すべての人に適切なアレルギー治療を
乳児の5〜10%は何らかの食物アレルギーがあると言われている。2015年には「アレルギー疾患対策基本法」が施行された。日本小児アレルギー学会の理事長でもある藤澤隆夫・三重病院院長に、アレルギー性疾患の現状と今後の課題を聞いた。
◎複数の診療科が連携「アレルギーセンター」
当院は「小さな子どもから高齢者まで社会的弱者を支える総合成育医療機関」という位置付けのもと、アレルギー疾患は小児を中心に成人も含めて診療しています。アレルギー科だけでなく、アレルギー性鼻炎は耳鼻咽喉科、アレルギー性結膜炎は眼科というように、さまざまな診療科と連携し、アレルギーセンターとして診療しています。
アレルギー科を受診する患者さんのうち、約3割は成人の方。その多くは食物アレルギーが原因で受診されます。
これまで急激に増加していたアトピー性皮膚炎と気管支喘息(ぜんそく)が近年は横ばいか、やや減少傾向なのに対し、食物アレルギーと、花粉症やダニ・ほこりが原因で発症するアレルギー性鼻炎・結膜炎が増加傾向。原因は分かっていません。
◎食物アレルギー診療と研究に注力
食物アレルギーの患者数は、どの世代でも年々増加傾向にあります。成人の場合は、今まで口にしていたものが、ある日突然アレルゲンになり、じんましんなどの皮膚障害が出る、息苦しくなる、意識を失うなどのアナフィラキシーショックが起きる形で発症します。アナフィラキシーショックは、決まった治療を施せば症状は改善します。問題は、「何が原因となって発症したのか」ということ。
患者さんは、普段通りの食事をしていたにも関わらず発症しているので、疑いのある食材は何もかも排除してしまいます。しかし、排除している食べ物の中にはアレルゲンを含むものもあるが、そうでないものもあります。そのため、さまざまな検査によって、アレルゲンを突き止めて、除外すべきものと食べても大丈夫なものを仕分ける必要がある。それがアレルギー科の仕事です。
近年の研究で、乳児期から重度のアトピー性皮膚炎やじんましんなどの皮膚障害を持つ子どもは、アレルゲンが皮膚から侵入することで、口にする前に食物アレルギーを発症することが分かってきました。子どもの場合は自然に治癒していくことが多く、1歳未満の人口の10%ほどいるり患者も、小学校入学までには耐性が付き、2%ほどに落ち着きます。
アレルギー科を標榜する医療機関はたくさんあります。しかし、そこにアレルギーの専門医がいるのか、アレルギー疾患を適切に治療できるかなどは、標榜科だけでは分かりません。
アレルゲンを特定するために用いる血液検査も参考にはなりますが、症状がないのに陽性反応が出る場合もあるため、それだけで確定することはできません。それにも関わらず、血液検査の結果を鵜呑みにし、「陽性反応が出たので食べるのをやめなさい」と、不必要な除去が指導されることも少なくありません。
当院では、さまざまな検査を経た後、最終的に医療スタッフが見守る中でアレルゲンとなる食材を食べる「負荷テスト」を実施し、症状が出るかを確認します。成人の患者さんの場合は、食べるだけでは発症しなくても、食べた後に運動することで発症する人がいますので、摂取後に体を動かす「運動負荷テスト」を実施します。
食物アレルギーの子どもに対する「経口免疫療法」の研究に取り組むとともに、さらに新しい「経皮免疫療法」の研究も始まりました。抗原を皮膚に貼付し免疫寛容に誘導する方法です。副作用が少なく有効性が高い治療法として応用が進むことを期待しています。
◎アレルギー疾患診療の均てん化を目指して
アレルギー疾患対策基本法は、アレルギー疾患医療の均てん化を図ることを目的に制定されました。現在、各都道府県での拠点病院の選定が進んでおり、それが決まると今度は近隣の医療機関とのネットワークを構築します。
どの医療機関を受診してもガイドラインに沿った標準的な治療を受けられるように、ネットワークの中で講習会や勉強会を開催。さらに、重度のアレルギー疾患はスムーズに拠点病院につなげるシステムの構築を目指しています。
診察の際、医師を補助して、患者やその家族に、適切なセルフケアについて教育・指導する役割として、2009年に日本小児臨床アレルギー学会認定「小児アレルギーエデュケーター」が誕生しました。
喘息では薬の吸入方法、アトピー性皮膚炎の場合は軟膏の正しい塗り方、食物アレルギーでは排除すべき食材が大事な栄養素を含むものであれば、それを補う食材や食べ方などを、患者さんやその家族に指導します。
有資格者は現在全国に約400人と、まだまだ不足しているのが現状です。背景には「日本小児エデュケーター」配置に診療報酬の加算が認められていないことがあります。相当の指導をすれば診療報酬が付くようにして、有資格者の働きがきちんと評価される体制を作ることが大切です。
また、日本アレルギー学会も、こうした患者教育ができるメディカルスタッフを養成するシステム構築に向けて動き出しています。
◎災害時に患者を守るシステム構築が急務
三重病院は、一般の方に向けた啓発活動として年に1度、ショッピングモールの一角を借りて、アレルギー疾患をはじめ、さまざまな病気をパネル展示などで分かりやすく解説するイベントを開催しています。「講演会などよりも気軽に参加できる」と、とても好評です。
2016年の熊本地震の際は、被災した自治体では何がどこにあるのかが分からず、備蓄品を生かすことができませんでした。
さまざまなネットワークを通して、アレルギー疾患の患者団体やNPOからアレルギー対応食品が被災地に送られてきますが、それも玉石混交。そこで国立病院機構福岡病院(福岡市)に全国から集まった食料を集約し、仕分け。何の食物アレルギーに対応したものか一目で分かるようにラベルを貼り、国立病院機構の輸送ルートで被災地に届けました。
結局食料が被災地に届いのは発災してから4〜5日経った後のことでした。こうした現状を踏まえ、患者さんには、発災後1週間は自力で乗り切れるような備えするように教育しています。
2011年の東日本大震災発生後、日本小児アレルギー学会では、アレルギー患者用の「災害対策マニュアル」を作成し、各自治体に配布しました。しかし、震災の発生の仕方によって状況は全く異なり、東日本大震災をイメージして作ったマニュアルのすべてが熊本地震で通用したわけではありませんでした。
そこで、今後起きるであろう、あらゆる災害に備えて、情報は必要最小限にとどめて、災害の支援をするボランティアの方や患者さんにも分かる内容にマニュアルを改訂しました。
当院には、アレルギーなどの慢性疾患を持つ患者さんをはじめ、重症心身障害や神経難病で、人工呼吸器をつけて寝たきりの方が多くいます。そういった患者さんを災害時にどこで受け入れるのか、どうフォローするのか。災害が明日起こるかもわからない中で、システムの構築が急務となっています。
独立行政法人 国立病院機構 三重病院
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