書店の店頭で平積みされているのを最近よく見かけていた「こわいもの知らずの病理学講義」。専門書にもかかわらず販売は好調のようだ。
著者の大阪大学医学部病理学の仲野徹教授の名前を初めて知ったのは、確か文楽のチラシの寄稿文。仲野教授は義太夫を習っていて、師匠から厳しい指導を受けているといった内容。理系の代表とも言える医学部の教授と伝統文化とのギャップに驚かされた。
「近所で病気についてよく尋ねられる」という仲野教授。一般の人に医学情報が伝わっていないとも感じていた。本書には多くの人に「ある程度病気の知識を持ってほしい」との長年の思いを込めたという。
内容は、大学の授業で仲野教授が教科書として使用する「Basic Pathorogy」(基礎病理学)の章立てを参考に構成。ちなみに仲野教授は医学のグローバル化を考え、あえて英語の教科書を使っているそうだ。第1章は細胞、第2章は血液と分子生物学、第3章と第4章はがんを扱う。
医学の基礎知識をわかりやすい言葉で伝えている本書。しかも、医学をまったく知らない読者が途中で"脱落"しないようミニ知識が随所にちりばめられる。
例えば胃がんの原因のピロリ菌の発見。胃の中は酸性が強く殺菌作用があるので細菌は住めないという考えが主だったがマーシャルたちは胃の幽門部の細菌の培養に成功。実は実験助手が長期休暇で細菌をほったらかしにしたことが増殖の遅いピロリ菌には好影響。通常の培養であきらめていたら、マーシャルたちはノーベル賞を受賞できなかったかもしれない。
がん各論編では九州に患者が多いことで知られる成人T細胞白血病(ATL)の節がある。京大が鹿児島県出身の患者らからATLを発見。岡大は発症の地域性から原因がレトロウイルスで発症することを突き止めた。名市大は治療薬を発見し、現在も臨床試験が進む。著者は「我が国の研究者がリレーのように引き継いだATLの研究史は日本の医学界が誇れるもの」と熱く語る。
一見とっつきにくいと思われそうな医学。仲野教授の手にかかると、背景には生き生きとしたドラマがあることに気付かされる。(原)