麻酔科医療の質を高めたい
愛媛県の麻酔科医療を支える愛媛大学大学院医学系研究科 麻酔・周術期学講座。高機能な患者シミュレーターを用いた教育プログラムを積極的に取り入れるなど、より安全な麻酔科医療の提供に尽力する。
-講座の概要や県での役割などは。
当講座の大きな役割の一つは、まず手術を実施している地域の基幹病院に麻酔科専門医を派遣すること。現在は、県立の3病院など関連病院が12病院あります。
医局のスタッフは27人です。そのうち手術の麻酔を主に担当しているのが22人、集中治療が3人、ペインクリニックや緩和医療分野に携わるのが2人です。近年、麻酔科医療は周術期以外の分野にも需要が拡大していますので、それらに対応するためのスタッフも養成しています。
愛媛大学医学部附属病院では年間約6600件の手術を実施。そのうち約5000件の手術に麻酔科が関わっています。
近年の特徴は、手術を受ける患者さんの高齢化です。ここ10年ほどでその傾向が強まっています。2016年度の統計では、手術を受けた患者さんの中で80歳以上が占める割合が全体の約9%。65歳以上が占める割合は38%でした。
65歳以上の患者さんの場合、高血圧や糖尿病、重症な場合は心不全といった何らかの疾患を持っています。麻酔科は術中、術後の全身管理などを外科系診療科医師と協力しながら一層慎重に進める必要があります。
-働き方についての工夫などは。
麻酔科は女性医師の比率が高いのが特徴です。当講座では11人が女性で、そのうち5人が子育てをしています。子育て中のスタッフは、当直勤務はできませんので、短時間勤務にする一方で、昼間の時間帯にできる学生教育などを担当してもらいます。
本学には院内保育所の「あいあいキッズ」があります。医師や看護師のお子さんを対象とした保育施設なので、延長保育、夜間保育なども整備されています。
当講座の場合、比較的早くから女性の比率が高かったこともあり、「お互いさま」の精神で、働き方の多様性を受け入れてきたように思います。
また、子育て中の女性医師が「当直はできないけれども昼間は頑張る」という意識を持って率先して仕事をやってくれている点も、大いに助かっています。女性医師にとっても、働き続ける先輩女性医師が身近にいることは、自身のキャリアプランを立てる際の参考になると思います。
私の役割は、仕事の量や質のバランスを考えてスタッフの働き方を調整すること。例えば「当直をした場合、翌日は必ずオフにする」といったような配慮です。すべてを平等にすることはできませんが、スタッフの様子を常に注意深く見ていくようにしています。
-麻酔科医の教育への取り組みは。
外科手術は、手術支援ロボット、TAVI(経カテーテル的大動脈弁置換術)など、先進的な手術が次々に登場しています。このため、麻酔科医も手術の発展に対応できるように技術の向上を図らなければなりません。
さらに本学附属病院では、小児の心臓外科手術も実施していますので小児の分野でも幅広い麻酔の経験を積むことができます。
当科の場合、医学生や初期研修医の教育は、麻酔科医になって2、3年目の医師が担当し「1対1」で指導するようにしています。その指導医を教育するのは3年目から5年目の医師。そして、その上にわれわれベテランがいます。いわゆる屋根瓦方式での教育システムを取り入れています。
高機能な患者シミュレーターを使った実践的な教育にも取り組んでいます。
学生や研修医に対して麻酔の一連の流れを理解させる内容で、1回のプログラムは2時間30分程度です。2011年にこのプログラムを取り入れてから、これまで300回ほど実施しました。
このシミュレーターには人体の循環、呼吸生理のモデルを組み込んでいます。そのため自発呼吸の動きもできますし、呼吸音や心音が聞こえ、二酸化炭素を吐き出し、対光反射もある。まるで本当の人間のように動作します。何か対応に不備があると呼吸や循環の状態が悪くなるようにプログラミングされています。
シミュレーターは麻酔薬が効けば呼吸が浅くなりますし、手術室でやっているのと同様に、気管挿管をすることもできます。危機的状態に対応するシナリオトレーニングも可能です。麻酔科の手技は一歩間違えば命に関わるものです。医学生や初期研修医が臨床現場に出る前にシミュレーターで実践することは大変重要です。
-今年9月開催の「日本麻酔科学会中国・四国支部第55回学術集会」の会長です。
テーマを「麻酔科医療の品質管理」としました。麻酔科医は、周術期の患者さんの安全確保に力を尽くします。それと同時に、麻酔科医療における循環管理、呼吸管理、輸液輸血管理、術後疼痛(とうつう)管理など、麻酔科医療の品質を高めていく努力も重要です。
薬剤の選び方によっては、がんの手術後の長期予後に影響する可能性を示唆するデータがあります。また、手術中の血圧管理がうまくいかなかった場合には脳梗塞や心筋梗塞などの合併症を起こしやすいというデータも発表されています。
手術中の生命は守られたけれども、麻酔科医療の質の良し悪しによっては、患者さんの生命予後に影響を与える可能性があることにも、もっと関心を持つ必要があると考えています。
外科手術は進歩し、今後ますます低侵襲になっていくと予想されます。われわれ麻酔科医も、外科系診療科医師と両輪になって、より良い手術を実施できるような麻酔管理を提供できるように努力し続けなければなりません。
-課題は。
麻酔科医の確保です。そのためには医学生や研修医に麻酔科医療の魅力を伝えて、麻酔科を選んでもらうようにしなければなりません。
新たな専門医制度が2018年4月にスタートします。新制度では初期研修を終えると専攻医として診療科を選択し、研修を開始します。2018年度の専攻医の登録は2017年10月からでしたが、2018年は登録の時期が早まり8月ごろになりそうです。
研修医は従来、初期研修2年間のうちに専門診療科を決めれば良かったのが、1年あまりで決断しなければいけなくなりました。われわれとしても、医学生の段階から、麻酔科医の仕事のやりがいを伝えられるような方法を考えていかなければならないと思います。
麻酔科医にとっては、手術は日々実施されているものですが、患者さんにとっては一生に一度経験するかどうかというものです。そして患者さんは「麻酔は安全に進められるもの」と考えています。その信頼に応えることがやりがいにつながっています。
麻酔科医の技量は手術の成否に大きく関わります。外科医のような主役ではありませんが、患者さんを支える重要な役割であることに心引かれる感性の持ち主に出会えることを期待しています。
愛媛大学大学院医学系研究科麻酔・周術期学講座
愛媛県東温市志津川
TEL:089-964-5111(代表)
https://www.m.ehime-u.ac.jp/
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