医師主導治験が進行中
難病治療の成果を世界へ
日本には330の「指定難病」(2017年9月現在)がある。約4週間周期で高熱の発作が起こる「家族性地中海熱」もその一つで、自己炎症性疾患の代表例だ。新たな治療法の開発が望まれる中、川上純教授がプロジェクトリーダーとなりオールジャパン体制で創薬に向けた医師主導治験が進んでいる。
◎国内外で高まるニーズ
遺伝子の異常によって発症する「家族性地中海熱(Familial Medirerranianfever:FМF)」は、トルコやアルメニアといった地中海沿岸域や中近東に多く見られる自己炎症性疾患です。
日本にも2000〜3000人ほどの患者さんがいると推定され、2015年に指定難病となりました。平均して月に一度、38度を超える発熱が3日間ほど続くのが特徴です。患者さんの感覚としては、毎月インフルエンザに苦しめられるようなものです。
疾患の責任遺伝子として、「МEFV(Familial Mediterranean Fevergene)遺伝子」が同定されていますが、症例全体としては、МEFV遺伝子に異常が認められないケースもあります。未知の責任遺伝子の可能性などが考えられるものの、メカニズムの全貌は解明されていません。
患者さんの中心は、子どもから壮年期にかけてです。周期的な高熱の発作に悩まされるわけですから、仕事や学業に支障をきたします。FМFが与える社会的な損失は、非常に大きいことが推測されます。
現在、治療の第一選択は、痛風治療にも用いられている薬剤「コルヒチン」です。しかし、コルヒチンが無効であったり、皮疹などの有害事象によって服用できなくなったりする不耐の患者さんがいます。炎症の制御が困難な場合は、2次性アミロイドーシスを合併し、不可逆性の健康障害に至ることもあります。
FМFのアンメット・メディカル・ニーズ(いまだ有効な治療法が確立されていない疾患に対する医療ニーズ)は、国内外で高まっているのが現状です。
- 2次性アミロイドーシス
- アミロイドと呼ばれるナイロンに似た線維状の異常タンパク質が、全身のさま ざまな臓器に沈着し、機能障害を起こす病気の総称
◎オールジャパンで臨む
2014年度から2016年度にかけて、厚生労働科学研究「遺伝子変異に基づくFМFインフラマソーム病態解明と炎症制御に向けたトランスレーショナル研究」を実施しました。
私が研究代表者となって、全国のFМFを専門とする医師によるコンソーシアムを形成。ゲノムDNA収集システムと、生体試料バンクを構築しました。
研究過程において、関節リウマチの発症に深く関わっているインターロイキン6(IL-6)という炎症性サイトカイン(免疫や炎症に関与するタンパク質)が、FМFの有用なバイオマーカーとなることが明らかとなりました。
関節リウマチの治療には、IL-6の働きを抑える生物学的製剤「トシリズマブ(TCZ)」が効果的です。
コルヒチンが無効、あるいは不耐のFМF患者さんにTCZを投与すると、症状が大きく改善。私たちの研究班は、「TCZが有力なFМF治療薬になりうる」ことを、世界で初めて報告しました。
TCZは、日本で開発された生物学的製剤。国内では2008年に関節リウマチの治療薬として承認され、いまや世界で使用されています。
私たちに続き、トルコからも「発熱発作が消失した」という症例報告が発表されたことから、ますます確信が深まったというわけです。
ただ、現状、FМFに対するTCZの使用は保険適用外なのです。
そこで、まだ症例報告レベルにあるTCZの有効性を実証し、保険収載を見すえた医師主導治験プロジェクト「家族性地中海熱インフラマソームシグナル伝達異常をゲノム創薬で解決する開発研究」を進めています。
日本医療研究開発機構(AМED)が、難病患者への医療水準の向上を目的に公募した「2017年度難治性疾患実用化研究事業」に採択。研究期間は2017年度から2019年度です。
長崎大学がプロジェクトリーダーを務める医師主導治験は、今回が初めてのことです。
当学、九州大学、京都大学、福島県立医科大学、千葉大学、横浜市立大学、金沢大学、信州大学の各内科、小児科で構成する「FМF診療ネットワーク」が連携して症例数を確保。治験薬を提供する製薬会社、生物統計家などがチームとなり、まさにオールジャパン体制で臨みます。
9月、当学でプロジェクトの現状や見通しを報告するシンポジウムを開きました。研究の最大の目的は、言うまでもなく患者さんの予後の改善とQОL向上です。今後、患者さんの理解、協力を得るための活動にも力を入れていきます。
◎長崎大の未来を開く
大学病院は質の高い医療を提供するとともに、次世代の医療を創造する使命も負っています。もともと長崎大学には、難病研究に地道に取り組んできた歴史があります。
1997年に開設した長崎大学病院臨床研究センターは、統計解析のプロフェッショナル、集積したデータを取りまとめるシステムエンジニア、プロトコル(実施計画書)評価の専門家、薬事に精通した人材など、多様なスタッフを集め、年々研究サポート環境を充実させてきました。その成果の一つが、今回のAМEDの事業採択ということです。
この医師主導治験の実績は、長崎大学病院が臨床研究中核病院の認定を目指す上で、一つのターニングポイントになるのではないかと思います。また、基礎研究を臨床につなげていく、研究マインドをもったドクターの育成にもフィードバックされていくでしょう。
「日本発」の技術が、世界のFМF患者さんを救う―。プロジェクトを統括する立場として、大きな責任とやりがいを感じています。
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 先進予防医学共同専攻 リウマチ・膠原病内科学分野(第一内科)
長崎市坂本1-7-1
TEL:095-819-7200(代表)
http://www.mh.nagasaki-u.ac.jp/