地道に証拠を積み上げ「暴言」事件を解決
「患者による暴言」への対応に苦慮していた吉田総合病院は告訴を決断。2008年、患者は逮捕され、有罪判決が言い渡された。医療機関が患者の暴言を告訴し、逮捕に至った事例としては、全国初といわれる。
―事件の経緯を教えてください。どのような患者だったのですか。
慢性腎不全による血液透析で当院に通院していた、当時50代の男性患者Aです。市内各所でたびたびトラブルを起こしており、地元では昔から有名な人物でした。
ホコリを見つけようものなら「透析室全体を隅々まで掃除しろ」、院内が寒いと難癖をつけては「自分のためにストーブを置いておけ」ー。
Aの暴言はしだいにエスカレート。いよいよ感情のコントロールが効かない状態になり、特に透析科長への執拗(しつよう)な攻撃は、見るに堪えないものでした。
5〜6時間ほどもベッドの脇に立たされて「穿刺(せんし)のやり方が悪い」「腕が腫れてしまった責任をとれ」などと罵倒されたり、土下座をさせられたりしました。
透析科長は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、約1カ月入院。1988年に人工腎透析センターを開設し、力を入れてきた当院の透析事業は、存続の危機に見舞われました。
ーどのような対応を。
追い詰められた私たちは告訴の準備として、まず暴言の証拠を集めようと考えました。ビデオ録画機器と、ペンシル型を含めてICレコーダー14台を用意。職員に携帯させ、Aの発言を記録しました。記録した音声は、最終的に約240時間分にも達しました。
また、透析科長には、「どんなことでもいいから、何月何日のいつ、どんなことを言われたのかを、細かくノートに書いて残しておくように」と指示しました。
信頼性の高い証拠として残すには、「かならず時系列、かつ手書きで1冊のノートやカレンダーなどに記録する」ことがポイントです。
暴言をそのつど、できるだけ正確に書き留めておく必要があり、何カ月も記録を積み重ねなければ証拠になりません。バラバラのメモ用紙に書いたり、パソコンに入力してプリントアウトしたりといった方法は、あまりおすすめできません。
職員の疲弊が極限に達したとき、私は意を決し、Aと1対1で話し合う場を設けました。
「どうしたら職員への嫌がらせをやめてくれるのか」と尋ねると、最初はのらりくらりと答えていましたが、根気強く問い続けると「透析科長を辞めさせろ」。
安全管理上、病院長が1対1で対峙するべきではないという意見もあるでしょう。しかし、私だけだったからこそ、Aは話し合いに応じ、「辞めさせろ」という明確な言葉を引き出せたのではないかとも思うのです。
追いつめられた状況下で、冷静に判断をしたり、毅然とした態度をとったりするのは非常に難しいと実感しました。
それでも暴言がやむことはなく、Aの矛先は臨床工学技師に向けられました。私はついに、「告訴するしか道はない」と決断しました。
―地道に集めてきた証拠が力を発揮した。
安芸高田警察署に相談し、ICレコーダーの音声を聞かせたところ、「これは尋常ではない」と本腰を入れて動いてくれることになりました。
私たちの訴えが認められ、2008年、Aは逮捕。「暴言患者逮捕の報」は、NHKなど全国ネットの報道番組でも、「全国初の事例」として取り上げられました。
院内暴力は多くの医療機関が経験していながら、報復を恐れたり、他の患者さんへの影響を心配したりして、なかなか表面化しない。
私たちが経験した事件をきっかけに「院内暴力の存在」が広く知られるようになったことで、医療界に一石を投じることができたのではないでしょうか。
―的確に対処するには、何を心がけておくことが大事でしょうか。
Aは「特殊知能暴力集団」に指定されていましたから、法に触れることなく、うまく嫌がらせをしていました。
院内暴力の事例としては極端なケースだと思いますが、間違いなく言えるのは、「暴言を罪に問うのは簡単ではない」ということです。
だからこそ、コツコツと証拠を集めていくことが重要です。問題解決までは長期戦を覚悟した方がいい。記録は細かく積み上げるほど、起訴に持ち込む上で大きな力を発揮します。受け身ではなく、「自分たちで行動を起こす」という意思が欠かせません。
事件を契機に、リスク管理体制の強化を進めてきました。
2009年、広島県で初の「病院から警察への通報システム」を導入。金融機関などが使用している通報システムを活用しました。院内で犯罪行為などが発生した場合、診療科の窓口に設置しているボタンを押すと、近隣の警察署から警察官が駆け付けてくれます。
また、高画質の防犯カメラシステムを病院の出入り口や、駐車場などに構築し、患者や従業員などへの安全管理に努めています。
広島県医師会と広島県警は、連名で院内暴力撲滅の啓発ポスターを作成。「正常な診療の妨げになる行為は慎んでください!」「ほかの患者さんに迷惑をかけないでく ださい!」との強い言葉とともに、院内暴力が該当しうる具体的な罪名として「威力業務妨害罪」と「脅迫罪」も併記しています。医療機関をはじめ、県内のさまざまな場所に掲示されています。
こうした「暴力に負けない町づくり」への取り組みが発展し、2015年、安芸高田警察署生活安全刑事課を事務局とする「安芸高田市暴力監視追放協議会」が設立。私はオブザーバーの立場として、暴力を追放、監視し、安心して暮らせる町を目指す同会の活動に関わっています。
- 特殊知能暴力集団
- 暴力団との関係を背景に、その威力を用い、または暴力団と資金的なつながりを有し、構造的な不正の中核となっている集団または個人のこと
―今後は。
1940年ごろ、安芸高田市(当時は高田郡)には七つの無医村があるなど、医療資源が乏しい状況にありました。
そこで、「農民のための農民病院を」との声を受けて、1943年に開設したのが当院です。
安芸高田市では唯一の総合病院ですから、さまざまな役割を担っています。慢性期医療、急性期医療、合併症をもつ精神科疾患の患者の受け入れのほか、広島県の老人保健施設第1号として、1988年に「のぞみ」を併設。複合的な機能を有しています。
透析患者さんは年々ほぼ右肩上がり。現在100人を超えており、高齢化に伴って、今後も増加するでしょう。救急体制は安芸高田市医師会と連携し、「休日夜間救急診療所」を開設。日曜、祝日は開業医の先生が当院で待機し、1次救急に対応しています。
地域医療構想による医療機能の分化が進み、人材確保も難航する中、当院も厳しい状況に直面していることを感じています。しかし、地域になくてはならない存在であることは、間違いないと思うのです。
Aの事件は大変な経験だったのですが、そのぶん院内の結束力が強まり、「自分たちが病院を守っていく」という意識が高まったと思います。この信頼関係があれば、これからの変化も乗り切れるでしょう。
広島県厚生農業協同組合連合会 吉田総合病院
広島県安芸高田市吉田町吉田3666
TEL:0826-42-0636
http://yoshida-gene-hospi.jp/