究を両輪として「最高の医療を目指したい」と岡田裕之教授は語る。積極的にさまざまな医療を取り込み、希少疾患からがんまで治療。他科や各地の医療機関との連携、再生医療の活用なども進めている。教室の「今」に迫った。
数少ない「POEM」実施施設
―近年の教室の動きを教えてください。
旧第一内科時代から数えて当教室の歴史は100年を超え、中四国地域の消化器病学、肝臓病学の発展に努めてきました。私が最も重視しているのは、基礎研究と臨床研究のバランスです。
数多くの関連病院とのネットワークを生かして積極的に多施設共同研究などを推進し、ここ岡山から世界に向けて新しいエビデンスを発信する。「研究のための研究」で終わらせるのではなく、実臨床を見すえた基礎研究に取り組む。それを地域の患者さんに還元していく―。これが私たちのスローガンです。
地域の方々に最高の医療を提供するためにも、先駆的な領域に挑むことが大学病院の役割だと考えています。
例えば当教室は、国内におよそ10カ所ある「POEM(経口内視鏡的筋層切開術)」が可能な施設の一つです。10万人に1人程度の割合で発症すると言われている食道アカラシアに対して、POEMを実施しています。
発症すると食道の筋肉が緩まなくなり、食べたものが食道から胃へ通過しにくくなります。嚥下(えんげ)障害や就寝中の嘔吐、中には胸の痛みに襲われるケースもあります。発症の原因は明らかになっていません。
まれな疾患とされていますが、見過ごされている「隠れアカラシア」を含めると患者さんの数はもっと多いのではないかとも言われています。主な治療法としては薬物療法、内視鏡によるバルーン拡張術、腹腔鏡下筋層切開術などがあります。
POEMは昭和大学江東豊洲病院消化器センターの井上晴洋教授が考案した治療法で、2008年に第1例が施行されました。食道を締め付けている筋層を経口内視鏡によって内側から切開。通過障害の原因を取り除く手法です。
腹腔鏡手術と比較して低侵襲、短時間で終了します。バルーンでの拡張は狭窄の再発が課題ですが、POEMは再発率も低く合併症も起きていません。井上教授のレクチャーを受けた当教室のドクターが中心となり、症例数を重ねています。
消化器疾患の難関領域に連携の力で挑む
―再生医療分野とのかかわりは。
早期咽頭がんに対するESD(内視鏡的粘膜下層はく離術)後の課題の克服に向けた臨床研究を東京女子医科大学と共同で進めています。
術後の合併症として癒着に伴う「ひきつり」によって食道の狭窄が起こり、誤嚥性肺炎などに至ることがあります。そこで、東京女子医科大学が再生医療技術を用いて開発した「細胞シート」による予防法の確立を目指しています。
現在は、狭窄を予防するための方法として主にバルーン拡張術が用いられています。しかし何度も拡張術を繰り返さなければならない症例も多く患者さんのQOLは著しく低下するのです。
本臨床研究は、細胞シートを病変の切除部分に移植して癒着を防ぎ、治癒を促進するものです。動物モデルでは有効性が証明されており、次のフェーズとして、ヒトでの臨床研究の準備を進めています。
―他の診療科とはどのような連携を。
消化器疾患の領域の中で、壁が薄くて穴を空けてしまう可能性があり、また形状が複雑な十二指腸は、手術の難易度が高い臓器と言われてきました。腫瘍を切除できても術後に胆汁や膵液にさらされて、潰瘍部分に穴が開いてしまう可能性があります。
十二指腸や膵臓は後腹膜(腹部の後方)に位置しており、膵液の流入を防ぐための手術のハードルが高い。場合によっては、膵臓すべてを摘出しなければならないこともあります。
十二指腸の腫瘍に対するアプローチとして、当教室では消化器外科と連携して「LECS(腹腔鏡・内視鏡合同手術)」に取り組んでいます。
内視鏡治療と腹腔鏡手術の利点を組み合わせて腫瘍を切除するLECSは、現在、胃粘膜下腫瘍を中心に実施されています。その手技を、十二指腸の治療に応用しているというわけです。
内視鏡のみでの腫瘍の切除は極めて高度な技術が要求される上、潰瘍を閉鎖することができず遅発性穿孔などのリスクがあります。腹腔鏡では腫瘍の正確な位置やサイズをつかみづらく、広い範囲の切除にならざるを得ません。
LECSでは、まず内視鏡によって病変を剥ぎ取った後、腹腔鏡で切除範囲の十二指腸壁を縫いこんで補強します。
切除範囲を正確に把握することができるので、最小限の切除にとどめることができます。さらに、切り取った後にできる「穴」を閉鎖し、胆汁や膵液が十二指腸に流れ込むリスクを低減します。
胃粘膜下腫瘍などに対するLECSはすでに保険適用となっています。十二指腸腫瘍に対するLECSについても、先進医療としての承認を目指し、症例数を積み重ねています。
切磋琢磨していける環境がある
―教育面で力を入れていることは。
今、国内において、当教室だけが進めているプロジェクトがあります。
