地域の麻酔科医療を教育の充実で支える
1967年に設立された徳島大学麻酔・疼痛(とうつう)治療医学分野。第3代教授となった田中克哉教授は、周術期管理以外の分野に拡大しつつある麻酔科医の育成に力を注ぐ。
-講座の特徴や運営で力を入れてきたことは。
現在、医局員は27人で、そのうち13人が女性です。女性の医師が増えているのは全国的な傾向ですが、当講座は以前から女性の比率が多い方だと思います。
私は入局以来、手術の麻酔を専門に扱ってきました。このため、周術期の麻酔を安心、安全に提供することを第一に掲げて講座運営を進めてきました。
現在も麻酔科医の大部分は手術室に勤務していますが、近年は、集中治療、ペインクリニック、緩和医療と役割が広がっています。これに伴い、さまざまな分野に携わる麻酔科医を育てていくことが、私の使命だと考えています。
-麻酔科が管理する手術の傾向は。
徳島大学病院には手術室が14室あり、歯科専用や周産期の緊急対応の2室を除いた12室の手術室で運営しています。
手術は右肩上がりで件数が増加しています。麻酔科が担当する手術件数も増加の一途をたどり、昨年は年間約4350件の手術に携わりました。10年ほど前と比較すると、60%以上も増加しています。
そのほとんどが全身麻酔ですが、それ以外にも局所麻酔、そして全身麻酔と局所麻酔を併用したものなどがあります。1日に平均20件前後の手術を扱います。
私が医師になりたての1990年代前半は、胃がんの手術を多く手がけていました。近年は胃がん、あるいは肝臓がんの手術は減り、代わって乳がん、大腸がんが増加しています。
外科手術の進化により周術期の麻酔の分野も、心臓血管麻酔、産科麻酔、小児麻酔、老年麻酔と専門分化が進んでいます。心臓血管麻酔の分野で言えば、本学は2017年、TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)を開始。心臓血管外科医を中心とした多職種の「ハートチーム」を作って取り組んでいます。
-女性麻酔科医が産後も働き続けられるようサポートする制度が整っているそうですね。
9人が「子育て支援コース」を選択して、出産後も働き続けています。
このコースは「当直や当直待機なし」「勤務時間は朝のカンファレンスから午後5時15分まで」「子どもの病気などによって急に休みを取得することはOK」という三つの項目を掲げているコース。導入から10年が経過しました。
もともとは私が医局長だった時に始めたシステムです。当時、私の10歳ほど上の先輩には女性が2人いて、結婚しても子どもが生まれても仕事を続けて頑張っていました。しかし、その2人以降は、入局者の中に女性がいても5年後には全く残っていないような状態でした。
その頃、医学部に入学する学生の3、4割が女性。このまま女性麻酔科医が定着しなければ、当講座の存続にさえ影響すると考えました。
そんな時、ある学会で1級下の後輩と再会。後輩は夫の仕事の関係で大阪に引っ越し、勤務先も大阪に変わっていました。そこで、当講座の状況を話すと、「近畿のある大学では女性麻酔科医が働きやすい体制を整備している」という情報を教えてくれたのです。
さっそく調べてみるとその大学では女性麻酔科医が医局に多数勤務。働き方を変えることが女性医師の定着につながっていることが分かりました。そこで、当時の教授に女性支援システムの整備を要望。導入することができたのです。
「子育て支援コース」を打ち出してからは、結婚や出産を理由に辞める女性がほとんどいなくなりました。支援コースの女性たちは当直や当直待機をしませんが、昼間は一生懸命働いています。
また、「子どもが大きくなったのでコースを卒業して当直に入ります」と言う女性医師も徐々に出始めています。産後もキャリアを積む彼女たちの背中を見て、後輩の女性医師が参考にしてくれるようになると考えています。
その一方で、男性の医師や、結婚、出産をしていない女性の医師が、仕事に対する不満を感じることがないように、コミュニケーションをしっかりとることで対応するようにしています。
他大学や他の診療科の女性医師と話すと、子育てをしながらキャリアも積んできた人の多くは「医師の仕事を辞めずに続けて良かった」と言う。子育て、すなわち子どもの未来だけでなく自分自身の未来の姿をイメージして、さまざまな選択をしていってほしいと思います。
-麻酔科医の「質」の担保の方策は。
まず「教育」だと思っています。「手技」をきちんと教えること。加えて、常に最悪の事態を想定して、突発的なことが起こってもきちんと冷静に対応できる「考え方」を持つことができるように指導しなければなりません。
また、初期研修医の指導に関しては、研修医1人に対して医局スタッフが1人で対応します。1対1のきめ細かな指導をしたいと考えています。
スタッフルームには、麻酔科専門医試験の実技試験に使われる患者シミュレーターを数台整備。気管挿管や硬膜外麻酔のシミュレーションを常に実施できる環境を作っています。そして、医局スタッフが医学部生や初期研修医、後期研修医に手技を指導します。
加えてスタッフ、後期研修医は全員テーマを決めて、初期研修医に対して「循環管理」「呼吸管理」といったテーマでミニレクチャーをします。初期研修医にとっても役立ちますが、レクチャーをする立場になることで、情報の整理ができますし、足りないスキルや知識を自分自身で知ることもできます。
また、日本麻酔科学会専門医試験の対策としては、前年に専門医試験に合格した先輩を交えながら実技試験や口頭試問のポイントなどを指導しています。
-研究についての考え方や課題は。
医師にとっては新しい研究を追い求めていく研究マインドを持ち続けることが進歩の第一歩だと考えます。臨床で疑問を見つけ、臨床研究でデータを集めていくよう指導しています。それが、麻酔科医療の質の向上につながるような研究になればなお良い。
国立大学で唯一医学部に栄養学科を持っていますので、そちらと共同で研究を進めているテーマは特徴的だと思います。通常、全身麻酔で手術をする場合、多くは前日から絶食になります。
しかし、当日に栄養価のある飲み物を飲んで、空腹感を感じない状況で手術に臨むと手術の満足度が全く違ってくることがわかってきました。
手術の満足度が上がることによって、患者さんの予後がどのように変化するか。今後も麻酔と栄養の関連性をもとに見極めて、臨床にいかに取り入れていくかについて研究を続けていきます。
県内外には麻酔科専門医が必要な関連病院が12病院あり、今のところは当講座から医師を派遣できています。
麻酔科専門医ができたのが1963年。2018年春からは当講座において初期に専門医を取得した医師の定年退職が始まります。そのため、関連病院に多くの医師を派遣し続けられる体制整備を急がなければならないと考えています。
徳島大学大学院医歯薬学研究部麻酔・疼痛治療医学分野
徳島市蔵本町3-18-15
TEL:088-633-9116(代表)
http://tokudaimasui.jp/