患者に学び、患者に還元 死亡率低下に挑み続ける
―この教室が得意とする分野は。
一つ目は、人工心肺を使わず、心臓を止めずに実施する「オフポンプ冠動脈バイパス手術」です。
人工心肺による体外循環で起こる可能性がある合併症を回避するため、手術適応となる虚血性心疾患の多くをオフポンプ手術で実施。バイパスに使用する血管(グラフト)は、静脈よりも閉塞しにくい動脈を可能な限り使用し、血管採取も内視鏡でします。
先代の田代忠教授は、日本で初めてオフポンプ手術を成功させたパイオニア。当教室は数多くの症例を経験し、実績も上げています。
二つ目は、低侵襲の「小切開心臓手術(MICS)」です。従来の胸骨を切開するアプローチよりも重篤な合併症を引き起こす可能性が低く、術後の回復も早いことから積極的に導入。これまでの手術数はおよそ50件で、九州でもトップクラスです。
三つ目は、私の専門でもある大動脈手術です。弓部置換の死亡率は全国平均が6〜7%で、われわれは2%。胸腹部大動脈は全国平均が15%で、ここでは3%。死亡率の低さは、手術だけでなく術後の管理にも習熟しているからで、術後のICU滞在日数も全国平均の半分以下です。
私はこれまで2000例余りの大動脈手術を経験。他病院で手術不可とされた患者さんも積極的に受け入れています。九州各県から患者さんが紹介されてきますし、沖縄や熊本、広島や長野などの病院に出向いて手術をすることもあります。
―「手術不可」と言われた患者を受け入れられる理由を。
「手術のパターン」を持っているからだと思います。
例えば、日本全国でも年間300例ほどしか手術されていない「胸腹部大動脈瘤」の手術であっても、私個人に200例弱の経験があります。完全ではないけれど、ある程度、自分たちのやり方ができている。術前によく検討すれば、パターンを基本とした、その患者に適した手術方法を見極めることができる。あとは粛々と進めていくだけです。
私がこの大学に戻って6年。当初はほとんどの大動脈手術を自分でしていましたが、今は同じパターンを使って手術できる医局員が育っています。パターン化は教育面でのメリットもあるのです。
大動脈手術を専門にする人には、必ずステントグラフト実施医の資格も取らせています。
手術とステント治療は両輪です。手術しか知らなければ、ステントの方が適した患者さんに手術をして過大な負担をかけることになる。逆にステントしか知らなければ手術の方が良い患者さんにステント治療をしてしまう。結果、再手術が必要になるだけでなく、最初から手術をしていた場合よりも困難な手術が必要になってしまう場合もあります。
本当の意味で、患者さんにとってどちらが良いか判断し、実施するために、両方を学ぶ。海外のステントのトップ施設に医局員を留学させて、日本未承認のデバイスについても学び、国内で使えるようになった時、即座に導入できるよう準備もしています。
国内・海外留学には、たとえ医局運営が苦しくても行かせるというのが方針です。弁膜症に対する小切開手術は、権威の先生がいる国内施設で研さん。日本で1番心臓外科手術件数が多い榊原記念病院(東京都)には常時2人の医局員が最低3年間の国内留学に行っています。
この教室にも、九州内だけでなく本州からも若い外科医たちが勉強に来ています。
―ご自身は、なぜ大動脈を専門に。
私はもともとオフポンプ手術を専門にしていました。当時、最も難しいと言われていたオフポンプ手術ができて、弁膜症の手術もある程度できれば、心臓外科医として一流だと思っていました。
一方、大動脈手術は、苦手。当時、弓部大動脈置換術は死亡率10%ほど。患者さんが来ると「できるかな」と不安に思うこともありました。
しかし、関連施設で部長をしていた36歳の時、大動脈手術で知られる川崎幸病院(神奈川県)に誘われました。高齢化や画像診断技術の進歩で、大動脈疾患の患者数は右肩上がり。「10%の死亡率を5%にすることはできる」「患者さんのためにも、自分自身のためにもなる」と、大動脈領域へのチャレンジを決めたのです。
うまくいかなかった手術や患者さんから多くのことを学び、どうしたらいいかと考え、工夫することで今につなげてきました。
死亡率が下がってきたといっても、他の手術と比べて多くの人を亡くしているのは事実です。だからこそ、その患者さんたちを違った形で生かしていかなければと思うのです。
若い外科医で、患者さんが亡くなり落ち込んで「責任をとって辞めます」と言う人がいます。でも私は「本当に悪いと思っているなら続けなさい」と伝えます。
一生懸命やっても患者さんを救えないつらい気持ちは分かります。私も経験してきましたから。でも辞めても患者さんに何の恩返しもできない。「次に同じ状態の患者さんが来たら絶対に助ける」という気持ちで続けていくことが、患者さんに対する真摯(しんし)な対応です。
続けていたら、「続けてよかった」という瞬間がきます。その時の喜びを自分は知っている。だからこそ、若い人にも、投げ出さないでほしいと強く思います。
福岡大学医学部心臓血管外科
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