すべての人が平等な医療を受けるために
1935年の設立以降、「全人医療」を実践するとともに、優秀な医療人の育成に尽力している。昨今の医療事情に苦慮しながらも設立の理念を守り、発展を続ける天理よろづ相談所病院のこれまでの歩みと今後の展開を聞いた。
―病院のこれまでの歩みを教えて下さい。
当院は1935年に数名の医師によって「天理よろづ相談所」として開設されました。医療を施す「医療部」、心のケアをする「相談部」、生活の相談や医療従事者の育成を担う「厚生部」の3部で構成。開設当時から「病」だけでなく「病む人」そのものに向き合う全人的な取り組みに尽力してきました。
当院の設立母体である天理教では、教祖が亡くなった1887年以降10年おきに記念事業を開催しています。1956年に開いた70年祭に高松宮宣仁親王がお越しになり、天理教の施設を見学されました。
その際、「教育施設は充実しているが病人を十分に収容する場所がない」というご意見をいただきました。それがきっかけとなり10年後の1966年「財団法人 天理よろづ相談所」として病床数600床、医師45人、職員数503人で再スタートを切ったのです。
当時、奈良県内には500床以上の病床を持つ医療機関は奈良県立医科大学と当院しかありませんでした。高度な医療の提供を追求し、当時最も先進的であった西ドイツ製の放射線医療機器などを導入。診療内容も大学病院に引けを取りませんでした。
来院者数は徐々に伸びていき、1966年に1日の平均外患者数が650人だったのが10年後の1976年には1336人に倍増。さらに30年後の1996年には2249人と予想を上回るペースで増加したことで院内は容量オーバーになってしまいました。
そこで、2003年に100床の療養病床と43床の精神科病床を分床し白川分院を開設。さらに2005年には外来診療棟を新たに造りました。外来診療棟を作る際、全国の病院を見学・参考にしました。その際「患者さんがゆったりとくつろげる空間」を作ることを第一に考えて、病院にありがちな暗い雰囲気を取り払うためにフロアを大きく使い、4階までを吹き抜けにして圧迫感をなくしました。
当院の設立者、二代真柱の中山正善氏は病気からの再起と社会復帰に希望を持つ患者さんが多いことから、この病院に「憩の家」という名称をつけられました。その名前のように患者さんが憩える場所として、5階部分には落ち着いた雰囲気の食堂を設置しました。
―病院の特徴を教えて下さい。
現在は、本館・南病棟の203床、東病棟・西病棟の512床、療養病棟・リハビリテーション病棟・精神科病棟として機能する白川分院186床の計901床、それに外来診療棟で稼働しています。天理教が母体ですが来院される患者さんのうち信者の方は15%ほどで地域医療に大きく貢献しています。
「笑顔と親切」をモットーに、患者さんが療養できる環境づくりに全職員で取り組んでいます。附属の天理医療大学(旧:天理看護学院、天理医学技術学校)を卒業し当院に就職した職員が中心となり、その志はしっかりと受け継がれています。
1966年11月にはコンゴ共和国のブラザビルに診療所を造り医師と放射線技師、検査技師、看護師の合計4人を派遣。海外医療支援活動を開始しました。
貧富の差が大きく一部の裕福な国民しか医療を満足に受けることができず、診療を開始したところ、たちまち外にあふれるほどの患者が連日押し寄せました。しかし内戦が起こり診療所も被弾。1977年3月に退去命令が出たためやむを得ず帰国の途に就いたのです。
1970年にラオス共和国で医療活動を開始。バンクーンというへき村を中心に3カ月間の循環診療を実施。インドシナ半島の解放という内戦が起き社会主義国家体制となる革命が起こった環境下で、医療隊派遣が困難となる1976年まで医療支援は続きました。
これらの功績が認められ、2011年に、公益財団法人としての認可を受けることができました。
―研究と人材育成にも力を入れているそうですね。
高度な医療を提供することはもちろん、ここで開発した新しい知見や技術を研究・開発に生かすために、病理部門、染色体分析部門をはじめとする研究分野6部門と独自の機関誌「天理医学紀要」編集部から成る「天理医学研究所」を設置しています。
「天理医学紀要」への掲載も含めると2016年の1年間で55本の論文が当院の医師により執筆されました。海外15カ国での学会発表も含めると205件に及びます。当院には非常に勉強熱心な医師が多く在籍し、これまでに約60人の大学教授を輩出してきました。
卒後臨床研修において、当院では1976年から、総合診療方式による研修制度を全国に先駆けて採用しています。
最初の2カ月間は基本研修、その後、基礎的な臨床能力を身に付けるために内科、救急、外科、麻酔科、小児科、精神科、産婦人科での研修を必修としています。
その後10カ月間研修を行う総合病棟はレジデント教育を目的として開設された混合病棟で、内科各科の患者さんが入院しています。そこで指導医とともに患者さんを受け持ち、複数の疾患が見つかった場合には専門科のカンファレンスで症例を提示。各専門科長などの指示を仰ぎながら自ら治療法を考える能力を磨きます。そうして、疾患のコントロールができるようになるまで1人の患者さんを受け持つことで、総合診療的な能力を身に付けます。
こういった独自のレジデント制度と先進的な医療機器や設備、多くの症例数に魅力を感じて、向上心の強い医師が毎年多く集まってくれているのは、非常に嬉しいことですね。
―課題と今後の展開を教えて下さい。
1次〜3次救急まで担っているため、救急車の受け入れ台数は奈良県内で最多。大阪府や三重県など近隣地域も合わせると2016年度には5613台を受け入れました。当院への搬送が増えている背景には、高齢化が進むとともに単身世帯の高齢者が増加。退院後の引き取り手がいないときのことを懸念して、病院側が受け入れを拒むケースが増えている現状があります。
退院後に自宅復帰が難しい、または亡くなられた場合は行政につなぎます。その場合においても患者さんが住民票を持たなかったり、健康保険に未加入であったりするなどスムーズにつなぐことは容易ではありません。これまで徹底して続けてきたことですが「断らない医療」を実践・継続するのはとても難しいことなのです。
しかし、当院が「病む人が心身共に憩える場」であること。そのために「医学と信仰、生活の3つの側面から悩める人々の救済を目指す」という理念を全職員が心に持ち、時代がどう変化しようとも「笑顔と親切」で個人の人格を尊重する全人的包括医療の提供に今後も努めていきます。
公益財団法人 天理よろづ相談所病院
奈良県天理市三島町200
TEL:0743-63-5611(代表)
http://www.tenriyorozu.jp/