黒字の要は、全職員が「公に一肌脱ぐこころ」
強いリーダーシップで熊本総合病院を率いる島田信也病院長。赤字体質からの脱却、新病院建設を経て、経常利益は3年連続、地域医療機能推進機構(JCHO) 57病院のトップを走る。
―2006年、健康保険八代総合病院(現:JCHO熊本総合病院)の病院長に就任。
当時、経営は大赤字。そのため施設整備や設備投資は全くできず、病室や廊下の天井は雨漏りのシミだらけ。さらに医師不足で344床のうち100床は閉鎖され、病室のドアには立入禁止の大きな鎖がズラーッと掛かっていました。このただならぬ事態は職員だけでなく県内全体にも知れ渡っていました。
そこで私はまず、381人の職員一人ひとりと約2カ月かけて面談。「自分がかかりたい病院をつくろう」「医療を通じて、公に貢献していこう」と話をしました。さらに並行して周辺の開業医約140人を訪問。「必ず満足してもらえる医療をします」と約束し、患者の紹介を依頼しました。
しかし面談を進めている最中も、医師がどんどん辞めていきました。42人から25人にまで減少。当直が頻回になるなど過重労働になり、さらに辞める。悪循環でした。
―風向きが変わるきっかけは。
熊本大学の教授陣のご配慮で、消化器外科医が増員され、整形外科医が新たに派遣されたことでしょう。
そのころの当院は「総合病院」を名乗りながら、医師不在で内科の一部と外科の診療しかできていませんでした。「まず必要な診療科は何か」を職員や地域の人に尋ねると、返事はみんな「整形外科」。そこで熊本大学整形外科教授に地域の声を必死に訴えると、ありがたいことに3人もの医師の派遣が決まり整形外科を再開できたのです。
その後、少しずつ医師が増え、診療科も増加。開業医の方からの紹介で患者数も伸び、2009年4月までに休床していた100床すべてを稼働することができました。
―そのほか、赤字解消の方策は。
よく驚かれるのですが当院の入院基本料は10対1です。就任当時「この病院も7対1入院基本料を取得すべき」という声が大勢を占めていました。当時、社会保険病院群を運営していた全国社会保険協会連合会の意見も同様でした。
しかし、私は批判を承知で強引に10対1を実行しました。1床当たりの単価や患者の在院日数をもとにシミュレーションした結果、10対1のほうが経営的にメリットがあると判断したのです。
実際、多くの反対がありましたが、就任翌月に収支は黒字に転換しました。そして、それを継続して増額でき、1年半で累積赤字7億円を解消。入院診療単価だけでなく外来単価も上昇し、収支は現在も途切れることなく大幅な黒字です。
―2013年、新病院が完成。熊本総合病院として再スタートしました。
目指したのは高度急性期医療の実践と、まちづくりへの貢献。病院は多くの職員が働き、業者も訪れる。経済波及効果はすごいものがあります。
だからこそ、100年以上脈々とそこに存在し続け、レガシー(遺産)となりうる建物を創れば、病院を核とした街の発展を促すことができるのではと考えたのです。
新病院は「世代を超えて愛される独自のデザイン」「ホテルにいるような居心地よい空間」「時代の変化に応じて対応・改変できる構造」「経年劣化しない自然石の外壁」などが特徴です。
当院は八代市の中心地に建ち、隣には市役所庁舎と公園として開放されている史跡「八代城跡」があります。病院が再生した後、私の着任時には休業していたスーパーマーケット2軒が再開。新病院建設後には、家族向けや高齢者向けのマンション数棟が次々と建設され、アーケードにも人通りが戻ってきました。
道半ばですが、少しずつ、病院中心のコンパクトで暮らしやすい街になってきていると実感しています。
―職員の変化は。
病院がきれいになり経営も大幅な黒字を継続。2016年度はボーナスを月給の5.3カ月分支給しました。頑張れば給与で評価されることも職員のモチベーションが上がる要因の一つです。
医師は論文を執筆して発表するようになり、看護師や薬剤師なども、認定資格などを取得するようになりました。掘り下げて学ぶことで知識や経験が増え、部下の教育にもつながります。京セラ創業者の稲盛和夫氏の言葉「広く浅い知識は何も知らないのと同じ。深い知識によってのみ森羅万象を理解することができる」の通りです。
―今後への思いを。
医療の質が向上し、平均在院日数が16.5日程度に短くなったこと、病床稼働率も99%に上っていることから、来年春には7対1入院基本料に移行する計画です。7対1の看護体制で看護師の過重労働を解消することが一番の狙い。要件を満たすための大勢の看護師確保も円滑に終わりました。
これからの医療は、医療従事者が医療のことだけ考えていればそれで良いとは思いません。「医療+α」で何をするか、何ができるかを考え、それぞれが本気になって実行することが肝心です。
当院は、その「+α」を「医療と共に、公のために一肌脱ぐ」こととしています。未来の日本、未来の子どもたちのために、どんな業種の人でも「公に一肌脱ぐ」ことが不可欠。当院にとって、その一つが「病院を核としたまちづくり」だったわけです。
そして、その「+α」が、不思議なことに職員の医療に対する「やる気」につながり、良い経営にも反映されています。
独立行政法人 地域医療機能推進機構 熊本総合病院
熊本県八代市通町10-10
TEL:0965-32-7111(代表)
https://kumamoto.jcho.go.jp/