専門領域の「はざま」を見つめ続けたい
開講120年を迎えた2015年、精神神経病態学教室を受け継いだのが8代目・山田了士教授だ。伝統の「多様性」を守りながら、精神科医療のさらに奥深くへと分け入ろうとしている。
ー1895年に開講。長い歴史があります。
同門の精神科医は460人を超え、各地の精神科医療の最前線で活躍しています。
2004年、初期臨床研修制度の導入を境に入局者数の減少傾向が続いてきたのですが、その中にあっても、当教室が変わらず柱としてきたのは「多様性を大切にする」という方針でした。
精神科医療の領域は非常に幅広く、私たちにもまた、多岐にわたる症状に対応できるだけの力が求められる。ある特定の分野に特化すると、土台がもろくなってしまうおそれがあるのではないかと考えます。
少々やせ我慢をしてでも、多様な人材が集まって自由に、好きなことに取り組むことができる。そんな教室でありたいと常に心がけています。
もともと当教室は、理系的なバイオロジーを中心としたグループ、精神療法や精神病理学を基本とするグループなどが共に学ぶ環境がありました。これらの領域にはかなりの距離があるわけですが、その間に位置する認知症や子どもの発達障害、摂食障害、統合失調症など、多様な疾患を積極的に掘り下げていくことで、診療の幅を広げてきました。
現在、私たち精神科神経科と、神経内科は独立した診療科ですが、かつては同じ教室だったのです。ALS(筋萎縮性側索硬化症)なども、精神科病棟で治療していた時代がありました。同門には神経内科の先生も30人ほどいます。
毎年、夏と冬の2度、同門による臨床集談会を開いています。参加者は100人を超え、まさにあらゆる精神科領域の症例報告や研究成果が発表されます。当教室の多様性を、あらためて実感させられる場です。
ー専門の一つであるリエゾン精神医療について。
私は面白いと感じたら何でもやってみたいと思う性格。興味の幅を広げてきました。リエゾン精神医療やてんかんなどの「ニッチ」と言われてきた領域や、他の診療科との連携などです。
岡山大学にリエゾン外来が設置されたのは1985年。現在、岡山県精神科医療センターの理事長を務める中島豊爾先生が開設しました。おそらく国内では、かなり早い取り組みだと思います
その年、私は研修医として、広島市民病院に勤務していました。同院では幸いなことに、外来で患者さんを診る機会をずいぶん与えてもらいました。いろいろな先生方のスタイルを見よう見まねで取り入れつつ、他科とのネットワークが広がっていく経験をして、とても興味深いと感じたのですね。振り返ると、リエゾン精神医療への関心が高まるきっかけの一つだったと思います。
研修後、岡山大学に戻ると、広島市民病院での経験を生かしたいと考えてリエゾン外来の一員に加えてもらったのです。
不眠や抑うつなどのほか、半数を超えるケースがせん妄の患者さんの対応です。活動初期は精神科医がほぼ単独で活動していましたが、依頼件数の増加や症状の複雑化などを背景に、精神看護専門看護師、臨床心理士、薬剤師などのメンバーが精神科リエゾンチームを発展させてくれました。ピーク時の依頼は、年間で1000例ほど。チーム医療なしには成り立ちません。
せん妄については各診療科の対応力が向上していることに加えて、岡山大学病院が開設している「PERIО(周術期管理センター)」で、あらかじめリスクが高いと思われる患者さんをスクリーニングします。既往歴や服用している薬剤の種類、飲酒量、手術の侵襲の程度などでリスクの度合いを予測することができます。
ボーッとしたり、つじつまの合わない言動があったりといった類似の症状があることから、せん妄はしばしば周囲から認知症ではないかと受け取られたり、医療機関で誤診されたりします。術後に軽度の認知機能障害となり、例えば一時的にパソコンの操作方法があやふやになるといった、軽い症状が現れることもあります。
せん妄と認知症はまったく異なるものです。脳が原因のこともありますが、多くは脳の外にある発熱や身体侵襲などが及ぼす「意識への影響」でせん妄は引き起こされる。認知症でなくても起こりうるものです。
ただ、認知症がせん妄のリスクファクターであることは明らかになっており、また逆に術後せん妄を起こした患者さんを長期的にフォローすると認知症になる確率が高いという報告もあります。
また、認知症の患者さんが手術を受ける場合にはせん妄の予防はもちろん、認知症の悪化にも注意する必要があります。患者さんの意思決定が正しくなされているかどうかも見極めなければなりません。超高齢社会における課題の一つです。
ー今後、力を入れていくことは。
精神疾患の治療は症状を除去することも大事ですが、それにかまけて患者さんの生活の質が落ちてはいけない。急性期や身体合併症を診ることが多い大学病院では、つい症状に関心が集中しがちです。ですからなおのこと、患者さんが少しでも快適な生活を送るためにどうしたらいいかという視点を重視しなければなりません。
岡山県は精神科領域の在宅の生活支援なども力を入れています。そうした活動との連携も強めていきたいですね。
個人的に関心があることの一つは、神経疾患と精神科医療とのかかわりです。パーキンソン病やてんかんなど神経疾患の患者さんの精神症状は実に多様。どう対処していくか、もっと医療者が議論を重ねていく必要があると思います。
また、神経症状と精神症状の両方が複雑なかたちで現れることがある自己免疫性脳炎の患者さんについても、チーム医療が欠かせません。
自己免疫性脳炎は判別が難しいため、正しく診断されないことも少なくありません。適切な治療がなされれば完全な回復も期待できる疾患です。まずは見落とさないことが第一。神経内科による治療と精神科による治療をうまく連携を図って提供することが重要です。私たちの連携の取り組みは近年、徐々に確立されつつあるのではないかと手応えを感じています。
精神科医のアプローチは、医療技術の進歩とともに変わります。新たな薬剤や治療法が次々と開発され、昔は余命半年だと告げられていたようながんの患者さんも、何年間も元気に暮らせるようになった。
生きる時間が長くなったことで、患者さんの気持ちの移り変わりも多様化しているのです。うつや不安を取り除くだけでなく、その人らしく生活できる支えにもなれたらと思っています。
医学は、精神医学と神経医学に線を引いたように、専門分野を切り分けてきました。それ自体は否定するものではありませんが、線の内側だけにとらわれていては、見えにくくなってしまうものがあると思います。
線を引くことができない患者さんがたくさんいるのです。「隙間」だとされる中間領域にも目を向けることができる。教室では、そんな医師を育成したい。そして私自身としては、いわばニューロロジー(神経学)とサイコロジー(心理学)の「はざま」へと、もっと深く入り込んでいきたいですね。
岡山大学大学院 精神神経病態学教室
岡山市北区鹿田町2-5-1
TEL:086-223-7151(代表)
http://psychiatry.ccsv.okayama-u.ac.jp/