一つは超音波内視鏡ガイド下で膵神経内分泌腫瘍にエタノールを注入する「PEIT(経皮的エタノール注入療法)」。これまで肝臓がんに対する実施例はありますが、膵臓がんに対するPEITは私たちが初めてです。
もう一つは、岡山大学が2000年に発見したがん抑制遺伝子「REIC」による肝臓がんの治療法の研究です。
REICは前立腺がんや悪性中皮腫など、さまざまながん細胞の発現を抑えることが認められています。
さらに、強力な抗がん腫瘍免疫を誘導します。将来的には、あらゆるがんに適応可能な遺伝子治療としての確立を目指します。
「これから」の医療に目を向けることができるのも、やはり意欲のあるスタッフが集まり、切磋琢磨できる環境があるからだと思います。
当教室は、消化管、肝臓、胆膵、免疫研究、トランスレーショナルリサーチ、腫瘍研究の六つのグループに分かれており、それぞれの専門領域において、臨床と研究に力を入れています。
例えば、消化管グループは、新しい内視鏡デバイスを使ったがんの早期スクリーニング法や診断法の開発に取り組んでいます。
免疫関連研究グループでは、慢性消化器炎症や消化器がんをターゲットとして、慢性炎症をどのようにコントロールすればがんの発症を抑制できるのか、そのメカニズムの解析と最適なコントロール法などを研究しています。
どのグループでも、臨床で生じた疑問を基礎研究で解決し、それを臨床研究で証明。患者さんの診療にフィードバックすることを基本的なスタンスとしています。
また、多くの症例数を経験することを重視し、希少な症例の場合は、より深く掘り下げることを心がけています。経験した一例一例を大切にし、過去の症例の振り返りや、基礎医学教室と協力した検討を行い、論文の発表を念頭に置く。そのようなリサーチマインドをもって日常の診療に臨む姿勢の重要性も、私がいつもスタッフに伝えていることです。
教室の環境を整備するのは、教授である私の大事な仕事の一つです。教室の方針を明確にすることで、一体感も強まり、グループ間の連携なども促進されると考えています。
進化するためには、たしかな技術の修得も不可欠です。例えば当教室で実施しているESDの症例数は食道、咽頭、大腸、胃を合わせて年間およそ330件。その多くは他の医療機関で治療困難だったり、重篤な合併症があったりする患者さんです。
全周性の食道がんの切除などを経験し、徹底したトレーニングを積んでいます。それが、新しい技術を積極的に取り込んでいこうというモチベーションにもつながっているのでしょう。
現在、大阪国際がんセンターをはじめ、各地のハイボリュームセンターへの国内留学を推進しています。がん治療の最前線で磨いたスキルを当教室に持ち帰ってもらい、医局員が刺激を受ける。そんないい循環が生まれています。大阪国際がんセンターについては今年の4月、連携大学院になる予定です。
基礎研究の人材を充実させたい
―今後の教室づくりでは何が大切でしょうか。
教室がさらに発展していくためにも、引き続き人員の充実に力を注ぎたいと思います。幸いにも医局員は増加していますので、臨床面の底上げは順調に進んでいると感じています。
一方で近年の傾向として、基礎研究に関心を寄せる人が減少しつつあるとも感じています。
2004年に新医師臨床研修制度がスタートして以降、関連病院などでの臨床研修を経て大学に戻ってくる流れになりました。基礎研究との接点が限られ、ハードルが高いと感じてしまっているのではないでしょうか。
大学という機関の役割を果たすためにも、基礎研究を継続し、しっかりと指導できる立場になっていける人材の育成も必要と考えています。
もちろん、誰もが基礎研究をしなければならないというわけではありません。一人一人に適した場所を用意し、能力を最大限に発揮できる教室でありたいと常に思っています。
基礎研究を推進する取り組みの一環として、海外留学もバックアップしています。
海外留学を契機に帰国後の研究姿勢が変化したり、新たな視点で医療をとらえることができるようになった医局員などもいます。やはり、研究や生活環境が大きく変わるぶん、受ける刺激も多いようです。
基礎研究を少しでも身近に感じてほしいとの思いから、昨年、大学院生を対象とした「基礎研究の入門講座」も始めました。週に1度、毎回1時間で、私たちが今どのような研究を進めているのか、魅力はどんな点にあるのか、実際に見てもらう試みです。
参加者の反応はおおむね好評だと受け止めています。成果として現れるのはまだ先かもしれませんが、基礎研究に対するイメージを変えるきっかけの一つになればと願っています。
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 消化器・肝臓内科学
岡山市北区鹿田町2-5-1
TEL:086-223-7151(代表)
http://www.okayama-gastro.com/