恵那市10年ぶりの分娩施設開設までの軌跡
2017年4月、恵那市内で唯一の分娩施設となる産婦人科が市立恵那病院に開設され、同年11月に第一号となる女児が誕生した。同市で分娩できるようになったのは10年ぶり。産科医を中心とした多職種による産科医療体制と市立恵那病院の独自の取り組みを聞いた。
◎恵那市に10年ぶりとなる分娩施設が開設
2007年5月、人口約5万2000人の恵那市内で唯一の個人産科医院が後継者不足により閉院。その後10年間、恵那市には分娩できる医療施設がありませんでした。
恵那市内における分娩施設の開設を求める市民の声を受け、恵那市から市立恵那病院を管理・運営する公益社団法人地域医療振興協会が産科立ち上げの要請を受けて、当院に産科を新設することが決定。総工費85億円をかけ、産婦人科病棟および産婦人科外来を新設した新病院が2016年11月に完成しました。
翌春には、1987年からへき地・離島で総合診療をしてきた産婦人科医、伊藤雄二医師が産婦人科部長として着任。こうして新病院の完成から5カ月後、当院での産婦人科の運用が開始したのです。同年10月には総合診療医で産婦人科の専門医である医師が1人加わり、産婦人科は常勤2人体制になりました。
しかし通常業務に加えて、いつ起きるかもわからない分娩に産婦人科医2人で対応するのは難しく、診療科間での繁忙度にも不均衡が生じてしまいます。
そこで診療科の枠を超えて産婦人科以外の医師にも妊産婦診療を手伝ってもらい、産婦人科の医師も手が空いている時は他の診療科での診療や当直で一般の救急外来を受け持つような協力体制を構築していきました。
◎「ALSO」であらゆる産科救急に対応
日本で数十年前まで産婆さんや助産師が自宅で赤ちゃんを取り上げていたように、アメリカでは産科専門医ではなく総合診療医が正常な出産を扱うことも少なくありません。
しかし日本の医療は細分化し、産科医師立ち会いのもと病院で出産することが当たり前になってきました。それと同時に出産が無事に行われることが当たり前で、何か問題が起きればすぐに医療側の責任を問うように患者の意識や求めるものも大きく変わってきました。
限られたマンパワーの中でゼロから作り上げた分娩機能を維持するには、医師・助産師一人ひとりのスキルアップを図ることが重要です。
市立恵那病院では「産婦人科だけでなく総合診療のできる産婦人科医を市立恵那病院で養成する」ことを目的として「恵那プロジェクト」を始動しました。その一環として、地域医療振興協会で総合診療ができる産婦人科医を養成する「総合診療産婦人科養成センター長」を務める伊藤医師が中心となり、5年前から実技講習会「ALSO(医師・助産師などの医療提供者を対象とした周産期救急医療の教育コース)」を実施しています。
これはアメリカで始まったシステムで、インストラクターの指導のもと、分娩模型を使っての分娩手技練習や、難産や出産時に出血が多い場合、早期に破水した場合といったあらゆる状況における対応などを2日間、実技や座学を通して学びます。
参加者は各診療科の医師や助産師などさまざまで、当院では内科の医師が2人受講したほか外科を専門とする私も受講し、受講者の中で最高齢ながら修了試験も無事にパスしました。インターネット上で募集をかけると毎回全国から応募が殺到するため、数日で募集を締め切ることも珍しくありません。
現在はまだリスクの少ない正常分娩や帝王切開のみを取り扱っていますが、4月には新生児医療を専門にしている医師が常勤医として着任することもあり、今後はリスクが中程度の分娩も受け入れる体制を徐々に整備していきます。
◎地域医療振興協会での医療連携
当院が所属する「公益社団法人地域医療振興協会」は九つの基幹型臨床研修病院を含む24の病院と50の診療所や介護老人保健施設、看護学校など、全国74カ所の施設を運営しています。
新病院が開院する5年以上前から助産師の募集を開始しました。
入職前から地域医療振興協会に所属する東京ベイ・浦安市川医療センター(千葉県)や伊東市民病院(静岡県)などに就業し、数週間〜数年間、分娩をはじめとする助産研修で鍛錬を積み、分娩再開に向けた準備を進めました。
協会に所属する練馬光が丘病院(東京都)には放射線専門医が複数いて、同協会に属する医療機関で行われたCTおよびMRI検査の遠隔読影をしています。
検査データを送ると電子カルテに読影レポートを記載・報告してくれるシステムで、疑問に思う点は電話などで直接問い合わせることもできます。緊急症例など急ぎの要望を出せば平日の場合は10分程度で読影結果が返ってきます。
遠隔読影する患者で過去に同じ検査が施されていれば、比較読影もしてくれます。当院の規模では放射線専門医を抱えるには過剰な人材投資になってしまうのですが、このようにコンサルテーションができるので助かっています。
協会内における各医療機関の仲間意識も強く、新病院の立ち上げや、急病や育児休暇で人手不足が生じた時には医師や看護師、薬剤師、リハビリスタッフ、事務職員などを派遣し合う応援体制ができています。
常勤の医師が少なくてもこうした有効なネットワークを利用することで施設が持つ機能以上に高レベルな医療を提供することができています。
◎市立恵那病院の今後の展開
産婦人科に限らず、総合診療医が診てその範囲を超える場合は適切な専門医に引き継いで治療の道筋を決める。その方法ならば総合診療医が7割、専門医が3割ほどの割合でも運営がうまくいくと考えています。
実際、外科における乳がんの手術に産婦人科医が参加したり、放射線技師による週に一度の読影研修にはさまざまな科の医師が自主的に参加したりと、総合診療的な姿勢が根付いています。
産婦人科は妊娠・出産だけでなく、婦人科腫瘍、更年期障害など女性の一生に関わる診療科です。産婦人科を開設する前から助産師による育児相談や妊産婦ケアを行っており、産婦人科の病床の一部は産後ケアの病床として使用しています。
産婦人科開設の際には地域の開業医を受診している妊産婦の受け入れはしないなど競合を避けるように調整しました。
2007年、全国に1087あった分娩施設は2016年には1010まで減少するなど、医師の多い都市部を中心に「分娩取扱施設の集約化」が進んでいます。そういった背景で、地方都市においてゼロから分娩できる体制を構築したことは革命的なことだと思うのです。
特に当院での出産が可能になったことで増えるであろう「里帰り出産」は、親族が集まり家族の絆が深まる素晴らしいライフイベントです。
「地域住民のために、質の高い、思いやりあふれる地域包括医療を展開します」という当院の基本理念を軸に置き、今後は恵那市および隣接する地域の基幹病院として、近隣の医療・福祉施設と連携しながらこの地域の医療を充実させていきます。
公益社団法人 地域医療振興協会市立恵那病院
岐阜県恵那市大井町2725
TEL:0573-26-2121(代表)
http://www.enahosp.jp