九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
昨年12月、名古屋の美容形成クリニックで脂肪吸引術を受けた20代の女性が、自宅で亡くなっているのが発見されたと報じられました。愛知県警は、執刀医から任意で事情を聴くなど、死亡と手術との因果関係を慎重に調べているとのことです。
わたしも、脂肪吸引術での死亡事故を担当したことがあります。
Aさんは37歳の女性、Bクリニックで大腿部脂肪吸引術及びバスト自家脂肪吸入術を受けました。午前11時25分に手術開始、術中にけいれんが出現し、抗てんかん薬が投与されています。意識レベルや体温の推移は記録されていませんが、手術終了後の体温は、なんと41度。これに対してボルタレン座薬の挿肛、アイスノンでのクーリングが行われました。記録にある酸素飽和度は一貫して90%以上ですが、なぜか午後6時55分には気管内挿管がなされています。翌朝になって近くの総合病院に搬入され、意識を取り戻すことなく約1カ月後に亡くなりました。直接的な死因は低酸素脳症とされています。
いったい何が起こったのか。
局所麻酔薬を皮下に注入し、皮膚の切開部分からカニューレを挿入して脂肪を吸引するというのが基本的な脂肪吸引術のようです。記録によれば、この手術には、4860ミリグラムの局所麻酔薬リドカインが使用されていました。
リドカインの添付文書には、硬膜外麻酔、伝達麻酔、浸潤麻酔での使用量が記載されていますが、いずれも基準最高用量は1回200ミリグラムとされています。また、リドカインのインタビューフォームには、5ないし10マイクログラム以上で中毒症状を発現すると記載されています。それによる中枢神経系の症状が進行すると、意識消失、全身けいれんがあらわれ、その症状に伴って低酸素血症、高炭酸ガス血症が生じるおそれがあり、より重篤な場合には呼吸停止を来すこともあることも記載されています。
本件術後の血液検査では、リドカインの血中濃度は11マイクログラムに達していました。リドカインの半減期は、静脈投与の場合で約2時間とされており、皮下投与の場合にどうなのかはよくわかりません。しかし、手術中のリドカイン血中濃度は、術後に計測された11マイクログラムよりかなり高かったものと思われます。
本件ではリドカインの過量投与がいちばんの問題ですが、積極的な治療が可能な総合病院に搬入したのが翌日だったというのも大問題です。いったい、どうするつもりだったのでしょうか。
この担当医は、業務上過失致死罪で起訴され、有罪判決を受けています。
インターネットで「脂肪吸引術」と検索すると、多くの美容形成外科のサイトがヒットします。しかし、その危険性を取り上げているサイトもあり、あるクリニックのホームページでは、FDA(アメリカ食品医薬品局)による警告が紹介されていました。それによれば、10万回の脂肪吸引術で、20人ないし100人が死亡しているそうです。何の死亡リスクと比較すればいいのかよくわかりませんが、治療目的ではない、単に美容目的の施術でのこの死亡率は、あまりに大きすぎるのではないでしょうか。最も多い死亡原因は、施術後の脂肪塞栓だといわれていますが、本件のような麻酔が行われているとすれば、そのリスクもきわめて大きいはずです。
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