泉北陣内病院と再生医療の将来像
4月に就任した岩月幸一総院長。今後の病院のビジョンや自らが専門とする脊髄再生医療について聞いた。
―泉北陣内病院が地域で果たしている役割を聞かせてください。
当院は1982(昭和57)年に開院。地域の救急医療を担ってきました。開院当時、大阪南地区で救急医療を提供している医療機関は、当院以外にほとんどありませんでした。
当時は、今より交通外傷が多く、労災事故も多発していた時代でした。原動機付きバイクのヘルメット着用義務化は1986(同61)年のこと。そのころは、頭部外傷がとても多かったものです。
この地域では、近畿大学医学部附属病院に救命救急センターが1982年に開設、2015年には堺市立総合医療センターにも救命救急センターが開設し、救急医療体制の整備が進みました。交通安全対策や労働環境の改善により救急患者自体も減少していきました。
それに伴い、当院では脳神経外科をはじめとする救急対応を縮小。代わりに慢性期患者の受け入れやリハビリテーション、自立支援に力を入れるようになりました。
―今後の課題は。
当院は269の病床とリハビリテーションセンター、透析センターを有し、常勤、非常勤合わせて約400人の職員が在籍しています。
阪和自動車道の堺インターチェンジ、関西国際空港に近いという交通至便な立地を考えると、今後は慢性疾患に対する高度専門医療を提供していかなければならないと考えています。
この地域では脊椎脊髄疾患を診療できる医療機関が不足しています。高齢化によって、患者数は今後ますます増加するでしょう。寝たきりを予防し、健康寿命延伸にもつながる点を考え、対応を急ぐ必要があります。
現代の診断機器の進歩には目をみはるものがあります。しかし、治療は行き詰まりを見せていると感じることもあります。サプリメントの普及や、がん治療での代替医療の広がりは、そんな治療に対する患者の焦り、不満を表しているのではないでしょうか。
私は現在、高度医療とされているものが、必ずしも患者のニーズや期待に応えてはいないと思っています。今後は医学生物学を、全人的な医療という観点で今一度見直すことが求められてくるのではないでしょうか。
私たちの病院では、現代医療にこだわりません。代替医療と融合させた「統合医療」を展開。現代医療では崩せない壁を、打破していきたいと考えています。
私が専門とする脳脊椎脊髄外科では、最先端の診断治療機器を導入しつつ、この半世紀、大きな進歩が見られない「悪性脳脊髄悪性疾患」の治療を発展させていきたいと考えています。
そのためには、患者さん一人ひとりを深く考察し、治療を進める「オーダーメード医療」が必要となるでしょう。薬剤や治療機器などの充実だけでは達成できません。食事や心理面も含めたサポートが必要だと思っています。
―脊椎損傷の再生医療の可能性について。
再生医療は、厚労省によって「自己複製能と分化能を持つ幹細胞を用いた医療」だと定義されています。
1998年の「ヒト胚性幹細胞(ES細胞)」、2006年の「ヒトiPS細胞」の樹立で、人工性神経幹細胞を使った再生医療に期待が集まっています。
なぜ、それほどまでに期待されるのか。その理由は「神経幹細胞が自己複製能力と多分化能を有することから、脳脊髄損傷や神経変性疾患の機能修復を目指した治療へと応用できるのではないか」という考え方があるからです。
しかし中枢神経での再生医療は、他臓器とは根本的に異なる点があることを、理解しておかなければなりません。
神経系は情報伝達を役目とし、神経細胞は興奮を多数の筋細胞や他の神経細胞に伝えます。
全ての内臓、血管などは、そのヒト固有の神経網によって支配され、これは「自律神経系」と呼ばれます。
脊椎動物には、自律神経系のほかに、「中枢神経系」と「末梢神経系」からなる「体性神経系」があり、これが、そのヒト固有の意識的な知覚や随意運動、情報の統合などを司っています。
いずれの神経系にも、そのヒト固有の経路と神経網が存在します。一度損傷され、修復や再生される場合、その経路や神経網が、そのヒト固有のものとして再構築される必要があります。
ですから神経系、特に中枢神経系における再生医療においては、単に細胞や組織移植が成功しても、それがただちに再生につながるわけではありません。
粘り強いリハビリテーションによって新たな神経経路、神経網が形成されてこそ、初めて再生医療の成功につながるのです。
神経再生では、新しい神経径路や神経網を再獲得するための契機、つまり効果的なリハビリテーションを実施することを念頭に置く必要があります。
体内で細胞が単独に存在するという現象は自然界では見られません。あくまでも生体内のハーモニーの中にのみ存在しているのです。
体外で作成される幹細胞が、試験管の中で増殖や分化をしても、それが直ちに生体内で同様の振る舞いをすると期待することはできません。また「がん化」の可能性は払拭(ふっしょく)できないと予想しています。
私は慢性期の脊髄損傷に対する「自家嗅粘膜移植術」(※)を研究してきました。ほぼ生涯にわたり神経再生が見られる「嗅粘膜」という自家組織を、すでに神経連絡のなくなった脊髄損傷部分に補填(ほてん)し、リハビリによって神経の再接続を狙ったものが、自家嗅粘膜移植術です。
嗅粘膜内に幹細胞を含むことから、再生医療の中の一つだと捉えられてきましたが、実際には、再生医療と自家嗅粘膜移植術は似て非なるものです。
当院は国の研究機関登録を済ませています。また私は神戸の先端医療振興財団の上席研究員として研究活動を続けています。今後も脊髄再生に向けて努力し、長年不可能とされてきた中枢神経の再生を、現実のものにしていきたいと考えています。
※脊髄を損傷し、内部の神経線維が切断されると、体のまひなどがおきる。しかし脊椎損傷部に鼻の奥の「嗅粘膜」を移植すれば、切れていた神経線維が再生し、体の機能の一部を取り戻すことが可能
医療法人恒進會 泉北陣内病院
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