九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
Aさんは52歳の女性、慢性中耳炎で受診した近所の耳鼻科で両耳鼓膜穿孔を指摘され、鼓膜形成術のためB病院を受診しました。
B病院の担当医は、手術前準備として鼓室の腫れを引かせるため、眼・耳科用リンデロンA液(当時)を処方、両耳に1日3回点耳するよう指示をしました。このときの聴力検査は正常でした。
ところが、リンデロン液の使用を2、3日続けたAさんは、耳鳴りを感じるようになり、しかもそれは日を重ねるにつれ悪化していきました。AさんはB病院を受診する度にそのことを医師に告げていますが、診察にあたる医師は毎回変わり、Aさんの訴えを真剣に聴こうとはしませんでした。
使用開始から36日目、Aさんの聴力は通常の会話に差し支えるほどに悪化していました。さすがにこの日の診療にあたった担当医はそれに気付き、純音聴力検査を実施しました。その結果、Aさんの聴力は、初診の際の検査と比較して著しく低下していることが判明しました。
この日以降、リンデロンA液の点耳は中止されますが、その後もしばらく聴力の低下は進み、Aさんは高度感音性難聴で、補聴器なしでは日常生活が送れなくなってしまいました。
リンデロンA液は、ステロイドと抗生物質フラジオマイシン硫酸塩の合剤であり、フラジオマイシンの耳毒性は広く知られていました。
当時の眼・耳鼻科用リンデロンA液の添付文書には、重大な副作用の筆頭に「非可逆的な難聴」が、使用上の注意として「鼓膜穿孔のある患者には慎重に使用すること」、重要な基本的注意として、「長期間連用しないこと」、「本剤使用中は特に聴力の変動に注意すること」が記載されていました。
B病院はこのような薬剤を、一度も聴力検査を行わないまま、しかもAさんの耳鳴りの訴えを無視して、36日間連用させ、高度感音性難聴を発生させてしまったのです。
B病院は全面的に責任を争いました。まず、Aさんに投与した程度のリンデロンA液では難聴は生じないとして、Aさんの難聴は慢性中耳炎の悪化によるものかもしれないし、特発性難聴かもしれないと主張しました。また、添付文書上、「長期連用しないこと」とされてはいるものの、何日以上が長期化は明記されておらず、36日間の連用は添付文書の注意に反するものではないと主張しました。
一審判決は、薬剤使用と難聴発生の時間的関連性から因果関係を認め、また文献上、リンデロンA液の連用は1週間ないし10日を限度とするものが多いこと、タリビット等耳毒性のない代替薬が存在したことなどを指摘し、B病院の責任を認めました。病院側は控訴し、控訴審では鑑定が行われましたが、鑑定人もAさん側の主張をほぼ全面的に認め、控訴が棄却されています。
なお、この眼・耳科用リンデロンA液の添付文書は、一審係属中の2002年に改訂され、中耳炎又は鼓膜穿孔のある患者には使用禁忌となりました。さらに、控訴審係属中の2004年には耳科領域の効能自体が削除され、現在は、「点眼・点鼻用リンデロンA液」として製造販売されています。
ネットなどを見ると、いまでも点耳用に処方される場合があるようですが、その危険性は十分理解されているのでしょうか。
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