高知大学医学部 産科婦人科学講座 前田 長正 教授

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どこまで分かった?臍帯血医療の現在地

【まえだ・ながまさ】 1985 高知医科大学医学部卒業 1990 同附属病院助手 1997 同講師 2004高知大学医学部産科婦人科学講座助教授 2007同准教授 2012 同先端医療学推進センター再生医療部門臍帯血幹細胞研究班長 2014 同教授

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―研究に対する考えは。

 私の思いとしては、若い時期に一度は研究を経験してほしいと考えています。

 サブスペシャルティ取得への意欲が高まっている一方、医学研究の博士号取得を志す人は減少傾向にあります。グローバルな視点に立ったとき、医療者として重視されるものは「基礎研究を踏まえたトランスレーショナルな臨床」を実践しているかどうか。世界では、医学博士であることのステータスが高い現状にあります。

 高知大学には基礎研究に取り組む多様な分野の先生がいてアドバイスを求めることができます。そして成果を臨床にフィードバックし、さらに発展させることができる環境があります。

 医師になった当初はおぼろげながら研究に興味をもっていた人たちも、忙しくなるにつれて機会を逸してしまうこともあるでしょう。研究の面白さを伝え、臨床と研究がバランスよく整った教室として人材を育てる。大学の利点をフルに活用できるよう導くのが、私たち先輩の役割だと思っています。

 2011年、私たちは「小児性脳性まひに対する自己臍帯(さいたい)血幹細胞輸血による治療研究」をスタートしました。脳性まひの子どもに臍帯血を用いた治療を試みたのは国内初です。

 脳性まひは、受精から生後およそ1カ月の間に何らかの原因で脳が損傷を受けることで引き起こされる疾患で、根本的な治療法はありません。発症頻度は1000人あたりおよそ2人。これまで「お産の過程で脳が傷つけられたのではないか」と、産科医の手技が関与しているとする声が多く聞かれていました。

 しかし、発症時期を調査すると、出生前がおよそ8割で残る1割が出生後、1割が原因不明。おそらく炎症やストレスなどによって多くのケースが胎内で発症していることが分かったのです。

―高知大学がリードしてきた臍帯血応用の研究はどのような段階に。

 2005年に、米国のデューク大学で「出生時に冷凍保存した自己臍帯血中の幹細胞輸血で脳の損傷を修復」する新たな治療法が開発されました。

 脳性まひ患者さん自身の臍帯血を投与したところ、8例中6例に運動能力などの改善が見られたと報告されています。2011年にデューク大学とジョージア医科大学で臨床研究がスタート。臍帯血の効果を裏付ける科学的なデータが着々と蓄積され、最近、その有効性も報告されました。

 2005年当時の大統領だったジョージ・ブッシュ氏は臍帯血の応用を国家的に推進しようと冷凍保存を奨励しました。その後押しもあって米国では7%に、そのほかの地域でも台湾5%、韓国12%と、出産時に臍帯血を採取し保存する動きが少しずつ広がりました。

 対して、日本はわずか0.4%にとどまっています。ほとんどが保存されず廃棄されている現状があるわけです。

 生体から多能性をもつ幹細胞を得る手段として骨髄はドナーに全身麻酔をかけて採取しなければなりません。万能細胞の一つであるES細胞は、いずれ生命に成長していく可能性のある細胞から取り出すという点で倫理的な問題が指摘されています。またiPS細胞は自己細胞ですが、効率的な作製方法や腫瘍化の問題もあります。

 臍帯血は出産時に容易に採取が可能です。患者さん自身の細胞ですから命の犠牲を伴うことはなく、免疫拒絶の心配はない。また遺伝的ダメージも少ない。臍帯血はすでに白血病など一部の疾患の治療に用いられていますので、安全性が高いことが分かっています。

 ただ、法的な壁があったのです。手術前の貯血を除き、国は自己血による輸血を認めていませんでした。それを、私たちの働きかけが実を結び認可に至りました。脳性まひの子どもをもつ親が、「わが子の臍帯血をわが子のために使うことができる」ようになったのです。臍帯血の利用は出産した施設内に限られ、例えば東京で採取した臍帯血を高知で使うことはできなかった。しかし現在はこの問題も克服し、高知大学での新たな臨床研究が認可されました。

―近年の成果は。

 脳性まひの障害を再現したマウスによる実験を進めています。臍帯血を注入すると前駆細胞の活性化が起こり、脳の修復につながります。これまで謎だったそのメカニズムが、徐々に明らかになってきました。

 また、世界的にもまだ明らかとなっていないのは在胎週数ごとの臍帯血のデータです。何周目の母体にどれだけの臍帯血が含まれているのか。脳性まひや悪性腫瘍など、疾患によりどのような臍帯血の量の違いがあるのか。今後データベースを構築していく計画です。

 冷凍保存によって臍帯血は何十年も保存することが可能です。国がバックアップして臍帯血を保存できる仕組みがもっと整えば、医療の未来は大きく変わるでしょう。まずはエビデンスをしっかりと示していく。学術的な評価を得て臍帯血医療の確立に貢献していきたいと思っています。

―今後は。

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 研究面ではもう一つ、子宮内膜症の分野も発展させていきます。経血は本来、子宮内膜の働きによって「子宮内膜組織」として排出されますが、一部はお腹の中に逆流して腹膜に生着したり、卵巣などに入り込んでしまうことがあります。通常なら免疫機能が作用することで処理されるため、残ることはありません。

 ところが、10人に1人の割合で子宮内膜組織が子宮以外の体内に居座ってしまうことがあるのです。溜まった子宮内膜組織は、炎症や癒着を起こして痛みや不妊の症状となって現れます。

 私たちは、子宮内膜症の患者さんとそうでない人の月経期の腹水の中を撮影。子宮内膜組織に対するNK細胞やマクロファージの動きの違いを、世界で初めて映像に残すことに成功しました。臍帯血と子宮内膜症を研究の2本柱として、さらに推進していきます。

 高知県の産婦人科医の数は「中四国で最も少ない」状況が続いていました。75人ほどの産婦人科医のうち、分娩に対応できる医師は45人ほど。この人数で年間5000例ほどのお産を担っているのです。

 しかし、挽回のきざしが見えつつあります。ここ数年は少しずつですが新しい入局者を維持できるようになり、出産や育児で現場を離れていた女性医師が復帰しやすい環境も整ってきました。県内の産婦人科医は数年後には、おそらく80人を超えるのではないかと予測しています。

 私が教授に就任して以降、力を入れてきたことの一つは若者へのアピールです。日本産科婦人科学会による産婦人科医の育成プロジェクト「スプリングフォーラム」「サマースクール」「プラスワン事業」などにも積極的に介入。意見を発信して他の大学ともネットワークを広げながら独自の取り組みも展開中です。

 高知大学では毎年、教室の若手が中心となって産婦人科に興味のある医学生を集めた「ミニサマースクール」を開催しています。今年も約40人が参加し、お産のトレーニングや腹腔鏡に親しんでもらう機会を提供しました。学生たちに早期の段階でアプローチすることで、もっと関心を高めていけるのではないかと手応えを感じています。

 日本産科婦人科学会は年間500人の新たな産婦人科医の輩出を目指しています。現状は400人を割り、目標まではまだ遠い。日本の将来のためにも、引き続き育成に取り組んでいきたいと思っています。

高知大学医学部 産科婦人科学講座
高知県南国市岡豊町小蓮185-1
TEL:088-866-5811(代表)
http://www.kochi-ms.ac.jp/~fm_obstr/


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