肺がん治療を変えた 二つのキーワード
がん死亡数の1位である「肺がん」の傾向に変化が現れている。がんの型を分類して治療に取り組んだ時代から、遺伝子診断にもとづいたアプローチへとシフト。戦略の細分化が進む。
◎「初の減少」が意味するものは?
厚生労働省が発表した2016年の部位別がん死亡数によると、肺がんは7万3838人でした。2015年が7万4378人。1958年の統計開始以来、初めての減少ですから、非常に大きなトピックです。十数年前の肺がんの死亡数予測では8万人とも10万人とも言われていました。
2002年、国内で分子標的薬による治療がスタートしました。肺がんの分類のうち、非扁平上皮がんに関しては、遺伝子診断をもとに治療方針を組み立てていく手法が発達。特に、非扁平上皮がんの多くを占めている腺がん(腺組織とよばれる肺胞上皮組織から発生するがん)に対する遺伝子診断は、いまや欠かすことができません。
扁平上皮がんについてはここ3、4年の間で、PD-L1遺伝子発現に応じて方針を決定する免疫治療が開発され治療成績が向上しています。これら二つの薬物治療の急速な進化が肺がん死亡者数の減少につながったと見ていいでしょう。あらゆるがんの中でも、肺がん治療の領域が最も伸びていると思います。
2000年あたりまでなら、手術できない肺がん患者さんの多くは、治療を継続しても平均して1年ほどで亡くなっていました。現在では進行した肺がんでも、適切な治療によって5年、6年と生存できる方も少なくありません。私たち医療者にとっても、驚くべきスピードでの変化です。
顕微鏡で肺がんを小細胞肺がん、非小細胞肺がんと組織型を分けて治療していた時代から、遺伝子や遺伝子発現の検査で細かく、より疾患の「本質」に迫る診断によって治療する時代です。
日本肺がん学会による「肺がん診療ガイドライン」が改定される間隔は徐々に狭まり、ウェブサイトに掲載されているガイドライン情報は、実に半年に一度のペースで更新されています。
◎発生率は頭打ちかCOPDの課題も残る
平均寿命の伸びに伴って高齢者が増加し、肺がんにかかる人の数が増えていくのは間違いありません。ただし国立がん研究センターの推定値からすると、発生率はほぼ頭打ちではないかと考えられます。
喫煙率の低下によってたばこに関連する肺がんが減ってきていることも要因の一つだと考えられます。それでも、喫煙を主要因として肺気腫などを生じ、肺がんになるリスクが高いとされる「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」の患者さんはまだまだ多いのです。
「もう10年も前にたばこをやめた」という人であっても、とりわけ高齢の患者さんの場合は、それまでの喫煙の影響はかなり残っていると考えなければなりません。いったんCOPDにかかってしまうと、禁煙などで悪化を防ぐことはできますが、肺の状態が改善するわけではありません。
COPDや間質性肺炎を合併している肺がん患者さんの治療は、治療が難しくなる側面があります。肺の機能が低下していますので、手術療法も薬物療法も選択肢がかなり制限されてしまうのです。肺の切除は小さな範囲にとどめざるを得ず、術後の合併症の危険性も高まります。
比較的早期に見つけることができた肺がん、Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期の一部までは手術の適応です。Ⅰ期の肺がん患者さんのうち、およそ8割は再発することなく手術で完治します。がんの進行度に応じて、手術の前後に薬物治療を組み合わせることで再発を予防したり、予後を改善したりします。
70代、80代の患者さんにも適応できる治療法があり、昔のように、患者さんが「つらくてやめたい」と断念してしまうことはずいぶん少なくなりました。
治療を継続しながら仕事に復帰している50代、60代の方もたくさんい らっしゃいます。私たちとしても現在の治療がどのようなものか、ていねいな説明で伝えられるよう努めています。
◎高齢化で重要度増す食べる、飲み込む機能
「第28回日本気管食道科学会認定気管食道科専門医大会」(2018年3月3日、4日)の会長を務めます。
日本気管食道科学会は呼吸器外科、呼吸器内科、耳鼻咽喉・頭頸部外科、食道外科など多様な診療科の医療者が集まる学会です。
取り上げる話題はがんだけでなく、嚥下(えんげ)困難や誤嚥などの専門的な内容を企画しています。全国のみなさんとともに学びたいと思います。
特別講演として、2人の先生にお越しいただきます。1人は、九州大学高等研究院特別主幹教授の笹月健彦先生。「ヒト免疫応答とその制御 今後の展望」と題し、免疫学の基本的な部分の理解も深めることのできる内容になる予定です。
もう1本の講演は、熊本大学名誉教授・湯本英二先生による「最新の喉頭科学臨床」です。飲み込みや嚥下の診療、研究の成果をお話しいただきます。今大会のテーマを「先人の教えから知識と技術を磨く」としているように、礎を築いてくださった先生方のお話を踏まえて議論を発展させていきます。
そのほか、教育講演として「音声機能障害の診断と治療」「頭頸部領域の画像診断」、シンポジウムは「気管食道科領域のがん薬物療法・周術期治療」「嚥下機能の診断と治療」、パネルディスカッションは「降下性縦隔炎の現状と課題」などを準備しています。
食べることや呼吸の重要性は、超高齢社会を迎えて増しています。飲み込みができなくなるのは精神的にもきわめてストレスですし、誤嚥性肺炎の対策もさらに進めなければなりません。
高齢化の進行がもたらす「のど」の機能的な障害は、がんをはじめ多様です。機能をいかに温存して治療するか、回復させることができるか。医療者は、ぜひ学会を通して専門的な知識を身につけ、診療につなげてほしいと思います。
大分大学医学部呼吸器・乳腺外科学講座
大分県由布市挾間町医大ケ丘1-1
TEL:097-549-4411(代表)
http://www.med.oita-u.ac.jp/surgery2/