患者さんが暮らす町を「安心できる場所」に
認知症を含めた「心の疾患」は、早期発見が難しい側面がある。精神科医療のあり方は、「待つ」から「見つける」へとシフトしつつあるという。ふたば病院が目指す、患者が「安心して地域で生活できる町」とは。
―地域の精神科医療の現状は。
髙見浩院長(以下、院長)
広島県内、特に広島市の中心部は精神科のクリニックが非常に多く、日本有数の密集度と言われています。
総合病院、診療所、精神科病院の各医療機関が地域の精神科医療を支える中、当院が位置するここ広地区を含め、呉市内でもクリニックが増加傾向にあります。
小鶴俊郎・認知症疾患医療センター長(以下、センター長)
いまだ精神科医療に対する偏ったイメージは根強いものの、受診のハードルは着実に低くなっているのではないでしょうか。
院長 呉市の高齢化率は約33%。2015年の時点で、人口15万人以上の都市で最も高い割合でした。統合失調症、うつ病、パニック障害、不眠症、てんかんなど、さまざまな患者さんを受け入れている当院でも、現在、対象疾患の中心は認知症の患者さんです。受診、入院の割合は年々高まっています。
センター長 2013年、当院は広島県認知症疾患医療センターに認定されました。認知症の相談、鑑別診断、初期対応、啓発活動、勉強会の開催などに取り組んでいます。合併症は対応可能なケースは当院で、難しければ近隣の医療機関と連携して治療にあたっています。
院長 重要なのは、初期の適切な検査で「治せるかもしれない認知症」を見逃さないことです。現状、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症の「4大認知症」は根治が難しい。
一方、脳に髄液がたまり、圧迫することで認知機能の低下を引き起こす正常圧水頭症は、手術で改善する可能性があります。また、甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの補充が認知機能の回復につながる場合があります。
―アルツハイマー型認知症にはどのような対応を。
院長 記憶力の著しい低下、日付が分からないといった中核症状に対しては、第一選択として薬物治療をお勧めしています。
今年8月、2010年版、2012年のコンパクト版につづく「認知症疾患治療ガイドライン2017」が出版されました。認知症の進行を遅らせる治療法として、薬物治療はエビデンスレベルが高いとされています。
保険適用の薬剤は4種類。飲み薬の「ドネペジル」「ガランタミン」「メマンチン」と、貼り薬の「リバスチグミン」です。
もちろん、ガイドラインだけが治療のすべてではありません。各種のデータ、公表されている最新の研究成果なども考慮し、患者さんに合わせた治療を探っています。
センター長 中核症状に対して、不安感や不眠、徘徊、「ものを盗られた」といった妄想など、さまざまな「行動・心理症状」がみられることがあります。まずは、症状の原因となっている要因は何かを考え、非薬物療法を試みることが大切だとされています。
また、できるだけ従来の生活を維持し、生活のリズムをくずさないように心がけることも大事だと思います。
―独居老人や老老介護など、困っている人たちに医療が届きづらい現状がある。
院長 国による「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」でも示されているとおり、早期診断とケアを促進するための施策が進んでいます。現在、各地に「認知症初期集中支援チーム」を設置。2018年には、全国すべての市町村に設置される予定です。
呉市では2015年に設置され、当院が中心となって支援チームが活動しています。役割は、患者さんを待つばかりでなく、こちらから積極的に地域に入り込み「早期発見・早期対応」することです。保健所や地域包括ケアセンター、民生委員などと連携。認知症の疑いがある人を訪問しています。
手をこまねくしかなかった状況が、少しずつ必要な医療や介護につながりやすくなってきたのではないかと思います。
センター長 ネットワークをうまく機能させるには、地域の人が連絡しやすい医療機関であることが不可欠でしょう。約2年半の活動の中で、信頼関係も深まっていると感じています。
ただ、まだまだ多くの問題をはらんでいるのも事実です。すぐに解決策が見いだせない事例も少なくありませんし、訪問した人がみんな認知症であるとは限らない。試行錯誤の連続というのが今の状況です。
―これからの精神科医療はどんな方向に進んでいくと思いますか。
センター長 医師が一方的に医療を提供する時代は終わったと思います。患者さんやご家族には、ぜひ私たちを「一つのツール」として、上手に活用してほしい。協働してより良い暮らしの維持を目指すのが理想ではないでしょうか。
今、クリニックが中心となり、往診に力を入れている地域も増えていると聞きます。当院でも初期集中支援チームの活動などを生かし、在宅医療をサポートする仕組みも整備できたらと考えています。
院長 実に20年近くも入院し、「もう退院できないのではないか」と誰もが思っていたが、元気を取り戻して地域に帰っていく。1人で生活していくのは少々難しくても、各種のサービスを利用することで、安定した暮らしを送ることができる。そんな患者さんが一定数いるのです。中には、就労に至ることもあります。
かつての精神科医療の中心は入院治療でしたが、地域で生活することを目指す「地域精神保健医療」が重視される時代に変わりつつあります。
当法人でも、「ふたば病院」「介護老人保健施設パナケイア」「高齢者複合福祉施設ふたばの街」などで構成した「広ほっとTОWN」構想を進めてきました。
患者さんがもとの生活を取り戻す。あるいは、できる範囲において「ふつうの生活」に近づける。それが「ほっとTОWN」の目的です。グループ内で診療からその後の暮らしまでフォローできることはもちろん、他の医療機関や施設との密な連携も含めた町づくりに取り組んでいます。
地域に帰っていく患者さんがいる一方で、長期の入院生活を送っているうちに、いつしか病院が「生活の場」になってしまう患者さんがいます。
ときに、私たちがそれに慣れてしまい、本来の使命を見失ってはいないか?
常に振り返りながら、職員の教育や研修などの強化を進めているところです。1人1人のやりがいと意識を高め、質の高い医療を届けていく。その循環が、「安心して帰ることのできる町」につながると信じています。
医療法人社団 和恒会 ふたば病院
広島県呉市広白石4-7-22
TEL:0823-70-0555
http://wakokai.jp/hospital/hospital.html